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27 チョコレートより甘い

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 夜、寝室にやってきたカミルは相変わらずたくさんの書類を抱えている。ルフィナに先に休むようにと告げて、彼はソファで難しい顔をしながら書類をめくり始めた。
「……あの、カミル様」
 意を決して声をかけると、カミルの耳がぴくりと動いた。次いで彼がゆっくりとこちらを見る。
「どうした」
「えぇと、その……。私、手のマッサージの方法を学んだんです。良ければカミル様に学んだ成果を披露できればと思って。お疲れのカミル様を、少しでも癒して差し上げられたらと」
 侍女に頼んで手に入れた香油を手に、ルフィナは身を乗り出す。サラハが残していった香油は、何故か使う気になれなかった。
「それは……すごく嬉しいけど、今夜はちょっと忙しくて。明日までに、この書類に目を通しておかなければならないから」
 すまない、と小さくつぶやいたカミルの手には、分厚い紙の束。確かに手が香油まみれになってしまえば、仕事にならないだろう。
「そう、ですか。分かりました。ではまた次の機会に」
 仕事を理由にされてしまえば、強く出られない。彼が本当に忙しくしていることは、ルフィナだってよく知っているのだから。それでも少ししゅんとしてしまったルフィナを見て、カミルが手を伸ばした。そのまま手首をそっと握って引き寄せられる。抱きしめるまではいかないものの、近づいた距離にルフィナの鼓動が跳ねた。
「きみの気持ちは本当に嬉しく思ってる。ありがとう、ルフィナ」
 耳元で囁かれた声は、とても甘い。大切にしてくれていると思わせるような優しい声音に、ルフィナは胸が苦しくなるほどの喜びを感じた。
「妻として、当然ですわ。でしたらあの、せめてお茶を淹れるくらいはさせてくださいませ」
「あぁ、ありがとう」
 穏やかにうなずいたカミルに微笑みかけて、ルフィナはお茶の準備を始めた。

 お茶を出して自分は寝ようとベッドに向かおうとしたルフィナの手を、カミルがそっと掴んだ。握られた手のぬくもりに、ルフィナはうるさくなった鼓動を落ち着かせるように小さく息を吐いた。
「どうかされましたか?」
「寝る前だが、今夜は特別にいいものを食べないか?」
 そう言って小さく笑ったカミルが、ポケットから手のひらに乗るほどの大きさの金色の缶を取り出した。
「それは?」
「疲れが溜まった時に食べる、とっておきの菓子だ」
 くすくすと笑いながらカミルが缶を開けると、中には丸いチョコレートが二つ入っていた。
「ほら」
 一つ摘まみ上げたカミルが、ルフィナの口の前にチョコレートを持ってくる。甘い匂いに誘われて思わず口を開けると、ころりと口の中に転がり込んできた。口内の熱ですぐに溶け始めたチョコレートの中には、蜜漬けの果実が入っていた。濃厚な甘さに思わず頬が緩む。
「美味しいです」
「だろう? ほら、もう一つ」
「ん、でもそうしたらカミル様の分が……」
「美味しそうに食べるルフィナの顔を見られたから、いい」
 そんな甘いことを言って差し出され、ルフィナは熱を持った頬を自覚しながらもおずおずとまた口を開けた。手ずから食べさせてもらうという行為は、何だかとても親密な感じがして気恥ずかしい。しかも、カミルの指先がなぞるようにルフィナの唇に触れるから、思わずチョコレートを飲み込んでしまいそうになる。
「俺の分は、これで充分だ」
 囁いたカミルが、ルフィナの唇を撫でた指先を口に含んだ。体温で溶けたチョコレートが微かに唇についており、彼がそれを指で拭き取ったのだろう。
「……っ、あの、ご馳走様でした。とても美味しかったです」
 急に流れた親密な空気に耐えかねて、ルフィナは立ち上がると寝支度のために浴室へと逃げ込んだ。
 あの親密さならそのままの流れで抱いてもらえたかもしれない。貴重な機会を逃してしまったということに気づいたのは、就寝の挨拶をしてベッドに入ってからだった。
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