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欲しいもの

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 目を覚ましたら、昼だった。窓の外の太陽は随分高い位置にあり、明るい日差しが窓辺を照らしている。
 起き上がろうとしたら、全身が怠くてたまらない。昨晩は、休む間も与えてもらえないほどに快楽に溺れさせられたはずだ。
 熱にうかされて、抱いてほしいと何度もねだったことは覚えている。そして、それに応えてもらえなかったことも。
 やはりイーヴは、心からシェイラを愛してはいないのだろうか。ベルナデットに言われた言葉は、今もシェイラの心に突き刺さったままだ。
 いつかシェイラが寿命を迎えたら、きっとイーヴは別の誰かと結ばれるのだろう。自分の寿命が尽きるまでの間だけでいいからイーヴにはこちらを見ていてほしいと願い、それは確かに叶ったはずなのに、自分が死んだあとですらもイーヴの心を縛りつけておきたいと思ってしまう。イーヴに関しては、どこまでも欲深くなってしまうなとシェイラはため息をついた。
  
 不自然なほどに熱かった身体は、今はもう何ともない。それが解毒剤のおかげなのか、イーヴに与えられた快楽で発散したおかげなのかは分からないけれど。
 広いベッドの上にはシェイラ一人で、イーヴの姿は部屋の中にもない。そのことに少し寂しくなりながらよろよろとベッドから立ち上がると、シェイラは自分がきちんと寝衣を着ていることに気づく。いつ眠りに落ちたかは定かではないけれど、きっとイーヴが着せてくれたのだろう。
 テーブルの上には冷めても食べやすい軽食が用意されていて、イーヴの字で食事をとったらまたベッドで身体を休めるよう書かれたメモが置かれていた。
 少し右肩上がりのその文字を指先でなぞって、シェイラはメモを抱きしめる。イーヴの本心や未来のことは分からないけれど、彼はこんなにもシェイラのことを大切にしてくれている。これ以上を望むのは、きっと贅沢すぎる。

 食事を終えたシェイラは、ソファに深く沈み込んだ。よく寝たせいか眠気は訪れそうにないので、読書でもしてゆっくり過ごすことにする。
 一度様子を見にきてくれたエルフェによると、昨日の件でイーヴは色々と対応に追われているらしい。ラグノリアから迎えた花嫁を攫った上に娼館に売り飛ばそうとするなど前代未聞で、ベルナデットは重い罰を受けることになるそうだ。それがどんなものなのかは教えてもらえなかったけれど、二度とシェイラには会わせないとエルフェが力強く約束してくれた。
 ぱらぱらと見るともなしに本のページを捲っていると、軽い音でドアが叩かれた。応答すると、心配そうな表情をしたルベリアがひょこりと顔をのぞかせた。
「シェイラ? 良かった、元気そうね」
「ルベリア!」
 駆け寄ってきたルベリアは、ぎゅうっとシェイラを抱き寄せた。その腕は、小さく震えている。
「本当にごめんなさい、シェイラ。あたしが目を離したりしなければ……ううん、ベルナデットに会った時点で帰っていたら良かったわ」
「大丈夫、ルベリアのせいじゃないわ。それに、買い物に連れて行ってくれたのはすごく楽しかったもの」
 答えながら、シェイラは購入したバングルをイーヴに渡しそびれていることに気づいた。自分の左手につけられた青いバングルを見つめながら、シェイラは小さくため息をつく。自分の瞳の色を使ったバングルだなんて、想いを押しつけるような気がしてイーヴにこれを渡すことすら躊躇ってしまう。
「やっぱりまだ体調が悪い? ベッドで休みましょうか」
 シェイラのため息に気づいたのか、ルベリアが心配そうに首をかしげる。それに平気だと笑ってみせながら、シェイラはルベリアの腕を掴んだ。
「あのね、ルベリアに聞きたいことがあって」
「何かしら。あたしに分かることなら、何でも聞いてちょうだい」
「番いの証って、ルベリアも知ってる?」
「えぇ、もちろんよ。生涯を共にする相手の首に刻む、最上級の誓いね。それがどうかした?」
 ルベリアの説明を聞いてシェイラはうつむく。しばらく言葉を探すように言い淀んだあと、思い切って顔を上げて首を示す。
「私ね、イーヴからもらってないの。それってやっぱり、生涯を共にする気はないってことでしょう」
「シェイラ、それは」
「ううん、分かってるの。イーヴと私は寿命の長さが全然違うもの。間違いなく、私の方が先に年老いて死ぬから、共に過ごすことはできないものね」
 あらためて口にすると、イーヴとの違いを認識して胸が痛む。一度唇を噛んで、それでもシェイラは笑顔を浮かべた。
「私が死んだらきっとイーヴは、他の人と結ばれるでしょう。好きな人の――イーヴの幸せを願わなきゃいけないって思ってはいるんだけど、やっぱりちょっと寂しくて」
「シェイラ、違うわ」
 首を振ったルベリアが、まっすぐにシェイラの顔をのぞき込む。その表情は、怖いほどに真剣だ。
「あのね、もしもシェイラが番いの証をもらったら、あなたは人としての寿命を捨てることになるの」
「人としての……?」
「そう。竜族同士の場合はお互いの血を交換するんだけど、シェイラの場合はイーヴから竜族の血をもらうことになるわ。そうしたらあなたは、あたしたち竜族と同じ長さを生きることになる。それがどういうことだか分かる?」
 ルベリアの問いに、シェイラは首をかしげて考え込んだ。何か身体に不都合が出たりするのだろうか。
 しばらく黙りこくっても答えの出なかったシェイラを見て、ルベリアは微かに眉を下げて笑う。
「この先、八百年ほどを生きることになるのよ。それは、シェイラにとって途方もなく長い時間でしょう。ラグノリアのあなたの家族だって皆、先に死んでしまう」
「そんなの……、平気だわ。ずっとイーヴと一緒にいられるなら、人としての寿命なんて、いつでも捨てられる」
 シェイラはゆっくりと首を振った。成人を迎えたあの日、シェイラは全てをラグノリアに置いてきた。妹のマリエルのことだけは少し気がかりだけど、彼女はきっと幸せに暮らすだろう。
「イーヴは、怖いのよ。シェイラが本当に自分を受け入れてくれるのか、まだ迷ってる」
「私には、イーヴしかいないのに」
「ふふ、そうね。鱗で作ったバングルまで渡しておいて何を怖気づいているのか分からないけど、それだけシェイラのことが大切でたまらないのよ。それだけは信じてあげて」
 優しく笑ったルベリアに笑顔を返して、シェイラはイーヴのくれたバングルにそっと触れる。青く光るその色を見ると、シェイラはイーヴに会いたくてたまらなくなる。早く抱きしめてもらって、あのぬくもりに包まれたい。シェイラがどこよりも安心できる場所は、イーヴの腕の中なのだから。
「私がお願いしたら、イーヴは番いの証をくれると思う?」
「きっとね」
 大きくうなずいたルベリアは、実はとつぶやいて声をひそめた。
「あたしはまだ経験がないから詳細は知らないんだけど、番いの証を刻む時って大体ベッドの上なんですって。お互いの首を噛みあう必要があるから、あまり人前でするものじゃないものね」
「そう、ね。確かにそうかも」
「番いの証を刻んだ相手との行為は、凄まじい快楽なんですって。もう二度と他の相手とはできないってくらい、気持ちいいらしいわよ」
「……っそれなら、イーヴも最後までしてくれるかな」
「どうせなら、番いの証と最後の一線を越えるのと、両方叶えちゃいましょ。イーヴってばあんないかつい顔しておきながら案外慎重だから、シェイラから動いていかないと変わらないかもしれないもの。またベルナデットみたいに妙なこと考える輩が出てくる前に、シェイラをしっかりとイーヴのものにしておかなきゃ」
 力強いルベリアの言葉に、シェイラはうなずいた。
「そうと決まれば、さっそく決戦は今夜よ。イーヴは今、長のところに行っているでしょう。多分帰宅は夕食後になると思うから、それまでに作戦を練って準備をしなくちゃ。あまり時間がないわね、急ぐわよ」
 立ち上がったルベリアはエルフェを呼びつけるとシェイラの入浴と髪や肌の手入れを命じ、自分はすぐ戻るからと言い置いて竜の姿になるとあっという間に飛び去ってしまった。
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