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お出かけ

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 相変わらず一線を越えることはできないものの、イーヴは毎日シェイラを甘やかしてくれる。
 それはベッドの上だけでなく、普段の生活でもそうで、彼の気分によっては膝の上に座らされて食事をとることすらある。こんなにも甘く接する人だったのかという驚きと、エルフェたちの前でそんな姿を見せることに対する照れはあるものの、皆があたたかく見守ってくれるから、いつの間にかシェイラもその甘い日々に慣れつつある。

「今日は、ルベリアと出かけるんだったか」
 食事を終えて、イーヴがシェイラの髪を撫でながら尋ねる。食後のお茶はソファに座って、彼の膝の上で飲むことが最近の日課だ。
「うん、久しぶりに会うから楽しみ。夕食までには戻ります」
「あまり人の少ないところには行くなよ。裏通りなんかは、治安があまり良くないからな。ルベリアから離れないように」
「はぁい」
 過保護なイーヴの言葉に笑ってうなずき、シェイラはカップを口に運ぶ。ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーは、初めて飲んだ時からずっとお気に入りだ。イーヴのようにブラックで飲むことはまだできないけれど。
 ルベリアに会うのは、ソフィとのことを聞いた日以来になる。イーヴとの関係がこんなにも変わったことを知ったら、彼女はどんな反応をするだろうか。少し照れくさい気持ちが湧き上がって、シェイラは小さく笑った。

「シェイラ、久しぶり! 会いたかったわぁ」
「私も会いたかった!」
 会うなりぎゅうっと抱きしめられて、シェイラはくすくすと笑いながら背中に手を回して抱きしめ返す。それを見たイーヴは、少し不満気な様子で咳払いをした。
「ルベリア、シェイラが潰れたら困る。友人として適切な距離感を保て」
「あら珍しい、イーヴがそんなことを言うなんて。……って、あぁ、そういうこと」
 シェイラを抱きしめる腕を緩めたルベリアは、一瞬怪訝な表情を浮かべたものの、シェイラの腕に光るバングルを見て納得したようにうなずいた。
「あらぁ、いつの間に? やだもう、教えてよ!」
「個人的なことだし、わざわざ伝える義理もないだろう」
 微かに顔を赤くして視線を逸らすイーヴを見て、ルベリアはシェイラの腕をがっしりと掴んだ。
「おめでとう、シェイラ。名実ともにイーヴの花嫁になれたのね。詳しい話、じっくりと聞かせてもらうわよ」
「余計なことは言わなくていいからな、シェイラ」
 うしろから追いかけてくるイーヴの声に笑いながら、シェイラはうなずいた。

 結局街へ出かける道すがら、シェイラはイーヴとのあれこれを洗いざらい話すことになっていた。
 性的な触れ合いはあるものの最後の一線を越えられない悩みを伝えると、ルベリアはイーヴと同じように困った顔になってしまった。
「それに関しては、あたしもイーヴの意見に賛成ね」
「どうして?」
「こればっかりは種族差とでもいうのかしら、体格が違いすぎるもの。イーヴは決して一線を越えるのが嫌なわけではないことは分かってあげて。シェイラを傷つけたくなくて必死に我慢してるんだから、想像したら涙が出そうよ」
「我慢なんてしなくていいのにな」
「それも愛ゆえよ。自分の欲望よりもシェイラの身体のことを優先するなんて、イーヴも案外いい男なのねぇ」
 穏やかに笑ったルベリアは、シェイラの顔をのぞき込んだ。
「だからシェイラは、イーヴに任せていたらそれでいいのよ。どうしても初めては痛みが伴うのに、それを極力なくしてやろうだなんて、愛がないとしないわよ」
 それにと言って、ルベリアはシェイラの腕をとる。そこに輝く青いバングルを指さして彼女は笑みを深めた。
「このバングル、イーヴの鱗から作ったものでしょう」
「うん、少し前にイーヴがくれたの。綺麗でしょ」
「前にも言ったけど、竜族にとって鱗というのはとても大切なものなの。その鱗を他の誰かに捧げるということは、自分の心を捧げるのと同じ。竜族にとっては、求愛行為なのよ」
「求愛……」
 バングルを見つめながら、シェイラは真っ赤になった頬を押さえた。いつだってシェイラは、イーヴにもらってばかりだ。甘い言葉も行動も、うっとりするほどの快楽も、そして愛情すらも。
「イーヴはとてもシェイラを大切にしてるのよ。だからこそ、無理はさせられないってことね」
「でもやっぱり、それなら私もイーヴに色々とあげたいもの。イーヴにも気持ちよくなってもらいたいの」
 手で触るのも、口でするのも拒否されるのだと眉を下げてみせると、ルベリアは何故か真っ赤になってしまったけれど。

「と、とにかく。何か物を贈るのはどうかしら。夜の事情はほら、個人的なことだからあたしは聞かなかったことにするわ」
「物を贈る……、それもいいかもしれない。イーヴにも、何か身に着けられるものを贈りたいな」
 出がけにレジスから、いくらかのお金を持たせてもらっている。そのお金の出どころは結局イーヴなのではと思わなくもないけれど、ほとんど身一つでドレージアに来たシェイラは、財産と呼べるものを持っていないのだ。
「じゃあ、どこかアクセサリーを売っている場所に行きましょうか。シェイラが選んだものだって知ったら、きっとイーヴも喜ぶわね」
 笑顔で手を差し出されて、シェイラはうなずいた。美しい金の瞳を持つイーヴには、きっと金のアクセサリーがよく似合うだろう。
 
 歩き始めてしばらくしたところで、ルベリアが突然足を止めた。怪訝に思って見上げると、彼女の横顔は少し強張っている。
「ルベリア?」
「嫌なやつがいるわね。場所を変えたいけど……、逃げきれないか。シェイラ、あの女には何を言われても口をきいてはだめよ」
「え?」
 眉を顰めるルベリアの視線の先には、真っ赤な髪をした派手ないでたちの女性が見えた。ルベリアと同じように妖艶な雰囲気だけど、釣りあがった眉は更に気が強そうだ。
 見つめるこちらの視線に気づいたのか、その女性はゆっくりと近づいてくる。周囲を黒い服を着た護衛のような男たちに取り囲まれた彼女は、恐らくいい家の者なのだろう。
「ごきげんよう、こんなところで出会うなんて奇遇ね、ルベリア」
「相変わらず派手ね、ベルナデット。目がちかちかするわ」
「ふふん、この服を着こなせるのは、わたくしくらいのものだから」
 ルベリアの嫌味を受け流して、ベルナデットは妖艶に笑う。少し身動きするだけで濃く甘い香りが漂ってきて、酔ってしまいそうだ。
「あら、そこの地味な子供はだぁれ? あなたも下働きをつけることにしたの?」
 目の覚めるように鮮やかなピンク色をした、ふわふわの羽のついた扇子をぱしりと閉じて、ベルナデットはシェイラを指す。地味だとか下働きだとか、明らかにシェイラを下に見ている発言に、ルベリアが怒りを堪えるように拳を握りしめるのが見えた。
「あたしの大切な友人に失礼なことを言わないで。彼女は――」
「それが、イーヴ様の花嫁?」
 ルベリアの言葉を遮るように、ベルナデットが尋ねる。聞いておきながらきっと確信しているのだろう、真っ黒な瞳はまっすぐにシェイラを見つめている。その視線に含まれた強い嫌悪感に、思わずシェイラは逃げるように一歩下がった。

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