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39 当たって砕けても

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 執務室のドアの前で、ルフィナは一度深呼吸をする。抱いてほしいと直球で告げるために、決死の覚悟でここまで来たのだ。ガウンの下に身につけているのは、薄い下着だけ。再び押し倒すような真似はしたくないが、これで抱いてもらえなかったら本当に離縁を突きつけるしかないかもしれない。
 兄の怒り狂う顔を思い浮かべるとうんざりとした気持ちになるが、仕方ない。
 ひとまず当たって砕ける覚悟で臨まねば。
 緊張しつつドアをノックしたものの、応答はない。もしや不在なのだろうかと思いつつそっとドアを開けたルフィナは、飛び込んできた光景に目を見開いた。
 そこにいたのは、カミルとサラハ。サラハは妖艶な表情でカミルにしなだれかかっている。胸の谷間が強調されるようなデザインの服を着ており、その胸はカミルの腕に押しつけられている。
「……っ」
 ひゅっと息をのむ音が、部屋の中に響く。それに気づいたサラハがちらりとこちらを見て、ルフィナに気づいた瞬間に笑みを浮かべた。
「え? あ、ルフィナ!?」
 驚いたように大きな声をあげたカミルは、慌てたようにサラハを振り払うと立ち上がった。こちらにやってこようとするカミルを見て、ルフィナは思わず数歩あとずさる。
「……お邪魔、でしたか」
「違う、これは」
 弁解しようとするカミルの言葉に、ルフィナは首を振った。やはり彼はサラハを選ぶのだろうか。
 震える唇を噛みしめて、ルフィナは一度目を閉じると顔を上げた。そしてまっすぐにサラハを見つめる。
「夫の相手をするのは、妻である私の役目です。閨の担当など、必要ないわ。今すぐ退室してくれるかしら、サラハ」
 静かな声で告げると、サラハが苛立った顔でルフィナをにらみつけた。ルフィナも、怯むことなく彼女の視線を受け止める。
 露出の多いサラハの服の胸元には、つい先程ルフィナに見せた赤い痕や首筋の噛み痕が残っていない。この短時間で消えるものではないことから、カミルにつけられたのだと言った話が嘘であったことをルフィナは直感した。どこまでが真実で、どこまでが嘘なのかは分からない。だけど、サラハは確実にルフィナに嘘をついている。カミルに愛されていると言ったのも、嘘なのだろうか。
「ねぇサラハ、聞こえていて? 退室してと言ったのよ。私、カミル様と大事なお話をしなければならないの」
「……っでも、あの、カミル様」
 ルフィナの強い口調に怯え、助けを求めるかのようにカミルを見上げるその表情は庇護欲をそそる儚げなものだ。
「だって、わたくし……カミル様をお慰めしようと思って、それで」
「さっきから言ってるだろう。そんなもの、俺には必要ない。俺にはルフィナだけだ。もう出て行ってくれ」
 冷たく言い切られ、サラハの唇が震える。潤んだ涙目でカミルを見つめるその姿は、こんな時でもやはり可憐だ。
「……でも、わたくしは」
「同じことを何度も言わせるな。今すぐここから出て行け」
 低い声で命じられ、サラハはしばらく黙って震えていたものの、小さくしゃくりあげる声を残して部屋を出て行った。
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