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49 疑惑
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今日は、昼から庭でアイーシャとお茶を飲む約束をしている。彼女が今はまっている本を教えてくれると言っていたから、ルフィナも彼女に勧めたい本を探しておくことにする。
アイーシャと約束した時間の少し前、ルフィナは侍女のイライーダを伴って庭へと向かった。
以前にカミルとお茶を飲んだのとはまた別の、花壇に囲まれた四阿は色とりどりの花に囲まれて華やかだ。
「お義姉様!」
ちょうど反対側からアイーシャがやってきて、ぴょんと弾むような勢いでこちらに駆けてくる。ぱたぱたと尻尾が揺れていて、その愛らしさにルフィナは思わず頬を緩ませた。
「最近お義姉様とおしゃべりする時間があまりなかったので、今日はとっても楽しみにしていたの!」
抱きついてきた可愛い義妹を受け止めて、ルフィナも笑顔でうなずく。
「私もよ。アイーシャにお勧めの本も、いくつか持ってきたの」
「あ、本……! うっかりしていてお部屋に忘れてきちゃった」
ハッと思い出したように頬を押さえたアイーシャが、小さく悲鳴をあげる。申し訳なさそうに眉を下げたあと、ぴょこりと耳を動かしてルフィナを見上げた。
「ごめんなさい。お義姉様に早く会いたすぎてすっかり失念していたわ。急いで取ってくるから、お義姉様はここで待っていて!」
「え、今日じゃなくてもいいのよ……」
引き止めようとルフィナが手を伸ばした時には、アイーシャはすでに身を翻してきた道を戻っていた。彼女に付き添っていた侍女が、慌てたようにそのあとを追っていく。
「行ってしまったわ。待っている間に、お茶の準備をしておきましょうか」
さすが獅子獣人だけあって足が速いなと遠ざかっていくアイーシャの背中を見送ったルフィナは、イライーダを振り返った。有能な侍女は、すでにてきぱきとお茶の準備を始めていた。
今日のお茶は、せっかくだからとホロウード流のものにしてみた。冬の寒さが厳しいホロウードでは、身体を温めるためにスパイスの入ったジャムを少量入れて飲むことが多い。甘く独特の風味を持つジャムは、紅茶に入れるとまろやかで薫り高い味になるのだ。久しぶりに祖国を思い出させるその香りに、ルフィナは少しだけ懐かしい気持ちになっていた。
その時、四阿のまわりを複数人の男が取り囲んだ。何事かと思わず立ち上がったルフィナに、動くなと短く命じる声がする。
「……誰なの」
「ホロウード王女、ルフィナ殿下ですね」
近づいてきたのは、アルデイルの騎士服を着た壮年の男だった。四阿の周囲を取り囲んでいる男たちも、同じ制服を身に纏っている。男たちの表情は皆険しく、ルフィナをにらむように見つめている。ルフィナのことをホロウード王女と呼ぶあたり、どう考えても友好的な用事ではなさそうだ。
黙って見つめ返すルフィナの腕を、騎士の男は掴んだ。その手は乱暴ではないものの揺るぎなく、振りほどくことはできない。
「あなたに、アルデイル王国に対する反逆の疑いがかけられている。我々とご同行くださいますか」
「反逆、ですって?」
思わず目を見開いたルフィナを、騎士の男は表情を変えずに見下ろす。
「詳しい話は、のちほどゆっくりと聞かせていただきます」
「姫様……!」
背後でイライーダの悲鳴が聞こえたが、ルフィナは彼女に向かって黙るようにと目くばせをした。事情は分からないが、ルフィナに何らかの疑いがかけられている以上、ここで抵抗してもいいことはない。
「分かりました。ですが、私はアルデイルに対して反逆の意志など持っていないことは、あらかじめ宣言しておくわ」
「それも含めて伺います」
ルフィナの言葉にも動じる様子を見せず、騎士は掴んだ腕を離そうとはしない。男が何事かを低く命じると、ルフィナの周囲を騎士が取り囲んだ。まるで、重罪人を連行する時のようだ。
反逆の疑いなど心当たりは全くないが、彼らも何の証拠もなくルフィナを疑ったりはしないだろう。
一体何が起こっているのだと思いつつ、ルフィナは目の前の男を見つめた。
「私の無実を証明するために一緒に行くことには同意するけれど、アイーシャ姫とお茶の約束をしていたの。彼女が戻るまで待っていただくことはできないの? せめて事情を説明したいわ」
「その必要はありません。部下が、姫にはお伝えしますから。これ以上あなたと、我が王家の方々を接触させるわけにはいかないのです」
硬い口調で告げられて、ルフィナは小さくため息をついてうなずいた。反逆の疑いをかけられた者が、王女に話をするのは許されないということだろう。
「そういうことなら、承知しました」
「では、こちらへ」
縛られてはいないものの、ほとんど身動きができないほどそばで見張るように立つ男たちに囲まれて、ルフィナは四阿をあとにした。
アイーシャと約束した時間の少し前、ルフィナは侍女のイライーダを伴って庭へと向かった。
以前にカミルとお茶を飲んだのとはまた別の、花壇に囲まれた四阿は色とりどりの花に囲まれて華やかだ。
「お義姉様!」
ちょうど反対側からアイーシャがやってきて、ぴょんと弾むような勢いでこちらに駆けてくる。ぱたぱたと尻尾が揺れていて、その愛らしさにルフィナは思わず頬を緩ませた。
「最近お義姉様とおしゃべりする時間があまりなかったので、今日はとっても楽しみにしていたの!」
抱きついてきた可愛い義妹を受け止めて、ルフィナも笑顔でうなずく。
「私もよ。アイーシャにお勧めの本も、いくつか持ってきたの」
「あ、本……! うっかりしていてお部屋に忘れてきちゃった」
ハッと思い出したように頬を押さえたアイーシャが、小さく悲鳴をあげる。申し訳なさそうに眉を下げたあと、ぴょこりと耳を動かしてルフィナを見上げた。
「ごめんなさい。お義姉様に早く会いたすぎてすっかり失念していたわ。急いで取ってくるから、お義姉様はここで待っていて!」
「え、今日じゃなくてもいいのよ……」
引き止めようとルフィナが手を伸ばした時には、アイーシャはすでに身を翻してきた道を戻っていた。彼女に付き添っていた侍女が、慌てたようにそのあとを追っていく。
「行ってしまったわ。待っている間に、お茶の準備をしておきましょうか」
さすが獅子獣人だけあって足が速いなと遠ざかっていくアイーシャの背中を見送ったルフィナは、イライーダを振り返った。有能な侍女は、すでにてきぱきとお茶の準備を始めていた。
今日のお茶は、せっかくだからとホロウード流のものにしてみた。冬の寒さが厳しいホロウードでは、身体を温めるためにスパイスの入ったジャムを少量入れて飲むことが多い。甘く独特の風味を持つジャムは、紅茶に入れるとまろやかで薫り高い味になるのだ。久しぶりに祖国を思い出させるその香りに、ルフィナは少しだけ懐かしい気持ちになっていた。
その時、四阿のまわりを複数人の男が取り囲んだ。何事かと思わず立ち上がったルフィナに、動くなと短く命じる声がする。
「……誰なの」
「ホロウード王女、ルフィナ殿下ですね」
近づいてきたのは、アルデイルの騎士服を着た壮年の男だった。四阿の周囲を取り囲んでいる男たちも、同じ制服を身に纏っている。男たちの表情は皆険しく、ルフィナをにらむように見つめている。ルフィナのことをホロウード王女と呼ぶあたり、どう考えても友好的な用事ではなさそうだ。
黙って見つめ返すルフィナの腕を、騎士の男は掴んだ。その手は乱暴ではないものの揺るぎなく、振りほどくことはできない。
「あなたに、アルデイル王国に対する反逆の疑いがかけられている。我々とご同行くださいますか」
「反逆、ですって?」
思わず目を見開いたルフィナを、騎士の男は表情を変えずに見下ろす。
「詳しい話は、のちほどゆっくりと聞かせていただきます」
「姫様……!」
背後でイライーダの悲鳴が聞こえたが、ルフィナは彼女に向かって黙るようにと目くばせをした。事情は分からないが、ルフィナに何らかの疑いがかけられている以上、ここで抵抗してもいいことはない。
「分かりました。ですが、私はアルデイルに対して反逆の意志など持っていないことは、あらかじめ宣言しておくわ」
「それも含めて伺います」
ルフィナの言葉にも動じる様子を見せず、騎士は掴んだ腕を離そうとはしない。男が何事かを低く命じると、ルフィナの周囲を騎士が取り囲んだ。まるで、重罪人を連行する時のようだ。
反逆の疑いなど心当たりは全くないが、彼らも何の証拠もなくルフィナを疑ったりはしないだろう。
一体何が起こっているのだと思いつつ、ルフィナは目の前の男を見つめた。
「私の無実を証明するために一緒に行くことには同意するけれど、アイーシャ姫とお茶の約束をしていたの。彼女が戻るまで待っていただくことはできないの? せめて事情を説明したいわ」
「その必要はありません。部下が、姫にはお伝えしますから。これ以上あなたと、我が王家の方々を接触させるわけにはいかないのです」
硬い口調で告げられて、ルフィナは小さくため息をついてうなずいた。反逆の疑いをかけられた者が、王女に話をするのは許されないということだろう。
「そういうことなら、承知しました」
「では、こちらへ」
縛られてはいないものの、ほとんど身動きができないほどそばで見張るように立つ男たちに囲まれて、ルフィナは四阿をあとにした。
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