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願いごと

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「あーあ、逃げちゃった。そんなに照れなくてもいいのにね」
 ため息をつきつつルベリアは、シェイラの顔をのぞき込む。
「照れてた……のかな、イーヴ」
「どう見ても照れてたわよ。いつもああやって頭を撫でてるんでしょ? うっかりあたしに見られて恥ずかしかったのね」
 くすくすと笑うルベリアにいつも頭を撫でられていることを指摘されて、シェイラは思わず頭に手をやってしまう。
「シェイラはあたしたちに比べると小さくて可愛いから、つい頭を撫でたくなる気持ちは分かるけど」 
「竜族の皆さんは、背が高いから」
「そうなのよ。シェイラみたいな小柄で華奢な体型にも憧れるけど、こればかりは種族の特徴だから仕方ないわね」
 ルベリアがまた可愛いとつぶやきながら、シェイラを抱き寄せる。豊満な胸に顔を埋めるような体勢になったせいか服の胸元がずり下がり、鱗が目の前にあらわれた。深い谷間のちょうど真上に、黒い鱗が数枚輝いている。黒曜石のようなそのきらめきに、シェイラは思わず見惚れた。
 身体を起こしつつ、シェイラは笑顔でルベリアを見上げた。
「ルベリアの鱗は、黒なのね」
「え? あぁそうね、あたしは黒竜の一族だから。というかシェイラ、あたしたちの鱗の存在を知ってるの?」
「イーヴにも見せてもらったから。イーヴの鱗も青くて綺麗だったけど、ルベリアの鱗も素敵」
「ありがとう。でも、驚きだわ。イーヴがシェイラに鱗を見せるなんて」
 ルベリアは、服の下の鱗にそっと触れながら笑みを浮かべる。
「あたしたちにとって、竜族の証であるこの鱗はとても大切なものなの。だけどシェイラたち人間にはないものでしょう、怖がらせたり気持ち悪がらせたら申し訳ないから、あまり見せないようにしているのよ」
 その言葉に、シェイラはイーヴやルベリアの服装を思い浮かべる。確かに皆、胸元を見せない服を着ていたはずだ。イーヴはいつだってシャツのボタンをしっかり留めていたし、ルベリアだって露出の多い服装の割に胸元はいつも覆われていた。
 きっとシェイラを怖がらせないように、皆が気を遣ってくれていたのだろう。竜の姿を見せないようにしていたことといい、彼らの優しさで守られてばかりだ。
 だからシェイラは、笑顔で首を振った。
「私は、怖くないし気持ち悪くもないわ。だってすごく綺麗だもの」
「シェイラがそう言ってくれて嬉しいわ。この鱗はね、心を許した相手にしか見せないし、触らせないのよ」
「そうなの? じゃあ、イーヴは私に心を許してくれてるのかな」
 少し嬉しくなりつつ、シェイラはイーヴの鱗に触らせてもらったことを話す。ルベリアは小さく息をのんだあと、それはそれは嬉しそうに笑った。
「そりゃもう、めちゃくちゃ心を許してるに違いないわ。鱗を触らせて、背に乗せて空を飛ぶなんて、今までのイーヴなら考えられないことだもの。本当に、シェイラが来てくれて良かったわ」
 ありがとうと両手を握られて、そこまで感謝されることだろうかと思いつつも、シェイラはうなずく。
「でも私、イーヴの花嫁って言われてるけど、花嫁らしいことは何もしてないの」
「花嫁らしいこと?」
「ほら、私たちは夫婦だし一緒のベッドで寝たいのに、イーヴはそれはだめだって言うの。夜の営みだって、全然させてくれないし」
 不満な気持ちを込めてため息をつくと、ルベリアが飲んでいたお茶に盛大に咽せた。
「ちょ……、シェイラ、夜の営み……って」
「夫婦なら、あって当然でしょ? 私は、花嫁としての役目を果たしたいのに、イーヴは必要ないっていつも言うの。もしかして、何かやり方が違うのかな」
 どう? とルベリアを見上げると、彼女は赤くなった頬を押さえつつ横を向いてしまった。
「あんた、そんな幼い顔してすごいこと言うわね……。こっちが照れてしまうわ」
「竜族からしたら子供に見えるかもしれないけど、私だってもう成人してるもの。ねぇ、竜族の性行為ってどんな感じ? 人間とは違う?」
「や、あの、それは……、えぇと、違わない、けど。多分」
「じゃあやり方の問題ではないのね。やっぱりイーヴ、私には欲情しないってことなのかなぁ。ルベリアみたいに色気があればよかったんだけど」
 うーむと唸るシェイラを見て、ルベリアは躊躇いがちに手を握った。
「あのね、シェイラ。イーヴの事情は置いておいて、性行為っていうのは軽い気持ちでするものではないと思うの。シェイラがイーヴの花嫁としてドレージアに来てくれたのはあたしも嬉しく思ってるけど、それとこれとは話が別よ。やっぱりシェイラには、好きな人として欲しいと思うもの」
「イーヴもそう言うけど……、私はイーヴのこと好きだと思ってるけど、それじゃだめなのかな」
「シェイラの言う『好き』は、どういう意味か……によるわね」
 ルベリアの言葉に、シェイラは首をかしげて考え込んだ。そして言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
「えっとね、ルベリアのことも、エルフェやレジスさんもアルバンさんのことも、好きなの。だけどね、イーヴはもっと好き。イーヴに頭を撫でてもらうとすごく心がぽかぽかして嬉しくなるの。もっと撫でてほしくなるの」
「あたしがこうするのとは、違う?」
 優しく笑ったルベリアが、シェイラの頭をそっと撫でた。柔らかなその手のぬくもりは嬉しいけれど、イーヴにそうされた時のように胸の高まりはない。
「うん。ルベリアに撫でてもらうのも好きだけど、やっぱり違うの」
「そうなのね。じゃあシェイラは、名ばかりの花嫁ではなくて、イーヴと愛しあう本当の夫婦になりたいと思っている……ということでいいのかしら」
「愛し、あう……」
 復唱したシェイラは、じわじわと熱を持った頬を押さえる。イーヴに抱くこのふわふわとした気持ちに名前がついたような気がして、何だかものすごく照れくさい。
 かつて何度も読んだ恋愛小説のラストは、いつだって愛しあう二人が結婚をして幸せに暮らすシーンだった。そんな未来を、シェイラもイーヴといつか迎えられるだろうか。
 未来に思いを馳せて、シェイラはあらためて自分の気持ちの変化に気づく。
 ドレージアに来てから、自分のやりたいことを望めるようになった。欲しいものを欲しいと言うことも、できるようになった。それはシェイラにとって、大きな変化だ。
 だってシェイラの人生は、成人を迎えたその日に終わる予定だったから。未来を夢見ることなんて、ラグノリアでは考えたことすらなかった。
「……うん。形だけじゃなくて、ちゃんとイーヴと愛しあう夫婦になりたいの」
 言葉にすると、より気持ちが固まる。愛しあう二人が結ばれる結婚という形に、シェイラはきっとすごく憧れている。
 うなずいたシェイラを見て、ルベリアはまっすぐにシェイラの顔をのぞき込んだ。
「分かったわ。じゃあ、あたしはシェイラを応援するわ」
 頑張りましょうと両手を握られて、シェイラは大きくうなずいた。
 







 
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