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1 愛せないと言われましても

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「きみを、愛すことはできない」
 低い声で宣言されて、ルフィナはぱちぱちと目を瞬いた。何やら衝撃的な言葉が聞こえたような気がするのだが。
 戸惑っているうちに、彼の言葉は続いていく。
「だから、その……きみを抱くことはできない。すまないが、無理だ」
「え、嘘っ」
 さすがに声をあげてしまったのは、仕方ないと思う。
 だって初夜なのだ。皆の前で式を挙げて、盛大なパーティーでたくさんの人から祝福を受けて、ようやく二人きりになれた寝室で、そんなことを言われるとは思わないではないか。
 念入りに身体を清め、繊細な刺繍の施された薄い夜着を身に纏ってベッドの上にいるこの状況で、抱けないと言われても困ってしまう。
 それに、彼も寝支度を整えてここにいる。ガウンの合わせからたくましい胸元がのぞいているし、恐らく彼は下着すら身につけていない。この状況で、何を言い出すのだろう。
「……えぇと、カミル様。理由をお聞かせいただいても?」
 首をかしげてそう問うと、膝を突き合わせて座る彼は困ったように眉を顰めた。
 整ってはいるが普段から険しい顔立ちの彼は、まるで怒っているかのように見える。
 真意を探るように、ルフィナはじっと彼の顔を見つめた。
 
 カミル・アルデイル。彼はここアルデイル王国の王子であり、ゆくゆくはこの国を背負って立つ存在だ。
 ルフィナはホロウード王国の王女で、カミルのもとに嫁いできた。いわゆる政略結婚というやつだ。
 だが、顔を合わせてから挙式までの間、彼はずっと親切にしてくれていた。結婚を嫌がっているようには見えなかったし、気候も習慣も違う異国の環境に慣れないルフィナを常に気遣ってくれた。そんな彼にルフィナも、心惹かれていたのだ。
 だからこそ、ここにきて突然の「愛せない」宣言に戸惑ってしまう。
 政略結婚だし、情熱的な愛を育めるとは思わない。だけど、それなりに良い関係を築きたいとルフィナは思っている。彼もそうだと信じていたのに。
 それに国同士の思惑が絡んだこの婚姻において、何の理由もなく初夜から放置されるというのはさすがに色々と問題があるだろう。

 答えを待ってカミルを凝視していると、彼はため息をひとつ落として視線を逸らした。
「いや……やはり、きみと俺とでは何もかもが違いすぎる、と思うんだ」
「そうでしょうか」
「だって、きみは人族で、俺は獣人族だ。きみには耳も尻尾もないし、それにきみはあまりに細く小さい」
 カミルの言葉に、ルフィナは再び首をかしげた。
 確かに彼の頭には髪と同じ濃い金色をしたふわふわの耳がついている。ちょっと丸みを帯びていて、時々ぴくりと動くのが可愛らしくてたまらない。真面目な話をしているのに時々そちらに視線が吸い寄せられてしまうし、うっかり手を伸ばして触ってしまいそうになる。
 そして、険しい顔をする彼の背後でひょこひょこ揺れているのは、こちらは短い金色の毛が生えた尻尾だ。先の部分だけ少し黒い毛がふわりとしていて、こちらもいつか触ってみたいと思っている。
 アルデイルは獣人の国で、獅子獣人が代々国を治めている。王子であるカミルも、獅子獣人だ。彼の金の髪は獅子のたてがみのようだし、射抜くような鋭い金の瞳もしなやかな筋肉に覆われた身体も、肉食獣を思わせる。
 対するルフィナは人族の国に生まれ育った。獣人に会ったのも、カミルと対面した時が初めてだ。確かに彼の言うように、ルフィナは小柄な方だし細く華奢だ。薄紫のふわふわとした髪にピンク色の瞳という容姿と儚げな雰囲気から、祖国では『ホロウードの妖精姫』と呼ばれていた。もっとも中身は見た目とは裏腹に、儚げでも繊細でもないのだが。
 
 嫁ぐからには相手の国のことを理解する必要があるだろうと、アルデイルに関する書物は色々と読んできた。だが、これまでホロウードはアルデイルとの交流が一切なかったので、獣人族に対する理解が十分かと言われると正直なところ自信はない。
 それでも、お互いを知ろうとすることは大事だと思う。ルフィナとカミルの結婚は、両国の関係改善の第一歩となるはずだし、そのためには無事に初夜を遂行しなければならない。初夜に抱いてもらえなかった花嫁なんて、ルフィナの立場がないではないか。
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