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8 あっという間に
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ルフィナは、少々落ち着かない気持ちでカミルの前に座る。
初対面ではあるものの、夜には婚約発表がある。それまで少し交流を深めよとのことで、部屋に二人残されたのだ。
きっとそれは、ヴァルラムの嫌がらせに違いない。彼は、ルフィナがカミルに怯えていると思っているだろうから。
怯えるなんてことはひとつもないけれど、ふわもふな耳を触ってみたくてうずうずはしている。それを言い出すのはさすがに失礼だろうからと我慢しているが、つい何度も視線をやってしまう。だって時々ぴくりと動くのだ。可愛くてたまらない。
「――ホロウードの妖精姫」
なるべく見ないようにしようとうつむいていると、ふいにカミルがぽつりとつぶやいた。思わず顔を上げると、まっすぐに見つめるカミルと目が合った。眼光は鋭いけれど、いつも不機嫌な兄に比べたら、彼の金の瞳は随分と柔らかな色をしている。
「あなたの噂は、アルデイルにも届いていた。国民は皆、あなたに会うのを楽しみにしている」
「ありがとうございます。妖精姫だなんて大層な呼び名がついていますが、実物を見てがっかりされないか心配ですわ」
ルフィナの容姿は確かに整っているが、それだけだ。おまえは国で採れる鉱石よりも価値がないのだと、常々兄には言われている。
謙遜したルフィナを見て、カミルは大きく首を振った。ついでに耳もぷるぷると揺れる。
「そんなことはない。あなたはとても綺麗だし、俺はあなたと婚約できて良かったと思っている。……願わくば、あなたにもそう思ってもらえたら」
「もちろん、私もカミル様とのご縁に感謝していますわ。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
深く頭を下げたルフィナに、カミルは優しい笑みを見せてくれた。
しばらく他愛のない話をしていると、会話が途切れたところでカミルが突然こちらに身を乗り出した。
「できれば、一刻も早くあなたと暮らしたいと思う。早急にアルデイルにお越しいただきたい。そうだ、俺が帰国する時に一緒に……というのはどうだろう」
「え、でも……、婚約に関する手続きや式の準備など、色々としなければならないことがあると思うのですが」
何故か急にそんなことを言い出したカミルに、ルフィナは戸惑う。そう遠くない日にアルデイルに嫁ぐことは理解していたが、カミルの帰国は二日後だ。さすがに急すぎはしないだろうか。眉を顰めたルフィナに、カミルは頑なな表情で首を振る。
「そんなものは、あとでどうとでもなる。あなたの兄上――ヴァルラム殿下に頼んでみましょう」
何としてでもルフィナを国に連れ帰るのだという強い意志を感じる。だが、彼の本心が分からなくてルフィナは混乱するばかりだ。まだほとんど会話もしていないのに、そんなに気に入ってもらえたのだろうか。
そうこうしているうちに、カミルは本当にヴァルラムに話をつけてしまった。目障りなルフィナをさっさと追い出せるのだから、兄としても悪い話ではなかったのだろう。アルデイル側から強く望まれたのだから仕方ないのだと言いつつも、ヴァルラムはせいせいしたと言いたげな表情を浮かべていた。
彼の帰国と同時に嫁ぐことが決まったので、侍女たちが荷造りに追われている。とはいえ、ルフィナの荷物は王女とは思えないほどに少ない。急な話だったので持参する予定だったドレス類も手配が間に合わなかったのだ。出発が決まるとすぐに、ヴァルラムがドレスの作成を中止させたことをルフィナは知っている。余計な出費がなくなって、兄もきっとホッとしているのだろう。
父親であるホロウード国王は、ルフィナが婚約することもアルデイル王国に嫁ぐことも、どうでもいいようだった。報告の言葉すら、聞いていたかどうか分からない。今も彼の目には、眠り続ける最愛の妻しか映っていない。
唯一ルフィナとの別れを惜しんでくれたのは、ずっと母親代わりに育ててくれた乳母だ。彼女からは、目立たず疎まれずに生きていく術を学んだ。きっと、アルデイルに行ってもそれが役に立つだろう。
初対面ではあるものの、夜には婚約発表がある。それまで少し交流を深めよとのことで、部屋に二人残されたのだ。
きっとそれは、ヴァルラムの嫌がらせに違いない。彼は、ルフィナがカミルに怯えていると思っているだろうから。
怯えるなんてことはひとつもないけれど、ふわもふな耳を触ってみたくてうずうずはしている。それを言い出すのはさすがに失礼だろうからと我慢しているが、つい何度も視線をやってしまう。だって時々ぴくりと動くのだ。可愛くてたまらない。
「――ホロウードの妖精姫」
なるべく見ないようにしようとうつむいていると、ふいにカミルがぽつりとつぶやいた。思わず顔を上げると、まっすぐに見つめるカミルと目が合った。眼光は鋭いけれど、いつも不機嫌な兄に比べたら、彼の金の瞳は随分と柔らかな色をしている。
「あなたの噂は、アルデイルにも届いていた。国民は皆、あなたに会うのを楽しみにしている」
「ありがとうございます。妖精姫だなんて大層な呼び名がついていますが、実物を見てがっかりされないか心配ですわ」
ルフィナの容姿は確かに整っているが、それだけだ。おまえは国で採れる鉱石よりも価値がないのだと、常々兄には言われている。
謙遜したルフィナを見て、カミルは大きく首を振った。ついでに耳もぷるぷると揺れる。
「そんなことはない。あなたはとても綺麗だし、俺はあなたと婚約できて良かったと思っている。……願わくば、あなたにもそう思ってもらえたら」
「もちろん、私もカミル様とのご縁に感謝していますわ。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
深く頭を下げたルフィナに、カミルは優しい笑みを見せてくれた。
しばらく他愛のない話をしていると、会話が途切れたところでカミルが突然こちらに身を乗り出した。
「できれば、一刻も早くあなたと暮らしたいと思う。早急にアルデイルにお越しいただきたい。そうだ、俺が帰国する時に一緒に……というのはどうだろう」
「え、でも……、婚約に関する手続きや式の準備など、色々としなければならないことがあると思うのですが」
何故か急にそんなことを言い出したカミルに、ルフィナは戸惑う。そう遠くない日にアルデイルに嫁ぐことは理解していたが、カミルの帰国は二日後だ。さすがに急すぎはしないだろうか。眉を顰めたルフィナに、カミルは頑なな表情で首を振る。
「そんなものは、あとでどうとでもなる。あなたの兄上――ヴァルラム殿下に頼んでみましょう」
何としてでもルフィナを国に連れ帰るのだという強い意志を感じる。だが、彼の本心が分からなくてルフィナは混乱するばかりだ。まだほとんど会話もしていないのに、そんなに気に入ってもらえたのだろうか。
そうこうしているうちに、カミルは本当にヴァルラムに話をつけてしまった。目障りなルフィナをさっさと追い出せるのだから、兄としても悪い話ではなかったのだろう。アルデイル側から強く望まれたのだから仕方ないのだと言いつつも、ヴァルラムはせいせいしたと言いたげな表情を浮かべていた。
彼の帰国と同時に嫁ぐことが決まったので、侍女たちが荷造りに追われている。とはいえ、ルフィナの荷物は王女とは思えないほどに少ない。急な話だったので持参する予定だったドレス類も手配が間に合わなかったのだ。出発が決まるとすぐに、ヴァルラムがドレスの作成を中止させたことをルフィナは知っている。余計な出費がなくなって、兄もきっとホッとしているのだろう。
父親であるホロウード国王は、ルフィナが婚約することもアルデイル王国に嫁ぐことも、どうでもいいようだった。報告の言葉すら、聞いていたかどうか分からない。今も彼の目には、眠り続ける最愛の妻しか映っていない。
唯一ルフィナとの別れを惜しんでくれたのは、ずっと母親代わりに育ててくれた乳母だ。彼女からは、目立たず疎まれずに生きていく術を学んだ。きっと、アルデイルに行ってもそれが役に立つだろう。
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