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5 鳥籠の中
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「じゃあ、仕事に行ってくるね。夕食までには戻るけど、誰が来ても扉を開けないこと。何かあれば、鳥籠に入っていて」
「うん、気をつけて。行ってらっしゃい」
背伸びをして頬にそっとキスをして、彼を見送る。まるで新婚夫婦のようなやりとりが、少しくすぐったい。
ハロルドが出勤したあと、しっかりと鍵をかけてツィリアは部屋の中に戻った。少しでもハロルドの役に立ちたいから、掃除をして夕食の準備に取り掛からねば。
「今夜は何にしようかな」
ツィリアが作る食事をハロルドはいつも美味しいと食べてくれるから、何を作るか頭を悩ませる時間すら楽しい。
鼻歌を歌いながら、ツィリアはキッチンへと向かった。
夕食の下ごしらえを終えて、少し休憩しようとソファで本を読んでいると、突然ガチャガチャとドアノブを動かす音がして、ツィリアは恐怖に青ざめた。
ハロルドなら鍵を持っているはずだし、もしも鍵を忘れていたとしても声をかけてくれるはずだ。扉の外にいるのは、ハロルドではない誰か。鍵は閉めているけれど、こじ開けられない保証などない。
ツィリアは慌ててワンピースを脱いで隠し、小鳥の姿になって鳥籠へと飛び込んだ。表向きにはハロルドは一人暮らしで、ツィリアは彼に飼われている小鳥だ。鳥籠の中に入ってしまえば、人間のツィリアの存在はなかったことになる。
怯えながら鳥籠の中で息を潜めていると、しばらくして扉の外の足音は遠ざかっていった。どうやら、隣人が家を間違えたようだ。
それでもまた誰か来たらと思うと恐ろしくて、ツィリアはハロルドが帰ってくるまで鳥籠から出ることができなかった。
帰宅したハロルドは、鳥籠の隅で小さくなって震えるツィリアを見て、何かあったとすぐに察したらしい。
「ツィリア、どうしたの? おいで」
そっと抱き上げられて、あたたかな手のひらに包まれて、ようやくツィリアは落ち着きを取り戻せたような気がする。
「ハロルド……!」
思わず人間の姿に戻って、ツィリアはハロルドに縋りつく。ぽろぽろと涙をこぼしながら今日の出来事を説明するのを、彼は優しく抱きしめながら聞いてくれた。
「怖かったね。大丈夫、ツィリアは俺が守るから。なるべく家に居られるように、俺も仕事を調整してみるよ」
「でも、これ以上ハロルドに迷惑をかけるのは嫌……」
泣きながらもそう言って首を振るツィリアの頬を撫でて、ハロルドは優しく目を細めた。
「大丈夫だよ、最近は案外自宅に仕事を持ち帰ってる人も多いんだ。書斎に籠ることは増えるかもしれないけど、それでも同じ家に居る方が安心できるだろう」
早速明日、上司にかけあってみると笑うハロルドに、ツィリアも小さくうなずいた。
「良かった、ようやく笑ったね」
涙の跡に口づけて、ハロルドが頭を撫でてくれる。そのぬくもりが嬉しくて、もっとと身体を擦り寄せたら、ハロルドが少し困ったような表情を浮かべた。
「ツィリア、今の自分の状況、分かってる?」
「え? あ……」
さっきまで鳥の姿だったから、ツィリアは今、何も身に纏っていない。そんな状態でハロルドにぎゅうぎゅうと抱きついて胸を押しつけていたのだから、彼が困るのも無理はない。
「そんなことされたら、また抱きたくなっちゃうよ」
くすりと笑ったハロルドの指先が、つうっと背中を撫で上げるから、ツィリアは思わず小さな声をあげた。
「……っ、いいの。抱いて、ハロルド」
「ツィリア」
「ハロルドのぬくもりに包まれていると、安心するの。だから」
至近距離で見上げると、ハロルドの緑の瞳が少し濃く色を増した。それは、彼の気持ちが昂った証拠。
「可愛いおねだりを、無視なんてできないね」
小さく笑ったハロルドが、ツィリアの身体を抱き上げる。そのまま、二人は寝室へと向かった。
「うん、気をつけて。行ってらっしゃい」
背伸びをして頬にそっとキスをして、彼を見送る。まるで新婚夫婦のようなやりとりが、少しくすぐったい。
ハロルドが出勤したあと、しっかりと鍵をかけてツィリアは部屋の中に戻った。少しでもハロルドの役に立ちたいから、掃除をして夕食の準備に取り掛からねば。
「今夜は何にしようかな」
ツィリアが作る食事をハロルドはいつも美味しいと食べてくれるから、何を作るか頭を悩ませる時間すら楽しい。
鼻歌を歌いながら、ツィリアはキッチンへと向かった。
夕食の下ごしらえを終えて、少し休憩しようとソファで本を読んでいると、突然ガチャガチャとドアノブを動かす音がして、ツィリアは恐怖に青ざめた。
ハロルドなら鍵を持っているはずだし、もしも鍵を忘れていたとしても声をかけてくれるはずだ。扉の外にいるのは、ハロルドではない誰か。鍵は閉めているけれど、こじ開けられない保証などない。
ツィリアは慌ててワンピースを脱いで隠し、小鳥の姿になって鳥籠へと飛び込んだ。表向きにはハロルドは一人暮らしで、ツィリアは彼に飼われている小鳥だ。鳥籠の中に入ってしまえば、人間のツィリアの存在はなかったことになる。
怯えながら鳥籠の中で息を潜めていると、しばらくして扉の外の足音は遠ざかっていった。どうやら、隣人が家を間違えたようだ。
それでもまた誰か来たらと思うと恐ろしくて、ツィリアはハロルドが帰ってくるまで鳥籠から出ることができなかった。
帰宅したハロルドは、鳥籠の隅で小さくなって震えるツィリアを見て、何かあったとすぐに察したらしい。
「ツィリア、どうしたの? おいで」
そっと抱き上げられて、あたたかな手のひらに包まれて、ようやくツィリアは落ち着きを取り戻せたような気がする。
「ハロルド……!」
思わず人間の姿に戻って、ツィリアはハロルドに縋りつく。ぽろぽろと涙をこぼしながら今日の出来事を説明するのを、彼は優しく抱きしめながら聞いてくれた。
「怖かったね。大丈夫、ツィリアは俺が守るから。なるべく家に居られるように、俺も仕事を調整してみるよ」
「でも、これ以上ハロルドに迷惑をかけるのは嫌……」
泣きながらもそう言って首を振るツィリアの頬を撫でて、ハロルドは優しく目を細めた。
「大丈夫だよ、最近は案外自宅に仕事を持ち帰ってる人も多いんだ。書斎に籠ることは増えるかもしれないけど、それでも同じ家に居る方が安心できるだろう」
早速明日、上司にかけあってみると笑うハロルドに、ツィリアも小さくうなずいた。
「良かった、ようやく笑ったね」
涙の跡に口づけて、ハロルドが頭を撫でてくれる。そのぬくもりが嬉しくて、もっとと身体を擦り寄せたら、ハロルドが少し困ったような表情を浮かべた。
「ツィリア、今の自分の状況、分かってる?」
「え? あ……」
さっきまで鳥の姿だったから、ツィリアは今、何も身に纏っていない。そんな状態でハロルドにぎゅうぎゅうと抱きついて胸を押しつけていたのだから、彼が困るのも無理はない。
「そんなことされたら、また抱きたくなっちゃうよ」
くすりと笑ったハロルドの指先が、つうっと背中を撫で上げるから、ツィリアは思わず小さな声をあげた。
「……っ、いいの。抱いて、ハロルド」
「ツィリア」
「ハロルドのぬくもりに包まれていると、安心するの。だから」
至近距離で見上げると、ハロルドの緑の瞳が少し濃く色を増した。それは、彼の気持ちが昂った証拠。
「可愛いおねだりを、無視なんてできないね」
小さく笑ったハロルドが、ツィリアの身体を抱き上げる。そのまま、二人は寝室へと向かった。
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