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花嫁と呼ばれて

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 着替えを終えたシェイラは、再びソファに腰を下ろす。
 スカートの上に幾重にも薄い布を重ねたドレスは、軽くてシェイラの動きに合わせてふわふわと広がって揺れる。
 腰のベルトや手首の飾りは全て金色の繊細な鎖で、これも動くたびにしゃらりと涼やかな音をたてた。
 上半身にもスカートと同じ薄布がリボンのようにあしらわれていて可愛らしく、まるでお姫様のようだなとシェイラは思う。
「明日、仕立て屋を呼びましょう」
 テーブルの上にいい香りのするお茶を置きながら、エルフェが言う。どういうことかと首をかしげると、エルフェは眉を寄せて小さくため息をついた。
「シェイラ様は、その……随分と華奢でいらっしゃるから」
 言葉を濁すエルフェを見て、シェイラはうつむいた。
「ごめんなさい……私、貧相だから」
 着替えを手伝ってくれたエルフェが、服が大きすぎると何度か困ったようにつぶやいていたのを覚えている。イーヴをはじめとして、レジスもエルフェも皆、背が高くて身体つきもしっかりとしている。シェイラは背も低いし、痩せていてみすぼらしいのだろう。
 なんだか申し訳なくなり、うつむいてスカートを握りしめたシェイラを見て、エルフェは慌てたように首を振った。
「いえ、そんなことは……! こちらでご用意した服が少々大きかっただけですわ。すぐに、サイズを合わせたものを作らせますので」
「そんなもったいないことは、必要ないです。だって、大きめの服だと長く着れるでしょう?」
「え……?」
 その言葉に、エルフェは戸惑ったように瞬きを繰り返した。分かりにくかっただろうかと、シェイラは更に説明しようと身を乗り出す。
「成長を見越してあらかじめ大きめの服を着ておくんです。最初は長い丈のワンピースとして着て、最後は上衣として着れば数年は着られます。だから、小さくて短期間しか着られない服よりも、大きめの服の方が経済的でいいんです」
「……今までずっと、そうして同じ服を長期間着ていたんですか?」
 少し低くなったエルフェの声に小さく首をかしげつつ、シェイラはうなずく。
「外に出ない私には、着飾るための服は必要ありませんでしたから」
「外に、出ない?」
 ますます声が低くなるエルフェに、シェイラはラグノリアでの生活を簡単に説明する。きっと竜族とは生活環境も違うだろうから、お互い知らないことも多いだろう。
 そう思って話した内容は、エルフェにとっては衝撃的だったらしい。先程までにこにこと微笑んでいたのに、その表情は暗く沈んでどこか怒っているように見える。
「生贄だなんて決めつけて部屋に閉じ込め、必要最低限以下の生活をさせるなんて……。ラグノリアは花嫁様になんて仕打ちを」
 酷すぎると震える声で吐き捨てるように言われて、シェイラは慌てて首を振る。自分のせいでラグノリアが悪く思われたら大変だ。
 もしも竜族が保護魔法をかけるのをやめてしまえば、ラグノリアはたちまち周囲の森が発する瘴気に飲み込まれてしまうだろう。
「あの、私は妹と違って聖女の力を持って生まれてこなかったんです。成人したら生贄となることが決まっていた身ですから、それまで外に出ないよう言いつけられていただけで、酷いことをされたとは思っていません」
「でも……」
 納得できないといった表情を浮かべるエルフェの腕を、シェイラは縋りつくように掴んだ。
「ラグノリアは、私の故郷です。妹が、今も聖女としてあの国を守っています。こんな私がお役に立てるかどうかは分かりませんが、どうかこの先もラグノリアをお守りください」
 必死の表情で訴えると、エルフェは困ったような笑みを浮かべながらうなずいた。
「竜族がラグノリアを守るのは、これから先も変わらないでしょう。ですが、花嫁様の処遇に関してはイーヴ様にも一度報告しておいた方が良いですね。シェイラ様は生贄ではなく、花嫁としてここに迎えられたのですから」
「花嫁……」
 あらためて、噛みしめるようにシェイラはつぶやく。
 生贄として喰われる覚悟でいたのに、成人を迎えたら死ぬのだと思っていた人生が、本当にこれからも続いていくのだろうか。
 竜族の国へ連れてこられ、手厚い歓迎を受けている現状を、シェイラはまだ信じられずにいた。
 
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