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20 リリベルの花
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小さな机の上に所狭しとに並べられたアクセサリーは、繊細なデザインのものが多かった。近くのアクセサリー工房で働く職人の見習いが、練習を兼ねて作っているものらしい。適当に指差したおかげだが、素敵な屋台に出会えてルフィナも嬉しくなる。
「綺麗ですね、手作りなんですって」
「今日の記念に、何か贈ろう。どれがいい?」
「えっ」
思わず目を瞬くと、カミルが気まずそうに顔を背ける。
「その……一国の王子が妻に屋台で買ったものを贈るのはどうかと思うのは分かってる。だけど、せっかく二人で出かけたんだから、何か記念になるものを残しておきたいなと」
「カミル様からいただけるなら、どこで買ったものだって嬉しいですよ。それに、初めてのデートの記念だなんて、とっても素敵です」
心からそう言って、ルフィナはどれにしようかと身を乗り出す。全て少しずつデザインが違っていて、ひとつとして同じものはないのだという。
カミルの瞳や髪のような金色のアクセサリーがいいなと思いながらあれこれ迷っていたルフィナは、隅の方にあるネックレスを見つけて小さく息をのんだ。
それは、金色の小さなコインに彫られた釣鐘状の小さな花。少し重たげに垂れて連なる花のひとつひとつに、白く光るガラスが埋め込まれている。
「この花……」
「あぁ、それはリリベルの花っていうそうだ。珍しい花の形だろう。ホロウード王国でしか咲かない小さな花らしく、図鑑にも載らないくらい地味な花なんだけど、花言葉が『折れない心』っていうのを知って気に入ってね。ほら、裏面に花言葉を小さく刻印してあるんだ」
店主がネックレスを手に取って見せてくれる。コインの裏側に彫られた花言葉を、ルフィナは思わずじっと見つめた。
「カミル様の花嫁様がホロウードのご出身だっていうから、うちの弟子に記念に作らせてみたんだ。さすがにこんな安物を花嫁様に献上するわけにはいかないから、自己満足なんだけどね。お嬢さんも気に入ったかい?」
店主の男は、ルフィナがそのカミルの花嫁であることに全く気づいていない。ただの町娘だと思っているであろう彼の言葉に、ルフィナは黙って何度もうなずいた。
こんなところで故郷の花と出会えるとは思わなかった。ルフィナもリリベルの可憐な見た目だけでなく、花言葉が気に入っていたのだ。リリベルの花のように決して折れない心を持っていようと思うだけで、兄からの嫌がらせだって平気だったから。
「それを、もらおう」
うしろから迷いのない声でカミルが言う。思わず見上げると、カミルは小さく笑ってあっという間に会計を済ませてしまった。すぐに着けたいからと包装を断って、カミルがネックレスを手にルフィナを見つめた。
「きみにぴったりの花だと思う。どうか今日の記念に、もらって欲しい」
「ありがとうございます、すごく……すごく、嬉しいです」
うなずくと、カミルがネックレスの金具を留めてくれた。まるで抱きしめられるかのような距離感に、また鼓動が速くなる。彼に抱かれた時だって、こんなにドキドキすることはなかったのに。
胸元で揺れるネックレスを見つめて、ルフィナは緩む頬を押さえた。どうしようもないほどに嬉しくて、口角が勝手に上がってしまう。
「本当に、嬉しいです。大切にしますね」
「その花が好きなら、今度は指輪を贈ろう。リリベルの花をデザインしたものは、きっときみによく似合う」
「ふふ、嬉しいですけど、このネックレスだけで充分ですよ」
ルフィナは笑ってやんわりと断る。あれこれ装身具をねだるのは、はしたないことだと教えられてきた。無邪気にドレスや装身具をねだっていた母親の姿を思い出して、同じようになりたくないと思う。
だがカミルは穏やかな笑みを浮かべると、ルフィナの耳元に唇を寄せた。また近づいた距離に、鼓動が跳ねる。
「男が装身具を贈るのは、身につけるたびに自分のことを思い出して欲しいからだ。それに、きみの身体を飾るものは、俺が選んだものでありたい」
我儘かなと囁かれて、ルフィナは慌てて首を横に振った。それを見て、カミルは満足そうに笑う。
「じゃあいつか、贈らせて」
「はい、楽しみにしています」
そう言ってルフィナはこくりとうなずいた。カミルはいつも、こうして不意に甘い言葉を囁いてはルフィナの心をかき乱す。きっと顔は真っ赤になっているに違いない。
「もうひとつ、ルフィナに見せたい場所があるんだ」
顔を赤くしていることには触れず、カミルはルフィナの手を引いて走り出す。頬に当たる風が熱を冷ましてくれたらいいなと思いながら、ルフィナは繋がれた手と大きな背中を見つめた。
カミルが連れて行ってくれたのは、高台にある展望台だった。ちょうどアルデイル城の目の前にあり、城と城下の街並みが見渡せる。真っ青な海も見ることができて、まるで絵画のような光景にルフィナは目を見張った。
「すごく景色がいいだろう」
「えぇ。海も街並みも城も……すごく綺麗」
ほうっとため息をついたルフィナの肩を、カミルがそっと抱き寄せた。思わず見上げると、彼は優しい笑みを浮かべていた。
「俺の大切なものが、ここにある。この美しい景色を、明るく優しい国民を、俺は守っていかなきゃいけないんだ」
一度言葉を切ると、カミルはルフィナをじっと見つめた。
「そして、もうひとつ大切なものができた。それはきみだよ、ルフィナ」
「カミル様」
「政略結婚ではあるけれど、俺はきみを心から大切にしたいと思ってる。だからきみにもアルデイルを、そして――俺のことも、好きになってもらえたら嬉しい」
きっとカミルは、彼が大切に守るべきものの存在と己の覚悟を、ルフィナに見せてくれたのだろう。彼の妻となったルフィナが、それを支えていくのは当然だ。
「もちろんです、カミル様。ずっとおそばで、あなたを支えさせてくださいね!」
「……うん、今はそれでいい。ありがとう、ルフィナ」
両手を握りしめて気合いを込めて返事をすれば、カミルは笑ってくしゃりとルフィナの頭を撫でてくれた。
「綺麗ですね、手作りなんですって」
「今日の記念に、何か贈ろう。どれがいい?」
「えっ」
思わず目を瞬くと、カミルが気まずそうに顔を背ける。
「その……一国の王子が妻に屋台で買ったものを贈るのはどうかと思うのは分かってる。だけど、せっかく二人で出かけたんだから、何か記念になるものを残しておきたいなと」
「カミル様からいただけるなら、どこで買ったものだって嬉しいですよ。それに、初めてのデートの記念だなんて、とっても素敵です」
心からそう言って、ルフィナはどれにしようかと身を乗り出す。全て少しずつデザインが違っていて、ひとつとして同じものはないのだという。
カミルの瞳や髪のような金色のアクセサリーがいいなと思いながらあれこれ迷っていたルフィナは、隅の方にあるネックレスを見つけて小さく息をのんだ。
それは、金色の小さなコインに彫られた釣鐘状の小さな花。少し重たげに垂れて連なる花のひとつひとつに、白く光るガラスが埋め込まれている。
「この花……」
「あぁ、それはリリベルの花っていうそうだ。珍しい花の形だろう。ホロウード王国でしか咲かない小さな花らしく、図鑑にも載らないくらい地味な花なんだけど、花言葉が『折れない心』っていうのを知って気に入ってね。ほら、裏面に花言葉を小さく刻印してあるんだ」
店主がネックレスを手に取って見せてくれる。コインの裏側に彫られた花言葉を、ルフィナは思わずじっと見つめた。
「カミル様の花嫁様がホロウードのご出身だっていうから、うちの弟子に記念に作らせてみたんだ。さすがにこんな安物を花嫁様に献上するわけにはいかないから、自己満足なんだけどね。お嬢さんも気に入ったかい?」
店主の男は、ルフィナがそのカミルの花嫁であることに全く気づいていない。ただの町娘だと思っているであろう彼の言葉に、ルフィナは黙って何度もうなずいた。
こんなところで故郷の花と出会えるとは思わなかった。ルフィナもリリベルの可憐な見た目だけでなく、花言葉が気に入っていたのだ。リリベルの花のように決して折れない心を持っていようと思うだけで、兄からの嫌がらせだって平気だったから。
「それを、もらおう」
うしろから迷いのない声でカミルが言う。思わず見上げると、カミルは小さく笑ってあっという間に会計を済ませてしまった。すぐに着けたいからと包装を断って、カミルがネックレスを手にルフィナを見つめた。
「きみにぴったりの花だと思う。どうか今日の記念に、もらって欲しい」
「ありがとうございます、すごく……すごく、嬉しいです」
うなずくと、カミルがネックレスの金具を留めてくれた。まるで抱きしめられるかのような距離感に、また鼓動が速くなる。彼に抱かれた時だって、こんなにドキドキすることはなかったのに。
胸元で揺れるネックレスを見つめて、ルフィナは緩む頬を押さえた。どうしようもないほどに嬉しくて、口角が勝手に上がってしまう。
「本当に、嬉しいです。大切にしますね」
「その花が好きなら、今度は指輪を贈ろう。リリベルの花をデザインしたものは、きっときみによく似合う」
「ふふ、嬉しいですけど、このネックレスだけで充分ですよ」
ルフィナは笑ってやんわりと断る。あれこれ装身具をねだるのは、はしたないことだと教えられてきた。無邪気にドレスや装身具をねだっていた母親の姿を思い出して、同じようになりたくないと思う。
だがカミルは穏やかな笑みを浮かべると、ルフィナの耳元に唇を寄せた。また近づいた距離に、鼓動が跳ねる。
「男が装身具を贈るのは、身につけるたびに自分のことを思い出して欲しいからだ。それに、きみの身体を飾るものは、俺が選んだものでありたい」
我儘かなと囁かれて、ルフィナは慌てて首を横に振った。それを見て、カミルは満足そうに笑う。
「じゃあいつか、贈らせて」
「はい、楽しみにしています」
そう言ってルフィナはこくりとうなずいた。カミルはいつも、こうして不意に甘い言葉を囁いてはルフィナの心をかき乱す。きっと顔は真っ赤になっているに違いない。
「もうひとつ、ルフィナに見せたい場所があるんだ」
顔を赤くしていることには触れず、カミルはルフィナの手を引いて走り出す。頬に当たる風が熱を冷ましてくれたらいいなと思いながら、ルフィナは繋がれた手と大きな背中を見つめた。
カミルが連れて行ってくれたのは、高台にある展望台だった。ちょうどアルデイル城の目の前にあり、城と城下の街並みが見渡せる。真っ青な海も見ることができて、まるで絵画のような光景にルフィナは目を見張った。
「すごく景色がいいだろう」
「えぇ。海も街並みも城も……すごく綺麗」
ほうっとため息をついたルフィナの肩を、カミルがそっと抱き寄せた。思わず見上げると、彼は優しい笑みを浮かべていた。
「俺の大切なものが、ここにある。この美しい景色を、明るく優しい国民を、俺は守っていかなきゃいけないんだ」
一度言葉を切ると、カミルはルフィナをじっと見つめた。
「そして、もうひとつ大切なものができた。それはきみだよ、ルフィナ」
「カミル様」
「政略結婚ではあるけれど、俺はきみを心から大切にしたいと思ってる。だからきみにもアルデイルを、そして――俺のことも、好きになってもらえたら嬉しい」
きっとカミルは、彼が大切に守るべきものの存在と己の覚悟を、ルフィナに見せてくれたのだろう。彼の妻となったルフィナが、それを支えていくのは当然だ。
「もちろんです、カミル様。ずっとおそばで、あなたを支えさせてくださいね!」
「……うん、今はそれでいい。ありがとう、ルフィナ」
両手を握りしめて気合いを込めて返事をすれば、カミルは笑ってくしゃりとルフィナの頭を撫でてくれた。
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