6 / 62
花嫁と呼ばれて
しおりを挟む
着替えを終えたシェイラは、再びソファに腰を下ろす。
スカートの上に幾重にも薄い布を重ねたドレスは、軽くてシェイラの動きに合わせてふわふわと広がって揺れる。
腰のベルトや手首の飾りは全て金色の繊細な鎖で、これも動くたびにしゃらりと涼やかな音をたてた。
上半身にもスカートと同じ薄布がリボンのようにあしらわれていて可愛らしく、まるでお姫様のようだなとシェイラは思う。
「明日、仕立て屋を呼びましょう」
テーブルの上にいい香りのするお茶を置きながら、エルフェが言う。どういうことかと首をかしげると、エルフェは眉を寄せて小さくため息をついた。
「シェイラ様は、その……随分と華奢でいらっしゃるから」
言葉を濁すエルフェを見て、シェイラはうつむいた。
「ごめんなさい……私、貧相だから」
着替えを手伝ってくれたエルフェが、服が大きすぎると何度か困ったようにつぶやいていたのを覚えている。イーヴをはじめとして、レジスもエルフェも皆、背が高くて身体つきもしっかりとしている。シェイラは背も低いし、痩せていてみすぼらしいのだろう。
なんだか申し訳なくなり、うつむいてスカートを握りしめたシェイラを見て、エルフェは慌てたように首を振った。
「いえ、そんなことは……! こちらでご用意した服が少々大きかっただけですわ。すぐに、サイズを合わせたものを作らせますので」
「そんなもったいないことは、必要ないです。だって、大きめの服だと長く着れるでしょう?」
「え……?」
その言葉に、エルフェは戸惑ったように瞬きを繰り返した。分かりにくかっただろうかと、シェイラは更に説明しようと身を乗り出す。
「成長を見越してあらかじめ大きめの服を着ておくんです。最初は長い丈のワンピースとして着て、最後は上衣として着れば数年は着られます。だから、小さくて短期間しか着られない服よりも、大きめの服の方が経済的でいいんです」
「……今までずっと、そうして同じ服を長期間着ていたんですか?」
少し低くなったエルフェの声に小さく首をかしげつつ、シェイラはうなずく。
「外に出ない私には、着飾るための服は必要ありませんでしたから」
「外に、出ない?」
ますます声が低くなるエルフェに、シェイラはラグノリアでの生活を簡単に説明する。きっと竜族とは生活環境も違うだろうから、お互い知らないことも多いだろう。
そう思って話した内容は、エルフェにとっては衝撃的だったらしい。先程までにこにこと微笑んでいたのに、その表情は暗く沈んでどこか怒っているように見える。
「生贄だなんて決めつけて部屋に閉じ込め、必要最低限以下の生活をさせるなんて……。ラグノリアは花嫁様になんて仕打ちを」
酷すぎると震える声で吐き捨てるように言われて、シェイラは慌てて首を振る。自分のせいでラグノリアが悪く思われたら大変だ。
もしも竜族が保護魔法をかけるのをやめてしまえば、ラグノリアはたちまち周囲の森が発する瘴気に飲み込まれてしまうだろう。
「あの、私は妹と違って聖女の力を持って生まれてこなかったんです。成人したら生贄となることが決まっていた身ですから、それまで外に出ないよう言いつけられていただけで、酷いことをされたとは思っていません」
「でも……」
納得できないといった表情を浮かべるエルフェの腕を、シェイラは縋りつくように掴んだ。
「ラグノリアは、私の故郷です。妹が、今も聖女としてあの国を守っています。こんな私がお役に立てるかどうかは分かりませんが、どうかこの先もラグノリアをお守りください」
必死の表情で訴えると、エルフェは困ったような笑みを浮かべながらうなずいた。
「竜族がラグノリアを守るのは、これから先も変わらないでしょう。ですが、花嫁様の処遇に関してはイーヴ様にも一度報告しておいた方が良いですね。シェイラ様は生贄ではなく、花嫁としてここに迎えられたのですから」
「花嫁……」
あらためて、噛みしめるようにシェイラはつぶやく。
生贄として喰われる覚悟でいたのに、成人を迎えたら死ぬのだと思っていた人生が、本当にこれからも続いていくのだろうか。
竜族の国へ連れてこられ、手厚い歓迎を受けている現状を、シェイラはまだ信じられずにいた。
スカートの上に幾重にも薄い布を重ねたドレスは、軽くてシェイラの動きに合わせてふわふわと広がって揺れる。
腰のベルトや手首の飾りは全て金色の繊細な鎖で、これも動くたびにしゃらりと涼やかな音をたてた。
上半身にもスカートと同じ薄布がリボンのようにあしらわれていて可愛らしく、まるでお姫様のようだなとシェイラは思う。
「明日、仕立て屋を呼びましょう」
テーブルの上にいい香りのするお茶を置きながら、エルフェが言う。どういうことかと首をかしげると、エルフェは眉を寄せて小さくため息をついた。
「シェイラ様は、その……随分と華奢でいらっしゃるから」
言葉を濁すエルフェを見て、シェイラはうつむいた。
「ごめんなさい……私、貧相だから」
着替えを手伝ってくれたエルフェが、服が大きすぎると何度か困ったようにつぶやいていたのを覚えている。イーヴをはじめとして、レジスもエルフェも皆、背が高くて身体つきもしっかりとしている。シェイラは背も低いし、痩せていてみすぼらしいのだろう。
なんだか申し訳なくなり、うつむいてスカートを握りしめたシェイラを見て、エルフェは慌てたように首を振った。
「いえ、そんなことは……! こちらでご用意した服が少々大きかっただけですわ。すぐに、サイズを合わせたものを作らせますので」
「そんなもったいないことは、必要ないです。だって、大きめの服だと長く着れるでしょう?」
「え……?」
その言葉に、エルフェは戸惑ったように瞬きを繰り返した。分かりにくかっただろうかと、シェイラは更に説明しようと身を乗り出す。
「成長を見越してあらかじめ大きめの服を着ておくんです。最初は長い丈のワンピースとして着て、最後は上衣として着れば数年は着られます。だから、小さくて短期間しか着られない服よりも、大きめの服の方が経済的でいいんです」
「……今までずっと、そうして同じ服を長期間着ていたんですか?」
少し低くなったエルフェの声に小さく首をかしげつつ、シェイラはうなずく。
「外に出ない私には、着飾るための服は必要ありませんでしたから」
「外に、出ない?」
ますます声が低くなるエルフェに、シェイラはラグノリアでの生活を簡単に説明する。きっと竜族とは生活環境も違うだろうから、お互い知らないことも多いだろう。
そう思って話した内容は、エルフェにとっては衝撃的だったらしい。先程までにこにこと微笑んでいたのに、その表情は暗く沈んでどこか怒っているように見える。
「生贄だなんて決めつけて部屋に閉じ込め、必要最低限以下の生活をさせるなんて……。ラグノリアは花嫁様になんて仕打ちを」
酷すぎると震える声で吐き捨てるように言われて、シェイラは慌てて首を振る。自分のせいでラグノリアが悪く思われたら大変だ。
もしも竜族が保護魔法をかけるのをやめてしまえば、ラグノリアはたちまち周囲の森が発する瘴気に飲み込まれてしまうだろう。
「あの、私は妹と違って聖女の力を持って生まれてこなかったんです。成人したら生贄となることが決まっていた身ですから、それまで外に出ないよう言いつけられていただけで、酷いことをされたとは思っていません」
「でも……」
納得できないといった表情を浮かべるエルフェの腕を、シェイラは縋りつくように掴んだ。
「ラグノリアは、私の故郷です。妹が、今も聖女としてあの国を守っています。こんな私がお役に立てるかどうかは分かりませんが、どうかこの先もラグノリアをお守りください」
必死の表情で訴えると、エルフェは困ったような笑みを浮かべながらうなずいた。
「竜族がラグノリアを守るのは、これから先も変わらないでしょう。ですが、花嫁様の処遇に関してはイーヴ様にも一度報告しておいた方が良いですね。シェイラ様は生贄ではなく、花嫁としてここに迎えられたのですから」
「花嫁……」
あらためて、噛みしめるようにシェイラはつぶやく。
生贄として喰われる覚悟でいたのに、成人を迎えたら死ぬのだと思っていた人生が、本当にこれからも続いていくのだろうか。
竜族の国へ連れてこられ、手厚い歓迎を受けている現状を、シェイラはまだ信じられずにいた。
23
お気に入りに追加
621
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる