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心配
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ずっと目を閉じていても眠ることができなくて、シェイラは震える吐息を漏らしながら目を開けた。涙でゆがんだ視界に、ぐっしょりと濡れたシーツが目に入る。干上がるほどに泣いた気がするのに、まだ涙は止まらない。涙と一緒にこのままシーツに溶けてしまえばいいと思いながらため息をついていると、部屋の外から大きな足音が聞こえてきた。荒々しいほどのその足音は、まっすぐこの部屋を目指しているようだ。
何事かと思わず身体を起こした時、部屋のドアが勢いよく開いた。
「シェイラ!」
同時に響いた声に、シェイラは思わず身体を硬くした。慌てて毛布の中に逃げ込もうとしても怠い身体は思うように動かなくて、走ってくるような勢いでベッドに近づいてきたイーヴに顔を見られてしまう。
「……っ」
ベッドのそばに膝をついたイーヴとは、ちょうど顔が同じ高さにくる。泣きすぎて顔はぐちゃぐちゃなのにとうつむこうとしたら、あたたかな手が頬に触れてそれを優しく制止した。見上げたイーヴの金の瞳の中に、真っ赤に目を腫らした自分が映っていた。思った通り、酷い顔をしている。こんな形で再び彼の瞳に映りたかったわけではないのに。
シェイラの顔を確認した瞬間、イーヴは辛そうに顔を歪めた。まるで体温を確かめるように頬を包み込み、指先が目尻に溜まった涙を拭う。こぼれた涙は、頬を伝ってイーヴの手に落ちていった。
「どうした、何があった」
「何も、ないです」
絞りだした声は、潰れて掠れている。平気だと笑ってみせたいのに、あとからあとからこぼれ落ちる涙が止まらない。
「何もないわけないだろう、そんな顔をして。どこか痛いのか」
「平気、です」
身体はどこも痛くなんてない。痛いのは、胸の奥だ。だけどこれは、医師に診せたところで治るものではない。
まっすぐに見つめる金の瞳から逃げるように、シェイラは視線を下げた。
「俺には言えないことなのか。それなら他の……エルフェやルベリアになら話せるか?」
「本当に、何もないんです。ただ、ちょっと疲れちゃっただけ」
シェイラは、頬に触れるイーヴの手からそっと離れた。これ以上彼のぬくもりを感じていたら、いらぬ言葉を口走りそうだ。なのに、イーヴの手は追いかけるように差し伸べられる。
「心配なんだ。シェイラには、いつも笑っていてほしいのに。その悩みは俺にも――夫にも話せないことか」
イーヴの口が紡いだ夫という言葉に、シェイラは思わず身体を震わせてしまう。どうせ形だけの夫婦のくせにと捻くれたことを思うものの、見つめる瞳から逃げることができない。
「夫、なんて。……イーヴはそんなこと、思ってもいないでしょう。私は形だけの花嫁だと、イーヴはいつも言っていたじゃない」
しゃくりあげつつ不安定に揺れた声で告げた言葉に、イーヴが目を見開いた。衝撃を受けたようなその表情に、シェイラは思わず苛立ってしまう。いつも彼が言っていたことなのに。
「シェイラ、それは」
「分かってます。イーヴには忘れられない人がいるんでしょう。それなのに今まで優しくしてくれて、ありがとう。それからごめんなさい。もう、一緒に寝たいなんて、本当の夫婦になりたいなんて、言わないから」
「違う、シェイラ」
首を振ったイーヴが、シェイラの手を掴む。思わず身体をよじって逃げようとするけれど、そのまま腕の中に抱きしめられた。
何事かと思わず身体を起こした時、部屋のドアが勢いよく開いた。
「シェイラ!」
同時に響いた声に、シェイラは思わず身体を硬くした。慌てて毛布の中に逃げ込もうとしても怠い身体は思うように動かなくて、走ってくるような勢いでベッドに近づいてきたイーヴに顔を見られてしまう。
「……っ」
ベッドのそばに膝をついたイーヴとは、ちょうど顔が同じ高さにくる。泣きすぎて顔はぐちゃぐちゃなのにとうつむこうとしたら、あたたかな手が頬に触れてそれを優しく制止した。見上げたイーヴの金の瞳の中に、真っ赤に目を腫らした自分が映っていた。思った通り、酷い顔をしている。こんな形で再び彼の瞳に映りたかったわけではないのに。
シェイラの顔を確認した瞬間、イーヴは辛そうに顔を歪めた。まるで体温を確かめるように頬を包み込み、指先が目尻に溜まった涙を拭う。こぼれた涙は、頬を伝ってイーヴの手に落ちていった。
「どうした、何があった」
「何も、ないです」
絞りだした声は、潰れて掠れている。平気だと笑ってみせたいのに、あとからあとからこぼれ落ちる涙が止まらない。
「何もないわけないだろう、そんな顔をして。どこか痛いのか」
「平気、です」
身体はどこも痛くなんてない。痛いのは、胸の奥だ。だけどこれは、医師に診せたところで治るものではない。
まっすぐに見つめる金の瞳から逃げるように、シェイラは視線を下げた。
「俺には言えないことなのか。それなら他の……エルフェやルベリアになら話せるか?」
「本当に、何もないんです。ただ、ちょっと疲れちゃっただけ」
シェイラは、頬に触れるイーヴの手からそっと離れた。これ以上彼のぬくもりを感じていたら、いらぬ言葉を口走りそうだ。なのに、イーヴの手は追いかけるように差し伸べられる。
「心配なんだ。シェイラには、いつも笑っていてほしいのに。その悩みは俺にも――夫にも話せないことか」
イーヴの口が紡いだ夫という言葉に、シェイラは思わず身体を震わせてしまう。どうせ形だけの夫婦のくせにと捻くれたことを思うものの、見つめる瞳から逃げることができない。
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「シェイラ、それは」
「分かってます。イーヴには忘れられない人がいるんでしょう。それなのに今まで優しくしてくれて、ありがとう。それからごめんなさい。もう、一緒に寝たいなんて、本当の夫婦になりたいなんて、言わないから」
「違う、シェイラ」
首を振ったイーヴが、シェイラの手を掴む。思わず身体をよじって逃げようとするけれど、そのまま腕の中に抱きしめられた。
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