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私の唯一

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 イーヴが帰宅したという連絡を受けて、シェイラはルベリアとエルフェに見送られながら彼の部屋へと向かった。
 羽織ったガウンの下は、もちろん下着姿。やる気満々な感じが少し恥ずかしくはあるけれど、エルフェが念入りに手入れしてくれた髪も肌も艶やかで、いつもより触り心地が良い気がする。
 イーヴのために磨き上げた身体を薄い下着に包んで、シェイラは今夜こそはと唇を引き結んで廊下を進む。

 大きな黒いドアの前で一度深呼吸をして、シェイラは少し震える手で二回ノックをした。すぐに応答があってドアが開き、イーヴが顔を出す。
「おかえりなさい、イーヴ。中に入ってもいいですか?」
「あぁ、ただいま。もちろんだ」
 抱き寄せられて額に軽く唇が触れたあと、シェイラは部屋の中へと招き入れられた。彼の部屋に漂う森林を思わせるしっとりとした緑の匂いは、少し速くなった鼓動を落ち着かせてくれるようだ。
「体調に問題はないか? 食事はちゃんと食べたか?」
「大丈夫。おかげさまで元気だし、しっかり食べました」
 相変わらず過保護なイーヴの言葉に笑いつつ、シェイラはソファに座った。
「ちょうど何か飲もうかと思ってたところだったんだ。シェイラも飲むか?」
「ううん、今夜はやめときます。できればイーヴにも、お酒を飲む前に聞いてほしい話があるんだけど」
「話?」
 お酒のボトルに伸ばしかけていたイーヴの手を止めるように触れて、シェイラは上目遣いで微笑みかけた。そして彼の目の前に立つと、するりとガウンを脱いで床に落とした。
「……っ、シェイラ」
 掠れた声でイーヴがつぶやく。ガウンの下にシェイラが身に纏っていたのは、青いシフォン地の下着。縫いつけられた華奢な金の鎖が、動くたびに微かな音を響かせる。それは、イーヴの色だけを使ったデザイン。まさに今夜のためにぴったりだと、ルベリアとエルフェも絶賛してくれたものだ。
 白いシェイラの肌に、少し濃い青はよく映える。だけど薄い布地はその身体をほとんど隠すことなく包んでいる。たわわな胸のふくらみも、すでに少し硬くなり始めている胸の先も、脚の間の淡い茂みすらも、青い布越しによく見える。
 ごくり、とイーヴが唾を飲み込んだのか、喉が大きく動いたのが分かる。彼の視線が身体のあちこちに向けられているのを感じながら、シェイラはゆっくりとイーヴの膝の上にまたがった。自分のものより倍はありそうな太さの腿は、引き締まった感触が心地いい。柔らかいのに強靭さも感じられるのは、しっかりと筋肉がついているからなのだろう。触れた部分から熱が広がっていき、無意識のうちに内腿をイーヴに擦りつけてしまう。
「シェイラ、どうしてこんな」
「お気に召さなかった?」
「いや、そんなことは……ないけど」
 彼の目元が赤くなっていることを確認して、シェイラは笑った。
「イーヴにね、二つお願いがあります。ひとつはもう分かってると思うけど、今夜こそ抱いてほしいの」
「……でも」
「でも、はもう無し。抱いてくれるまで、動かない」
 ぎゅうっと抱きついてみせると、イーヴの腕は戸惑いつつも背中に回る。拒絶されてはいないことを嬉しく思いながら、シェイラは更に強く抱きついた。脚に触れる硬い感触は、イーヴの身体も欲望を感じている証。服の下に手を滑り込ませて触れてみたい欲望を堪えながら、シェイラはイーヴを見上げた。
 欲に流される前に、もう一つのお願いを伝えなければ。
「それからね、番いの証を私にもらえたら……嬉しいです」
「番いの、証。……本当に? シェイラは本当に欲しいと思うのか」
 小さく息をのんでシェイラを見つめ返すイーヴの表情は、恐ろしいほどに真剣だ。その奥に微かに怯えの色が混じっていることに、シェイラは気づく。
「イーヴのことが好きなの。この先もずっとよ。もう離れたくない。私はイーヴとは違って、このままだとすぐに年老いて死んでしまうわ。そんなの、嫌なの」
「だけど、本当に分かってるのか? 番いの証を刻めば、シェイラは人間でなくなるんだぞ」
「イーヴのそばにいられるなら、人間であることに何の未練もないです」
 問い詰めるように肩を掴むイーヴに、シェイラは笑ってみせる。
「だけど、もしも番いの証を刻んだら」
 シェイラの肩を掴んだまま、イーヴはうつむいて絞り出すようにつぶやく。
「シェイラは、寿命が延びることになる」
「うん、分かってます。成人したら死ぬ覚悟で生きてきた私にとって、長生きは夢だったんですよ」
「少しじゃない、数百年単位で増えることになるんだ。シェイラにとっては、気の遠くなるほどに長い時だ」
「イーヴと同じくらい長生きできるんでしょう。この先数百年もずっと一緒にいられるなんて、幸せだわ」
「それだけじゃない、俺の――竜族の血をシェイラに与えることになる。きっと、シェイラの身体にも鱗があらわれると思う」
「ふふ、それは初耳だったけど、すごく素敵ですね。イーヴと同じ青い鱗だといいな」 
「……っ、番いの証を刻むには、シェイラの首に噛みつく必要がある。痛みはないと思うが……」
「平気。イーヴになら、何をされても大丈夫。痛いのだってどんとこいです」
「だけど、血だって出る」
「怖くなんてないわ。このまま私が先に年老いて、死んでしまうことの方が怖いの」
 肩に置かれたままの手に自分の手を重ねて、シェイラはイーヴの顔をのぞき込んだ。
「私はね、何も持っていなかったの。身体ひとつでドレージアここに来て、本当にたくさんのものをもらったわ。こんなにも大切なものが増えるなんて、ラグノリアにいた時には思ってもみなかった」 
 片手でうつむいたイーヴの頰に触れると、彼はゆっくりと視線を上げた。不安に揺れる金の瞳を見つめて、シェイラは微笑む。
「そして私の一番大切なたったひとつは、間違いなくイーヴです。ずっとそばにいることを許してもらえるなら、私はあなたの唯一になりたい」
 はっきりと告げると、イーヴの顔が泣き出しそうに歪んだ。そのまま、強く抱き寄せられる。
「本気、なんだな。一度刻めば、もう二度と取り消すことはできない。それでもいいのか」
「いいって、ずっと言ってる」
 イーヴの背中に手を回して囁くと、抱きしめる腕が更に強くなった。
「……んっ」
 左の首筋にイーヴの唇が触れて、シェイラは小さく身体を震わせた。
「ここに、刻むことになる」
「分かったわ。覚悟はできてます、いつでもどうぞ」
 決意を込めて見上げたら、苦笑を浮かべたイーヴと目が合った。
「番いの証はどういう時に刻むか……までは、さすがに知らないか」
「えぇと、ベッドの上ですることが多いってルベリアには聞きました」
「うん。お互いの身体を繋げた状態で首に刻むことになるから」
「それって……」
 くすりと笑ったイーヴが、そっとシェイラをソファに押し倒す。そして一房掬い上げた髪に口づけた。
「きっとシェイラには痛い思いをさせてしまうだろう。それでも」
「それでも構わないわ。ずっとそれが、私の望みだもの」
 イーヴの言葉を引き取るように言うと、彼は小さく笑った。
「そうだな。こんなにも妖艶な格好をしてまで来てくれたんだもんな」
「ふふ、そうでした」
 あらためて自分の格好を見下ろして、シェイラは笑う。話をしているうちに冷めてしまった身体の熱は、イーヴに見つめられるだけで容易に再燃する。
「今度こそ、私を抱いてくれる? イーヴ」
 ここぞという時の上目遣いで見上げると、優しく笑ったイーヴがうなずいて、柔らかな口づけが降ってきた。
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