【R18】純白の巫女姫は、憎しみの中で優しいぬくもりに囚われる

夕月

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想いを伝える方法 1

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 少し疲れた顔をしていたファテナに夕食まで休むように告げて、ザフィルは彼女の部屋をあとにした。
 本当はもう一度くらい抱きたかったが、長としての仕事も残っている。
 今夜はなるべく早く彼女のもとへ向かおうと決めて、ザフィルは弾む足取りで自室へと向かった。

「あぁ、やっと戻られましたか。後処理を全て僕に丸投げして、いい時間を過ごせたようで何よりです」
 エフラの冷たい視線と言葉に迎えられて、ザフィルは肩をすくめる。本当はちょっと顔を見たら、すぐに仕事に戻る予定だった。精霊さえいなければ、そのつもりだったのだ。
「仕方ないだろ、精霊がまたファテナを狙ってやって来たんだから」
「その割にはご機嫌じゃないですか。なんだかんだ言って結局、久しぶりの再会に盛り上がって、しっかり抱いてきたんでしょう?」
「それは……そうだけど」
「まぁ、ザフィル様の行動なんてお見通しなので、予想はしてましたが。腕輪だけでは飽き足らず、足輪まで贈って。絶対に逃がさないって執着を感じますねぇ」
「お、おまえが言ったんだろう、贈るなら腕輪か足輪だって」
「いやぁまさか本気で両方贈るとは思いませんって。早く指輪を受け取ってもらえるような関係になれたらいいですね」
 そう言いながら、エフラはザフィルの机の上に大量の書類を積み上げる。
「……これは何だ」
「僕らが不在の間に溜まった仕事ですね。他部族からの手紙に、今年の収穫に関する情報をまとめた書類。それから利水工事の計画書には早めに目を通してもらえると助かります」
「うぇ、すごい量だな」
「夜にまた彼女のもとに行きたいのなら、死ぬ気で頑張ってくださいね」
「本当、おまえっていい性格してるよな」
 ため息をつきつつ、ザフィルは一番上に積まれた書類に手を伸ばした。
 しばらく無言で書類を確認していたザフィルは、ふと顔を上げるとエフラを見た。
「指輪はさ、やっぱり青い石がいいと思うんだよな。東の鉱山で採れるものが色も綺麗だと聞くし、一度見に行ってみないと」
「あれ、指輪を贈っても引かれない関係になった、ということですか?」
 いつの間に、と驚いた表情を見せるエフラに、ザフィルは得意げな顔をしてみせる。
「離れてみて初めて、お互いの大切さに気づくっていうだろ。うん、何なら精霊の存在すら、後押しになったような気もしてきた」
「わぁ、そんな締まりのない顔、初めて見ました。まぁ、幸せそうで何よりですけど」
 呆れたような顔をしつつ、エフラはザフィルに新たな書類を手渡す。浮かれても仕事の手は抜くなという無言の圧力に、ザフィルは黙って書類に目を向けた。
「……単なる個人的興味なんですけど」
 しばらくして、エフラがぽつりとつぶやく。ザフィルが顔を上げると、彼は書類を整理する手を止めないまま口を開いた。
「どうやって彼女の心を射止めたんですか? ついこの前まで、大嫌いだと言われたって落ち込んでたじゃないですか。そこからの大逆転、何があったのかちょっと興味があります」
「傷を抉るようなことを言うなよ」
 顔をしかめてみせながらも、ザフィルは緩んだ口元を隠すように手で覆った。
「あのな、そばにいてくれるかと聞いたら、うなずいてくれたんだ」
 とっておきの打ち明け話をするように囁いたザフィルを見て、エフラはしばらく目を見開いた状態で固まっていた。
「えぇと、……それだけ?」
「あぁ、最近は笑ってくれるようになったしな、腕輪だって足輪だって嬉しそうにつけてくれてる。それに」
 小さく咳払いをすると、ザフィルはにやついた顔を抑えるように頬に触れ、声をひそめる。
「これはあんまり言いたくないんだけどな、抱いてるときはいつも手を繋いでほしがるんだ。めちゃくちゃ可愛いと思わないか」
「あー……うん、なんというかそれは……指輪を贈る関係と言えるかどうかは、かなり微妙なとこですね」
「微妙って何だよ」
 眉を顰めたザフィルを見て、エフラは憐れむような視線を向けた。
「彼女自身から、ちゃんと想いを聞いてないんでしょう。そしてザフィル様も何も伝えてない」
「伝えるって、何を?」
 全く分からないといった表情で目を瞬いたザフィルを見て、エフラは深いため息をつくと頭を抱えた。
「いや、ほら……好きだとか愛してるとか、そういった類のことを言ったり言われたり」
「なっ……! そんな、甘ったるいこと言えるはずがないだろ」
 ザフィルは顔を真っ赤にして思わず立ち上がる。机の上に積み上がっていた書類が、その拍子に崩れて床にひらひらと舞い落ちた。
「甘ったるいも何も、どういう立場でそばにいてほしいのかを明確にしなければ、彼女だってうなずくしかないでしょう。多分まだ、自分は捕虜だからって思ってますよ」
「それは言った! もう捕虜じゃないって言ったから大丈夫だ」
 どうだと言わんばかりに胸を張るザフィルを見て、エフラは書類を拾い集めながら呆れたように目を細めた。
「絶対伝わってないと思いますよ、それ。大体、無理矢理抱かれたところから始まってるんだし、捕虜という立場上、彼女はあなたに逆らえない。ちゃんとはっきりと言葉にして、彼女からもちゃんと気持ちを聞き出さないと」
「それって……俺にそんな……好き、とか……言えっていうのか」
「恋を夢見る乙女じゃあるまいし、いい年した男がそんな真っ赤な顔で恥じらわないでくださいよ」
「だって今まで言ったことないし、そんなこと……っ」
 顔を赤くして叫ぶように言ったザフィルを見て、エフラは目を丸くする。
「……え、もしかして、初恋だったりします?」
「う、うるさい。知らん!」
「わぁ、勇猛果敢なテミム族の族長、ザフィル様が、ここにきてまさかの初恋? そっかー、それならその初々しい反応も分かります」
「なっ……馬鹿にするな、初々しくなんか……」
「まぁどっちでもいいんですけど。とにかく想いは伝えるべきでしたねぇ。足輪を贈る時にでも、さらっと伝えればよかったのに」
 集めた書類を差し出されて、ザフィルはため息まじりに受け取った。絶好の機会を逃したことに今更気づくが、もう遅い。
 言葉にするのが大事なのだと教えてくれればよかったのにと、見当違いな怒りをエフラに向けつつ、ひとまず仕事に集中しようとザフィルは書類に視線を戻した。
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