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 朝の光がカーテンの隙間から射し込んでくるのを見て、シェイラはまぶしさに目を細めながら身体を起こした。
 一人のベッドは冷たくて寂しくて、シェイラは一睡もすることができなかった。時折眠気が襲ってきても、いつも隣にあったイーヴのぬくもりを探して無意識に手が動いてしまい、目が覚める。
 目を開けるたびに隣に彼がいないことを自覚して、涙があふれる。泣き続けたせいで目は腫れているし、きっと酷い顔をしている。
 テーブルの上にあるトレイに目をやって、シェイラはため息をついた。イーヴの持ってきてくれたスープは、すっかり冷え切ってしまっている。
 心配して持ってきてくれたイーヴにも、作ってくれたアルバンにも、申し訳ないことをしてしまった。
 片付けようとトレイに手を伸ばしたところで、エルフェが起こしに来た。
「シェイラ様……、何かありましたか」
 顔を見た瞬間に、エルフェの表情が強張る。やはり酷い顔をしているのだろうと思いつつ、シェイラは無理に笑みを浮かべた。
「何だか眠れなくて。何度も擦ったからかな、目が腫れてしまったみたい」
「すぐに冷やしましょう。今日は仕立て屋が来る予定になっていましたが、中止した方がいいですね。予定は変更しておきますから、ゆっくり休んでください」
「うん、ありがとう」
「体調が悪いわけではないですか? イーヴ様に相談して、医師を呼びましょうか」
 エルフェの提案に、シェイラは慌てて首を振る。大ごとになってしまったら、イーヴにいらぬ心配をかけてしまう。
「平気、体調は悪くないの。少し眠れば良くなると思うから」
「そうですか。朝食はこちらにお持ちしますね。昨晩も食べてらっしゃらないでしょう」
 手のつけられていないトレイを見て、エルフェが困ったように眉を顰めた。心配をかけてしまっていることに申し訳ない気持ちはあるけれど、今も全く空腹は感じない。
「うん、食欲もあまりないから、欲しくなったら言うわ」
「何か食べやすいものを、アルバンに頼んでおきますね」
 気遣ってくれるエルフェに礼を言って、シェイラはまたベッドに戻った。頭はぼんやりとしているけれど、眠気は襲ってこない。シェイラは虚ろな表情で、ただ横になっていることしかできなかった。
 
 陽が高く昇ってもシェイラは動くことができず、ただひたすら窓の外を見つめていた。エルフェが一度食事を持ってきてくれたけれど、食欲がないからと下げてもらった。
 昨日から丸一日何も食べていないのに、空腹どころか喉の渇きすら感じない。なのに涙は止まらなくて、このまま干からびてしまうかもしれないと馬鹿げたことすら頭をよぎり、それも悪くないと思ってしまう。イーヴのことを恋しく思う気持ちがこれ以上育たないように、枯れてしまえばいい。
 
 ただ眠いだけだからという言い訳は当然ながらあっという間に通じなくなり、昼過ぎにはエルフェが深刻な表情で体調が悪いのではないかと聞いてきた。
 何でもない、平気だからと言ったところで、全く食事をとっていない状況とシェイラの表情を見ればそれが嘘であることは明らかだったのだろう。頑なに口を閉ざすシェイラを見て、エルフェは困ったようにため息をついて部屋を出て行った。
 心配させて申し訳ない気持ちになりながらも、シェイラはベッドから動くことができない。もはや笑顔を作ることすら難しくて、かろうじて堪えていた涙も一人になった途端にあふれ出す。
 涙を拭うために手を動かすことすら億劫で、流れた涙はシーツにどんどん染み込んでいく。
 本当は、今すぐにでもイーヴに会いたい。あの手に触れたい。抱きしめてもらいたい。
 形だけではなく、本当の夫婦になりたい。最初は痛いと言われる性行為だって、するならイーヴとがいい。好きな人とするべき行為だと彼は言ったけれど、シェイラがそうしたい相手なんて、イーヴしかいない。
 何も持っていなかったシェイラにたくさんのものをくれた、誰よりも大切な人。
 そんな想いを伝えたら、彼はどんな顔をするだろうか。
 優しいイーヴはきっと、ソフィのことを想っているなんてシェイラに気取らせたりしない。だけど、この想いは決して受け入れてはもらえないだろう。
 最初からシェイラは形だけの花嫁だと、彼はそう言っていたのだから。
 分かりきっていることなのに、胸が張り裂けそうに痛い。苦しくて辛くて、息もできないほどだ。
 大きくしゃくりあげて、シェイラは目を閉じて枕に顔を押しつけた。このまま眠ることができたなら、少しはこの叶わない恋に泣かずにすむのに。
 眠気は一向に訪れないけれど、苦しい現実から逃げるようにシェイラは目蓋の裏の暗闇を見つめ続けた。
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