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30 獣人族のつがい

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 次回の約束をしたところで、サラハがそういえばとつぶやいて姿勢を正した。何か重要な話だろうかと、ルフィナも少し気持ちを引き締める。
「わたくしったら、うっかりしていましたわ。獣人族にとっては当たり前のことすぎて、人族でらっしゃるルフィナ様がご存知ないことに思い至らなくて」
 頬に手を当ててため息をつくサラハに、ルフィナは眉を顰めた。種族の違いに関する重要事項が何かあるらしい。
「何の話?」
 教えて欲しいと促すと、サラハは言葉を選ぶように慎重な口調で話し始めた。
「あの、人族にはない概念かと思うのですが、わたくしたち獣人族にはつがい、というものがあります」
「つがい……。一生にただ一人だけの相手、ということかしら」
「簡単に言うとそうですね。ですが、わたくしたちにとってつがいとは、どんな手を使っても抗えないほどに激しく深い結びつきです。一度つがいと認めた相手に対する執着はすさまじく、たとえ王命であってもひっくり返すことのできないほどの強い想いなのです」
 そこまで言ったあと、サラハは言い淀むように視線を落ち着きなく動かした。しばらく躊躇ったあと、彼女は思いきったように口を開く。
「大変恐れながら、ルフィナ様は殿下のつがいではない――と申し上げるしかない状況です」
「……っ」
 静かな口調でそう言われて、ルフィナは思わず息を詰める。確かにカミルは、ルフィナに執着しているとは言い難い。政略結婚で結ばれた相手なのだ、つがいになれるはずもない。
「そう……かも、しれないわね」
 かろうじて絞り出した声に、サラハは眉を下げた表情でうなずく。だが、微かに口角が上がって見えるのは気のせいだろうか。
「獅子獣人は特につがいの絆が深いと言われているのです。ルフィナ様もご存知かと思いますが、国王陛下は王妃であるサーナ様をそれはそれは大切にしておられます。ご公務の際も、いつも一緒にお出かけになりますし、お二方の耳に輝く揃いのピアスはその仲睦まじさをよくあらわしています。一方で、カミル殿下からの執着をあまり感じないことは、ルフィナ様も理解されているかと思います」
 サラハの言葉が胸に刺さるようだが、その通りだ。カミルはルフィナに執着しているとは思えない。それはきっと、ルフィナが彼のつがいではないからだ。
「私では、カミル様のつがいには……なれないのかしら」
 思わずつぶやくと、サラハは困ったように眉を顰めた。
「ルフィナ様は人族、殿下は獅子獣人です。今まで人族とつがいになった獣人族を、わたくしは存じ上げておりませんので何とも……」
「そうしたら、カミル様には別の方がつがいになるのかしら。その方を妻としてお迎えになるかしら。抱いてもいただけない私は、必要ないと言われてしまうのかしら」
 淡々とした口調でつぶやくルフィナを見て、サラハは慌てたように手を握った。その瞬間ふわりと漂う甘い香りに、ルフィナは一瞬だけ眉を顰める。
「今はまだ分かりませんわ。殿下はきっと、心に決めた方がいたとしてもルフィナ様のことも大切にしてくださいます。それに、抱いていただいたことでつがいとなる可能性だってございますわ。そのためにわたくしとこうしてお勉強されているのですから」
「そうね」
 うなずきながら、ルフィナはぼんやりと窓の外を見つめた。
 きっと、離縁することはないだろう。この結婚は国家間の約束でもあるのだ。カミルに他に想う人がいるからといって、ルフィナをホロウードに追い返すわけにはいかないのだ。
 だけど、カミルが誰かを優しく見つめる様子を、そばで見ることにはなるのかもしれない。
 そんな日が来たら、今以上に笑えなくなるかもしれないなと、ルフィナは思った。
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