38 / 65
2
しおりを挟む
予告通り深夜にやってきたザフィルは、起きて待っていたファテナを見て、先に寝ていろと言ったのにと言いつつもどこか嬉しそうな表情で寝台に上がってきた。
いつものように抱かれたあと、ザフィルは隣に身体を横たえながらファテナの手を取る。
「……確かに、これは独占欲が満たされるな」
「え?」
「いや、こっちの話だ、何でもない」
そう言いながら、ザフィルは何度も確認するようにファテナの腕輪を撫でる。
「精霊は、あのあと来てないよな」
「そう、思いますけど」
「もし俺のいない時に精霊が来ても、絶対に相手をするなよ」
怖いくらいに真剣な顔で見つめられて、ファテナは黙ってうなずいた。本当はもう一度精霊に会ってみたいと思っていることを知られたら、何を言われるか分からない。
ただし、精霊が再びあらわれたとしても、きっとファテナはその手を取ることはないだろう。テミム族の一員として新たな道を歩み始めた村人たちを守るのがファテナの一番の役目だ。ザフィルの意に沿わないことをして、彼らの生活を脅かしてはならない。
ファテナがうなずいたのを見て、ザフィルは小さく息を吐くと顔を上げた。
「実は、明日からしばらくここに来れなくなる」
「えっ」
「ちょっと遠出をする予定で、留守にするから」
交易のため、西の方の部族のもとへ向かうという。高い山の上に暮らす部族の名は、ファテナも耳にしたことがある。ここからかなり距離があるので、最短でも往復で十日ほどかかるだろう。
「そうですか。……気をつけて」
「俺が不在の間、何かあればアディヤに言え」
気遣うような言葉の裏には、彼女がファテナをしっかりと見張っているのだという意味が込められている。
ザフィルがいようといまいと、ファテナは逃げ出すつもりはない。承諾の意を込めて黙って微笑むと、ザフィルは安心したようにうなずいて、再び腕輪に触れた。
「あんたを置いていくのは心配だが……」
「ここから出たりしないわ。精霊が心配なら、庭にも出ない。私の使命は、皆の生活を守ることだもの」
「本当に……、いつまでもあいつらを気にかけるんだな、あんたは」
呆れたようにつぶやいて、ザフィルが再びファテナの上に覆いかぶさってきた。すでに一度抱かれているのに、今夜はまだ終わらないらしい。民を守りたいというなら、身体を差し出せということだろう。
「私にできることは、それしかないもの」
そう言ってザフィルの首裏に手を回すと、腕輪から甘い香りが漂った。いつの間にかこの香りすら、心地よく思えるほどになってしまった。精霊と共に生きていた頃には、吐き気を催すほどに嫌だったのに。
早く快楽に溺れてしまいたくて、ファテナはザフィルに口づけをねだる。ゆっくりと重ねられる唇に、ファテナの身体はすぐに反応して彼を受け入れる準備を始めた。
「離れたくないな」
身体を繋げ、手を握りながらひとりごとのように、ザフィルがつぶやく。しっかりと絡められた指先から伝わるぬくもりは心地よくて、離れがたく思うのはファテナも同じだ。彼に抱かれ、ぬくもりを感じているこの時だけは、自分が役に立っているという実感がある。
それが、ただ彼の欲を受け止めるために身体を差し出しているだけだとしても。
無言で手を握り返すと、ザフィルが小さく余裕のなさそうな息を吐いた。眉を顰めたその表情は、ファテナを抱く時にだけ見せるもの。いつもより妖艶なその顔を見上げながら、ファテナもせり上がってくる絶頂の予感に息を詰めた。
翌朝、ザフィルが身体を起こす気配を感じてファテナも目を開けた。窓の外はまだ薄暗く、夜は明けきっていないようだ。
身じろぎしたのに気づいたのか、服を身につけていたザフィルが振り返って眉を上げる。
「悪い、起こしたか」
「大丈夫です」
首を振りながら身体を起こしたファテナは、思った以上に怠さを感じて微かに顔を顰めた。明け方近くまでずっと抱かれていたので、ほとんど眠っていないせいだろう。
「無理するな、寝てろ」
「でも、見送りくらいは」
ふらつきながら立ち上がるとザフィルが慌てたように手を差し伸べてくれる。そのまま腕の中に抱き込まれ、ファテナは彼の胸に身体を預けた。そうしていないと、まっすぐに立っていられない。
ザフィルは、再び腕輪に触れながらファテナの耳元に唇を寄せる。彼の吐息が耳をくすぐって、ファテナは思わず小さく肩をすくめた。
「絶対に、腕輪を外すなよ」
「分かってます」
「もし、戻ってきた時にあんたがいなかったら……」
「そんなこと、しない。他に行くところなんて、私にはないもの」
ザフィルの言葉に被せるようにして、ファテナは強い口調で宣言する。ファテナが逃げ出すはずもないのに、未だにそれを信用していないようだ。
「どこにも行かないわ。ここで待ってる。戻ってきたあなたをちゃんと迎えるから。だから、気をつけて行ってきて。……あの、西の部族が住む山は険しいと聞くから、怪我のないように」
途中から別れを惜しむような、彼の身を案じるような発言になっている気がして、ファテナはごにょごにょと言葉尻を濁すとうつむいた。
小さく笑うザフィルの吐息が聞こえたあと、ファテナの身体は抱き上げられて寝台へと戻された。
「何か、土産を買ってきてやろう。だから、おとなしくここで待ってろ」
そう言って掛布をファテナの頭の上までかけると、ザフィルはその上から頭をがしがしと撫でて部屋を出て行った。
足音が遠ざかってから、ファテナはゆっくりと掛布から顔を出す。
「……気をつけて。行ってらっしゃい」
聞こえていないことが分かっていながら小さな声でつぶやくと、ファテナは再び掛布の中にもぐり込んだ。微かに残ったぬくもりを抱きしめるように身体を丸くして、目を閉じる。
しばらく一人で眠る夜は、とてもさみしく感じるような気がした。
いつものように抱かれたあと、ザフィルは隣に身体を横たえながらファテナの手を取る。
「……確かに、これは独占欲が満たされるな」
「え?」
「いや、こっちの話だ、何でもない」
そう言いながら、ザフィルは何度も確認するようにファテナの腕輪を撫でる。
「精霊は、あのあと来てないよな」
「そう、思いますけど」
「もし俺のいない時に精霊が来ても、絶対に相手をするなよ」
怖いくらいに真剣な顔で見つめられて、ファテナは黙ってうなずいた。本当はもう一度精霊に会ってみたいと思っていることを知られたら、何を言われるか分からない。
ただし、精霊が再びあらわれたとしても、きっとファテナはその手を取ることはないだろう。テミム族の一員として新たな道を歩み始めた村人たちを守るのがファテナの一番の役目だ。ザフィルの意に沿わないことをして、彼らの生活を脅かしてはならない。
ファテナがうなずいたのを見て、ザフィルは小さく息を吐くと顔を上げた。
「実は、明日からしばらくここに来れなくなる」
「えっ」
「ちょっと遠出をする予定で、留守にするから」
交易のため、西の方の部族のもとへ向かうという。高い山の上に暮らす部族の名は、ファテナも耳にしたことがある。ここからかなり距離があるので、最短でも往復で十日ほどかかるだろう。
「そうですか。……気をつけて」
「俺が不在の間、何かあればアディヤに言え」
気遣うような言葉の裏には、彼女がファテナをしっかりと見張っているのだという意味が込められている。
ザフィルがいようといまいと、ファテナは逃げ出すつもりはない。承諾の意を込めて黙って微笑むと、ザフィルは安心したようにうなずいて、再び腕輪に触れた。
「あんたを置いていくのは心配だが……」
「ここから出たりしないわ。精霊が心配なら、庭にも出ない。私の使命は、皆の生活を守ることだもの」
「本当に……、いつまでもあいつらを気にかけるんだな、あんたは」
呆れたようにつぶやいて、ザフィルが再びファテナの上に覆いかぶさってきた。すでに一度抱かれているのに、今夜はまだ終わらないらしい。民を守りたいというなら、身体を差し出せということだろう。
「私にできることは、それしかないもの」
そう言ってザフィルの首裏に手を回すと、腕輪から甘い香りが漂った。いつの間にかこの香りすら、心地よく思えるほどになってしまった。精霊と共に生きていた頃には、吐き気を催すほどに嫌だったのに。
早く快楽に溺れてしまいたくて、ファテナはザフィルに口づけをねだる。ゆっくりと重ねられる唇に、ファテナの身体はすぐに反応して彼を受け入れる準備を始めた。
「離れたくないな」
身体を繋げ、手を握りながらひとりごとのように、ザフィルがつぶやく。しっかりと絡められた指先から伝わるぬくもりは心地よくて、離れがたく思うのはファテナも同じだ。彼に抱かれ、ぬくもりを感じているこの時だけは、自分が役に立っているという実感がある。
それが、ただ彼の欲を受け止めるために身体を差し出しているだけだとしても。
無言で手を握り返すと、ザフィルが小さく余裕のなさそうな息を吐いた。眉を顰めたその表情は、ファテナを抱く時にだけ見せるもの。いつもより妖艶なその顔を見上げながら、ファテナもせり上がってくる絶頂の予感に息を詰めた。
翌朝、ザフィルが身体を起こす気配を感じてファテナも目を開けた。窓の外はまだ薄暗く、夜は明けきっていないようだ。
身じろぎしたのに気づいたのか、服を身につけていたザフィルが振り返って眉を上げる。
「悪い、起こしたか」
「大丈夫です」
首を振りながら身体を起こしたファテナは、思った以上に怠さを感じて微かに顔を顰めた。明け方近くまでずっと抱かれていたので、ほとんど眠っていないせいだろう。
「無理するな、寝てろ」
「でも、見送りくらいは」
ふらつきながら立ち上がるとザフィルが慌てたように手を差し伸べてくれる。そのまま腕の中に抱き込まれ、ファテナは彼の胸に身体を預けた。そうしていないと、まっすぐに立っていられない。
ザフィルは、再び腕輪に触れながらファテナの耳元に唇を寄せる。彼の吐息が耳をくすぐって、ファテナは思わず小さく肩をすくめた。
「絶対に、腕輪を外すなよ」
「分かってます」
「もし、戻ってきた時にあんたがいなかったら……」
「そんなこと、しない。他に行くところなんて、私にはないもの」
ザフィルの言葉に被せるようにして、ファテナは強い口調で宣言する。ファテナが逃げ出すはずもないのに、未だにそれを信用していないようだ。
「どこにも行かないわ。ここで待ってる。戻ってきたあなたをちゃんと迎えるから。だから、気をつけて行ってきて。……あの、西の部族が住む山は険しいと聞くから、怪我のないように」
途中から別れを惜しむような、彼の身を案じるような発言になっている気がして、ファテナはごにょごにょと言葉尻を濁すとうつむいた。
小さく笑うザフィルの吐息が聞こえたあと、ファテナの身体は抱き上げられて寝台へと戻された。
「何か、土産を買ってきてやろう。だから、おとなしくここで待ってろ」
そう言って掛布をファテナの頭の上までかけると、ザフィルはその上から頭をがしがしと撫でて部屋を出て行った。
足音が遠ざかってから、ファテナはゆっくりと掛布から顔を出す。
「……気をつけて。行ってらっしゃい」
聞こえていないことが分かっていながら小さな声でつぶやくと、ファテナは再び掛布の中にもぐり込んだ。微かに残ったぬくもりを抱きしめるように身体を丸くして、目を閉じる。
しばらく一人で眠る夜は、とてもさみしく感じるような気がした。
34
お気に入りに追加
192
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる