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番外編
はじめての誕生日 3
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背後でイーヴが身じろぎする気配を感じて、シェイラは読んでいた本を閉じると彼を振り返って見上げた。
「おはよう、イーヴ」
「あ……ごめん。寝てたな」
「大丈夫ですよ。本当は膝枕とかしたかったんだけど、重たくて無理でした」
「シェイラを抱きしめてるとよく眠れるから、つい」
「私もイーヴに抱きしめてもらうとよく眠れるから、一緒ですね」
くすくすと笑いながら、シェイラはゆっくりと立ち上がった。空が赤く染まり始めていて、まもなく陽が落ちそうだ。微かに瞬き始めた星に誘われて、光虫がふわふわとあたりを漂い始める。虫と呼ばれているものの生物ではなく、日暮と共に淡く輝きながら何をするでもなく宙を泳ぎ、翌朝には塵となって消えてしまうという。
「シェイラ、上着を」
同じく立ち上がったイーヴが、うしろから上着を着せかけてくれた。イーヴに抱きしめられていたから気づかなかったけれど、随分と気温が下がってきている。
ひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込んで、シェイラは上着をしっかりと羽織る。
「そろそろ湖の島に向けて出発しようか。夕食までには戻らないとな。アルバンが張り切って支度をしてるはずだ」
「うん。星、見えるかな」
「今夜は天気がいいから、きっとな」
くしゃりと髪を撫でたあと、シェイラの手を取ってイーヴが歩き出す。出発するのかと思いきや、彼はそのまま花畑の方へと向かった。
「ランタンも持ってきてるが、シェイラはこっちの灯りの方が好きだろう」
そう言って、イーヴが花を摘んでシェイラの手に持たせた。髪にも飾ってもらった釣鐘状の花は、確かにランプシェードのような形をしているけれど、さすがに灯りの代わりにはならない。
どういうことかと首をかしげたシェイラに笑いながら、イーヴは周囲を飛ぶ光虫を捕まえると花の中へと入れた。薄紅色の花弁を透かした柔らかな光が広がって、周囲がほんのり明るくなる。
「わぁ、お花の灯り……!」
「光虫が逃げないように、そっとな」
イーヴの声かけに、花を揺らさないよう気をつけながらシェイラは両手で慎重に茎を握りしめた。
「じゃあ、行くか」
そう言ってイーヴが目を閉じた瞬間、その姿は青い竜へと変わる。身体を屈めてくれた彼の背中に登りながら、透き通った青い鱗と同じ輝きを放つ指輪が左手にあるのを確認して、シェイラは小さく笑った。
「しっかり掴まってろよ」
「はぁい」
シェイラがうなずいてたてがみを掴んだのを確認して、イーヴがふわりと飛び立った。花の灯りを揺らさないようにと気遣ってか、いつもより速度はゆっくりだ。
気づけば空は暗くなり、瞬く星の数も増えてきた。
シェイラたちのあとを追うようについてきた光虫たちが、まるで流れ星のようにふわふわと光の軌跡を描く。
手を伸ばしたシェイラの指先に止まった光虫を、髪に飾った花の中にも入れれば、顔のまわりがほわりと明るくなった。
やがて前方に、以前にも来た大きな島が見えてきた。濃紺の夜空に、大きな山のシルエットがぼんやりと浮かび上がっている。
広い湖の水面は、まるで鏡のように夜空を映し出していて、境目が分からないほどだ。
「わ……ぁ」
「あんまり身を乗り出すと落ちるぞ。島に上陸するまでおとなしくしててくれ、シェイラ」
イーヴの声に、身を乗り出していたシェイラは慌ててしっかりとたてがみを掴んで姿勢を正す。
滑るように島に上陸したイーヴは、シェイラを下ろすと人間の姿に変わった。
「寒くないか」
聞かれて平気だとうなずこうとした瞬間小さなくしゃみをしたシェイラを見て、イーヴが笑う。
「風邪をひいたら大変だ。こっちにおいで」
促されてシェイラは、地面に腰を下ろしたイーヴの膝の上に座る。彼の羽織ったマントでしっかりと包まれて、あたたかさに思わずため息がこぼれ落ちた。
そっと握りしめていた花の灯りをカップに挿せば、二人の周囲にほんのりと淡いピンクの光が浮かび上がった。
「せっかくだから、昼に食べ損ねた菓子を食べるか」
「うん。アルバンさんが、クッキー焼いてくれたって言ってました」
「お茶もまだ冷えてなさそうだな」
確認するように保温瓶を開けたイーヴが、カップにお茶を注いでくれる。熱々とまではいかないものの、飲むのにちょうどいい熱さのお茶は、少し冷えた身体を内側からあたためてくれるようだ。
うしろからしっかりとイーヴに抱きしめられながら、シェイラは湖を見つめた。湖面に映る星空は、時折風で水面が微かに波打つと、まるで流れ星のように揺れる。夜空との境目が曖昧なせいか、地面に座っているはずなのに宙に浮いているような心地になる。
イーヴがシェイラの方に手を伸ばすと、髪に飾った花の中にいた光虫をそっと取り出して宙に放った。突然広い世界に放り出されて、驚いたように二人のまわりをふわふわと浮いていた光虫は、やがて湖の方へ飛んでいく。水面にも光虫の淡い光が映って、幻想的な光景が広がった。
「綺麗。いつまででも見てられそう」
「気に入ってもらえて良かった。でも、冷える前に帰るぞ」
「分かってるけど、あと少しだけ」
「じゃあ、これを飲み終わるまでな」
そう言ってイーヴがお茶のおかわりを注いでくれる。冷えてきた指先をあたためるようにカップを握りしめながら、シェイラはうしろのイーヴにもたれかかった。
「すごく、幸せな誕生日だったな。大好きな人にお祝いしてもらえるのがこんなに嬉しいなんて、知らなかった」
「これからは毎年、たくさんお祝いしよう」
「うん。イーヴのお誕生日も、お祝いさせてね」
振り返って見上げるとイーヴの金色の瞳が細められ、優しく唇が重ねられた。
「帰ったら、きっとルベリアも来てる。皆、シェイラの誕生日を祝いたくてうずうずしているはずだ」
「わ、嬉しいな。大好きな人たちと過ごせるのって、幸せ」
「俺の我儘で、日中はシェイラを独り占めさせてもらったからな。夕食は皆で食べよう」
「ふふ、我儘なんて。私も、イーヴと二人きりで過ごせて幸せでしたよ。あの、外でするのは……えぇと、やっぱりもう無理かもだけど」
「部屋でゆっくりしようって約束したからな。今夜は寝かせてやれないかもしれない」
「わぁ、それなら食べすぎに気をつけなきゃ。お腹いっぱいになると眠くなっちゃう」
低く耳元で囁かれた声に思わず身体を震わせてしまったのを隠すように、シェイラは明るい声をあげた。
「無理に我慢することないぞ。美味いものを食べて嬉しそうなシェイラを見るのを、俺も、それからきっとアルバンも楽しみにしてる」
「うん。でももし寝そうになってたら、起こしてくださいね。お部屋でまたするって約束したから」
うしろから抱きしめたイーヴの腕に唇を押し当てながら、シェイラは小さな声でつぶやいた。
「本当に……シェイラは俺の理性をどれだけ崩したいのか」
「だって、イーヴに抱きしめられるのも、くっつくのも、大好きなの」
「それなら、さっさと食事をすませて部屋にこもろうか」
肩を震わせて笑いながらも、冗談とも本気ともつかない口調でそう言ってイーヴはシェイラを抱き上げて立ち上がった。その拍子に、カップに挿していた花から光虫がふわふわと舞い上がった。
「最後に湖の上を一周してから帰ろうか」
「うん!」
光虫の放つ淡い光に包まれながら、イーヴはシェイラの額にひとつキスを落とすと、竜に姿を変えた。
夜空の広がる湖面に、イーヴの黒い影が映る。あとを追ってきた光虫が光の軌跡を描きながら、星空に紛れて消えていくのを見送って、シェイラはイーヴのたてがみに頬を擦り寄せた。
「本当にありがとう、イーヴ」
「どういたしまして。だけど、誕生日はまだ終わってないぞ」
「うん。でも、あらためてお礼を言いたかったの。私の誕生日も大事な日なんだって、イーヴが教えてくれたから」
「まだまだ祝い足りないくらいだけど、これからも毎年お祝いしよう。竜族は長生きだからな、何百回も祝えるぞ」
「本当ですね。嬉しいな、長生きの夢が叶うだけでなくて、誕生日もその分増えるなんて」
番いの証をもらって良かったと、シェイラはつぶやいて首筋の痣と胸元の鱗にそっと触れた。そして再びたてがみに顔を寄せると、小さく息を吸った。
「ねぇ、イーヴ」
「うん?」
「私もいつか、竜になれたりしないかな」
「え?」
「ほら、そうしたらイーヴと一緒に空を飛べるかなって」
「そうだな……、さすがに竜化するのは難しいかもしれないけど、でも」
「でも?」
言葉を切ったイーヴは、ちらりと視線をシェイラの方に向けた。大好きな、丸い月のような金の瞳の中に、シェイラが映っている。
「俺たちの子供は……きっと竜になれると思う。竜族の血は、濃いから」
「子供……」
小さくつぶやいたシェイラの頭の中に大空を翔ける大小の青い竜の影が鮮やかに浮かび上がる。まるで本当に見たことがあるかのように鮮明なその光景に、思わず息が止まった。
大きな青い竜のそばにある小さい竜の影は二つ。地上から眩しくそれを見上げる自分の姿も見たような気がして、シェイラは思わずイーヴに強く抱きついた。
「素敵。いつかきっと、そんな日が来ますね。子供の背中に乗せてもらったりできるかな」
「シェイラを背に乗せる役目は、たとえ我が子でも譲る気はないけどな」
独占欲の強いその発言に、シェイラは笑ってうなずく。
「うん。イーヴがいれば、私はいつだって空を飛べるもの。いつまでも、こうやって背中に乗せてね、イーヴ」
「もちろんだ」
約束のキスの代わりに、シェイラはイーヴと頬を合わせて笑いあった。
降るような満天の星の下、青い竜はゆっくりとドレージアに向かって飛んでいった。
◇
帰宅したシェイラを屋敷の面々とルベリアが出迎えてくれ、その夜は盛大なパーティが開催された。
ルベリアとエルフェは可愛い服を大量に贈ってくれたし、レジスはたくさんの本をくれた。アルバンは手の込んだ御馳走のほかに、天井に届くのではと思うほどに巨大なケーキまで作ってくれた。
ただ、こんなに幸せな誕生日は生まれて初めてだと、大喜びするシェイラを最初は優しく見守っていたイーヴも、食事を終えたシェイラがお酒に手を伸ばしたあたりから雲行きが怪しくなった。
成人しているのだから、シェイラだってお酒を飲んでも問題ないだろうと絡むルベリアから逃げるように、もう寝る時間だからとあっという間に寝室へと連れて行かれたシェイラは、もちろんそのまま寝かせてもらえるわけもなかった。
ここなら誰も来ないし声だって漏れないからと、昼間に我慢した分の声も上げさせるように執拗に責められて、シェイラはベッドの上で夜通し喘ぎ続けることとなった。
翌日は起き上がることすらできず、更に声が出せなくなったシェイラの状況を知ったレジスとエルフェに、イーヴがこってりと絞られたのは、また別の話。
「おはよう、イーヴ」
「あ……ごめん。寝てたな」
「大丈夫ですよ。本当は膝枕とかしたかったんだけど、重たくて無理でした」
「シェイラを抱きしめてるとよく眠れるから、つい」
「私もイーヴに抱きしめてもらうとよく眠れるから、一緒ですね」
くすくすと笑いながら、シェイラはゆっくりと立ち上がった。空が赤く染まり始めていて、まもなく陽が落ちそうだ。微かに瞬き始めた星に誘われて、光虫がふわふわとあたりを漂い始める。虫と呼ばれているものの生物ではなく、日暮と共に淡く輝きながら何をするでもなく宙を泳ぎ、翌朝には塵となって消えてしまうという。
「シェイラ、上着を」
同じく立ち上がったイーヴが、うしろから上着を着せかけてくれた。イーヴに抱きしめられていたから気づかなかったけれど、随分と気温が下がってきている。
ひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込んで、シェイラは上着をしっかりと羽織る。
「そろそろ湖の島に向けて出発しようか。夕食までには戻らないとな。アルバンが張り切って支度をしてるはずだ」
「うん。星、見えるかな」
「今夜は天気がいいから、きっとな」
くしゃりと髪を撫でたあと、シェイラの手を取ってイーヴが歩き出す。出発するのかと思いきや、彼はそのまま花畑の方へと向かった。
「ランタンも持ってきてるが、シェイラはこっちの灯りの方が好きだろう」
そう言って、イーヴが花を摘んでシェイラの手に持たせた。髪にも飾ってもらった釣鐘状の花は、確かにランプシェードのような形をしているけれど、さすがに灯りの代わりにはならない。
どういうことかと首をかしげたシェイラに笑いながら、イーヴは周囲を飛ぶ光虫を捕まえると花の中へと入れた。薄紅色の花弁を透かした柔らかな光が広がって、周囲がほんのり明るくなる。
「わぁ、お花の灯り……!」
「光虫が逃げないように、そっとな」
イーヴの声かけに、花を揺らさないよう気をつけながらシェイラは両手で慎重に茎を握りしめた。
「じゃあ、行くか」
そう言ってイーヴが目を閉じた瞬間、その姿は青い竜へと変わる。身体を屈めてくれた彼の背中に登りながら、透き通った青い鱗と同じ輝きを放つ指輪が左手にあるのを確認して、シェイラは小さく笑った。
「しっかり掴まってろよ」
「はぁい」
シェイラがうなずいてたてがみを掴んだのを確認して、イーヴがふわりと飛び立った。花の灯りを揺らさないようにと気遣ってか、いつもより速度はゆっくりだ。
気づけば空は暗くなり、瞬く星の数も増えてきた。
シェイラたちのあとを追うようについてきた光虫たちが、まるで流れ星のようにふわふわと光の軌跡を描く。
手を伸ばしたシェイラの指先に止まった光虫を、髪に飾った花の中にも入れれば、顔のまわりがほわりと明るくなった。
やがて前方に、以前にも来た大きな島が見えてきた。濃紺の夜空に、大きな山のシルエットがぼんやりと浮かび上がっている。
広い湖の水面は、まるで鏡のように夜空を映し出していて、境目が分からないほどだ。
「わ……ぁ」
「あんまり身を乗り出すと落ちるぞ。島に上陸するまでおとなしくしててくれ、シェイラ」
イーヴの声に、身を乗り出していたシェイラは慌ててしっかりとたてがみを掴んで姿勢を正す。
滑るように島に上陸したイーヴは、シェイラを下ろすと人間の姿に変わった。
「寒くないか」
聞かれて平気だとうなずこうとした瞬間小さなくしゃみをしたシェイラを見て、イーヴが笑う。
「風邪をひいたら大変だ。こっちにおいで」
促されてシェイラは、地面に腰を下ろしたイーヴの膝の上に座る。彼の羽織ったマントでしっかりと包まれて、あたたかさに思わずため息がこぼれ落ちた。
そっと握りしめていた花の灯りをカップに挿せば、二人の周囲にほんのりと淡いピンクの光が浮かび上がった。
「せっかくだから、昼に食べ損ねた菓子を食べるか」
「うん。アルバンさんが、クッキー焼いてくれたって言ってました」
「お茶もまだ冷えてなさそうだな」
確認するように保温瓶を開けたイーヴが、カップにお茶を注いでくれる。熱々とまではいかないものの、飲むのにちょうどいい熱さのお茶は、少し冷えた身体を内側からあたためてくれるようだ。
うしろからしっかりとイーヴに抱きしめられながら、シェイラは湖を見つめた。湖面に映る星空は、時折風で水面が微かに波打つと、まるで流れ星のように揺れる。夜空との境目が曖昧なせいか、地面に座っているはずなのに宙に浮いているような心地になる。
イーヴがシェイラの方に手を伸ばすと、髪に飾った花の中にいた光虫をそっと取り出して宙に放った。突然広い世界に放り出されて、驚いたように二人のまわりをふわふわと浮いていた光虫は、やがて湖の方へ飛んでいく。水面にも光虫の淡い光が映って、幻想的な光景が広がった。
「綺麗。いつまででも見てられそう」
「気に入ってもらえて良かった。でも、冷える前に帰るぞ」
「分かってるけど、あと少しだけ」
「じゃあ、これを飲み終わるまでな」
そう言ってイーヴがお茶のおかわりを注いでくれる。冷えてきた指先をあたためるようにカップを握りしめながら、シェイラはうしろのイーヴにもたれかかった。
「すごく、幸せな誕生日だったな。大好きな人にお祝いしてもらえるのがこんなに嬉しいなんて、知らなかった」
「これからは毎年、たくさんお祝いしよう」
「うん。イーヴのお誕生日も、お祝いさせてね」
振り返って見上げるとイーヴの金色の瞳が細められ、優しく唇が重ねられた。
「帰ったら、きっとルベリアも来てる。皆、シェイラの誕生日を祝いたくてうずうずしているはずだ」
「わ、嬉しいな。大好きな人たちと過ごせるのって、幸せ」
「俺の我儘で、日中はシェイラを独り占めさせてもらったからな。夕食は皆で食べよう」
「ふふ、我儘なんて。私も、イーヴと二人きりで過ごせて幸せでしたよ。あの、外でするのは……えぇと、やっぱりもう無理かもだけど」
「部屋でゆっくりしようって約束したからな。今夜は寝かせてやれないかもしれない」
「わぁ、それなら食べすぎに気をつけなきゃ。お腹いっぱいになると眠くなっちゃう」
低く耳元で囁かれた声に思わず身体を震わせてしまったのを隠すように、シェイラは明るい声をあげた。
「無理に我慢することないぞ。美味いものを食べて嬉しそうなシェイラを見るのを、俺も、それからきっとアルバンも楽しみにしてる」
「うん。でももし寝そうになってたら、起こしてくださいね。お部屋でまたするって約束したから」
うしろから抱きしめたイーヴの腕に唇を押し当てながら、シェイラは小さな声でつぶやいた。
「本当に……シェイラは俺の理性をどれだけ崩したいのか」
「だって、イーヴに抱きしめられるのも、くっつくのも、大好きなの」
「それなら、さっさと食事をすませて部屋にこもろうか」
肩を震わせて笑いながらも、冗談とも本気ともつかない口調でそう言ってイーヴはシェイラを抱き上げて立ち上がった。その拍子に、カップに挿していた花から光虫がふわふわと舞い上がった。
「最後に湖の上を一周してから帰ろうか」
「うん!」
光虫の放つ淡い光に包まれながら、イーヴはシェイラの額にひとつキスを落とすと、竜に姿を変えた。
夜空の広がる湖面に、イーヴの黒い影が映る。あとを追ってきた光虫が光の軌跡を描きながら、星空に紛れて消えていくのを見送って、シェイラはイーヴのたてがみに頬を擦り寄せた。
「本当にありがとう、イーヴ」
「どういたしまして。だけど、誕生日はまだ終わってないぞ」
「うん。でも、あらためてお礼を言いたかったの。私の誕生日も大事な日なんだって、イーヴが教えてくれたから」
「まだまだ祝い足りないくらいだけど、これからも毎年お祝いしよう。竜族は長生きだからな、何百回も祝えるぞ」
「本当ですね。嬉しいな、長生きの夢が叶うだけでなくて、誕生日もその分増えるなんて」
番いの証をもらって良かったと、シェイラはつぶやいて首筋の痣と胸元の鱗にそっと触れた。そして再びたてがみに顔を寄せると、小さく息を吸った。
「ねぇ、イーヴ」
「うん?」
「私もいつか、竜になれたりしないかな」
「え?」
「ほら、そうしたらイーヴと一緒に空を飛べるかなって」
「そうだな……、さすがに竜化するのは難しいかもしれないけど、でも」
「でも?」
言葉を切ったイーヴは、ちらりと視線をシェイラの方に向けた。大好きな、丸い月のような金の瞳の中に、シェイラが映っている。
「俺たちの子供は……きっと竜になれると思う。竜族の血は、濃いから」
「子供……」
小さくつぶやいたシェイラの頭の中に大空を翔ける大小の青い竜の影が鮮やかに浮かび上がる。まるで本当に見たことがあるかのように鮮明なその光景に、思わず息が止まった。
大きな青い竜のそばにある小さい竜の影は二つ。地上から眩しくそれを見上げる自分の姿も見たような気がして、シェイラは思わずイーヴに強く抱きついた。
「素敵。いつかきっと、そんな日が来ますね。子供の背中に乗せてもらったりできるかな」
「シェイラを背に乗せる役目は、たとえ我が子でも譲る気はないけどな」
独占欲の強いその発言に、シェイラは笑ってうなずく。
「うん。イーヴがいれば、私はいつだって空を飛べるもの。いつまでも、こうやって背中に乗せてね、イーヴ」
「もちろんだ」
約束のキスの代わりに、シェイラはイーヴと頬を合わせて笑いあった。
降るような満天の星の下、青い竜はゆっくりとドレージアに向かって飛んでいった。
◇
帰宅したシェイラを屋敷の面々とルベリアが出迎えてくれ、その夜は盛大なパーティが開催された。
ルベリアとエルフェは可愛い服を大量に贈ってくれたし、レジスはたくさんの本をくれた。アルバンは手の込んだ御馳走のほかに、天井に届くのではと思うほどに巨大なケーキまで作ってくれた。
ただ、こんなに幸せな誕生日は生まれて初めてだと、大喜びするシェイラを最初は優しく見守っていたイーヴも、食事を終えたシェイラがお酒に手を伸ばしたあたりから雲行きが怪しくなった。
成人しているのだから、シェイラだってお酒を飲んでも問題ないだろうと絡むルベリアから逃げるように、もう寝る時間だからとあっという間に寝室へと連れて行かれたシェイラは、もちろんそのまま寝かせてもらえるわけもなかった。
ここなら誰も来ないし声だって漏れないからと、昼間に我慢した分の声も上げさせるように執拗に責められて、シェイラはベッドの上で夜通し喘ぎ続けることとなった。
翌日は起き上がることすらできず、更に声が出せなくなったシェイラの状況を知ったレジスとエルフェに、イーヴがこってりと絞られたのは、また別の話。
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