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ぬくもり 1
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身じろぎをして目蓋を開くと、目の前にザフィルの胸板があった。むきだしの肌に触れていることや、自分も服を着ていないことに動揺して視線を上げると、どこか柔らかい表情をしたザフィルと目が合った。
「よく寝てたな」
「私……あの、ごめんなさい、いつの間に」
あわあわとしながら、ファテナは落ち着きなく視線をさまよわせた。確か、自ら服を脱ぎ捨てて挑発的に迫ったはずだ。最中のことは断片的にしか覚えていないけれど、激しく乱れ、ザフィルの身体に必死に縋りついていたような気がする。
醜態を晒したとうつむいたファテナを見て、ザフィルは笑うような吐息を漏らすとなだめるように頭を撫でた。
「かなり疲れさせたからな。まだ夜中だ、寝てろ」
その言葉に窓の外を見上げると、空は真っ暗だった。ザフィルに連れ出されて地下牢へ行ったのが昼過ぎだったことを考えると、夕方から夜にかけて抱かれていたらしい。
昼間のことを思い出すとそれだけで胸が痛くなるが、少し時間が経ったからか取り乱すことなくファテナは小さく息を吐いた。
「両親と妹は……、処刑されるのね」
「あぁ、そうだな」
うなずきながら、ザフィルの手がそっと背中を撫でる。抱きしめられるように密着し、触れ合う肌から伝わるぬくもりは、まるで大事にされているかのように錯覚しそうだ。
「あの三人は、妹の婚約者だという男に命じて近隣を通りかかった他部族の者を襲っていた」
静かな声で、ザフィルが話し始める。
ウトリド族の集落の裏手にある山は、行商のために通る者が多かったことから、金品を狙って襲っていたこと。
更に若い男は、無理矢理にディアドの相手をさせられていたこと。
そして、表向きは穏やかな族長の顔をしておきながら、裏では他部族の者を野蛮だと蔑み、捕らえた者たちに残酷な拷問をするのを楽しんでいたこと。
想像するだけでもおぞましい残虐行為の数々を、ザフィルは淡々とした口調で語る。
金品の取り分が減るのが嫌だったのか襲撃を担当していたのはディアドの婚約者だったラギフだけで、長たちの裏の顔を誰も知らなかったことが、ウトリドの民がテミム族に受け入れられた最大の理由だという。
「あんたも悪事に手を染めていたら、処刑することになっただろうな。それに、あの三人はあんたに精霊の力を使わせて近隣の部族を襲う計画を立てていた」
「……知らなかった」
「もしそんなことになっていたら、あんたはきっと今頃生きていない。殺生を嫌う精霊に人を殺させるなんて、どんな対価を求められるか分かったもんじゃないからな」
そんな残虐非道な行いをしていたことを信じたくない気持ちはあるけれど、地下牢での彼らの反応を見る限り、ザフィルの言葉に嘘はないのだろう。ファテナは深いため息をついてうつむいた。
「私には……家族なんて最初からいなかったんですね。あの人たちは、自分のしたことに対する罪を償うべきだと……思います」
処刑に同意する発言をしたことで、本当に家族と決別したような気がする。それでも胸が苦しくて息ができない。
しゃくりあげるような声を漏らしたファテナの身体を、ザフィルがそっと包み込んだ。そのぬくもりに、こわばった身体が少しずつ緩んでくる。
頬を寄せたザフィルの胸の奥で響く鼓動を感じながら、ファテナはゆっくりと目を閉じた。
身体を差し出せば、ザフィルはきっとこうして抱きしめてくれるだろう。彼は欲を満たすことができ、ファテナはぬくもりを得ることができる。家族からもらえなかったものをザフィルに求めるなんて間違っているとは思うけれど、ファテナに縋れるものは彼以外にない。
「あの」
囁くような声で言うと、ザフィルの腕が緩んだ。
「何だ」
「……もう一度、抱いて……くれますか」
その言葉に、ザフィルはぽかんと口を開け、何度か瞬きを繰り返した。いつも余裕のある表情ばかりの彼にそんな顔をさせたことに、ファテナは少しだけやり返してやったような気持ちになる。
「どういう心境の変化だ」
「何もない私でも、せめてこの身体くらいは少しでも役に立つと言って。それを、私が生きていていい理由にさせて」
すぐそばにあるザフィルの頬に手を伸ばして引き寄せて、ファテナは自らの唇と重ね合わせた。やり方なんて分からないし、力加減を誤ったせいか歯がぶつかって、がちっと鈍い音がする。
口内にじわりと広がる血の味に思わず眉を顰めると、ザフィルがゆっくりと傷口を舐めた。ぴりっとした痛みを一瞬感じたものの、何度も舌でなぞられるうちにそれもどこかに行ってしまう。
「ん……ふぁ、ぅ」
「あんたは、声も甘いな」
深くなった口づけについていけなくて思わず声を漏らすと、微かに唇を離した状態でザフィルが笑った。呼吸を乱しているのはファテナだけで、彼はいつの間にか余裕のある表情を取り戻している。
「今日はもう、休め。さっき散々抱いただろう」
「やっぱり、こんな身体では満足できない? あなたの欲を満たすのに、私ではだめなの?」
ぬくもりが離れていってしまうのが怖くて、ファテナはザフィルの腕を掴んだ。その手が少し震えていることに気づいたのか、ザフィルが再びそっとファテナの身体を腕の中に包み込んだ。
「あんたは、充分役に立ってるよ。こうしてあんたを抱きしめてるだけでよく眠れるし、あんたの身体はどこもかしこも柔らかくていい匂いがする」
首筋に顔を寄せ、すんと鼻を鳴らしてザフィルは小さく笑った。そのまま寝かしつけるように背中をゆっくりと叩かれて、ザフィルが今夜はもう何もする気がないことを理解する。抱かれずにすむというどこかほっとした気持ちと、やはり自分には何もできないのだとがっかりする気持ちが同時に襲ってくると共に、何もかも考えることが嫌になってくる。今だけはこのぬくもりに縋ろうと決めて、ファテナはそばにある胸板に頬をくっつけたまま目を閉じた。
「よく寝てたな」
「私……あの、ごめんなさい、いつの間に」
あわあわとしながら、ファテナは落ち着きなく視線をさまよわせた。確か、自ら服を脱ぎ捨てて挑発的に迫ったはずだ。最中のことは断片的にしか覚えていないけれど、激しく乱れ、ザフィルの身体に必死に縋りついていたような気がする。
醜態を晒したとうつむいたファテナを見て、ザフィルは笑うような吐息を漏らすとなだめるように頭を撫でた。
「かなり疲れさせたからな。まだ夜中だ、寝てろ」
その言葉に窓の外を見上げると、空は真っ暗だった。ザフィルに連れ出されて地下牢へ行ったのが昼過ぎだったことを考えると、夕方から夜にかけて抱かれていたらしい。
昼間のことを思い出すとそれだけで胸が痛くなるが、少し時間が経ったからか取り乱すことなくファテナは小さく息を吐いた。
「両親と妹は……、処刑されるのね」
「あぁ、そうだな」
うなずきながら、ザフィルの手がそっと背中を撫でる。抱きしめられるように密着し、触れ合う肌から伝わるぬくもりは、まるで大事にされているかのように錯覚しそうだ。
「あの三人は、妹の婚約者だという男に命じて近隣を通りかかった他部族の者を襲っていた」
静かな声で、ザフィルが話し始める。
ウトリド族の集落の裏手にある山は、行商のために通る者が多かったことから、金品を狙って襲っていたこと。
更に若い男は、無理矢理にディアドの相手をさせられていたこと。
そして、表向きは穏やかな族長の顔をしておきながら、裏では他部族の者を野蛮だと蔑み、捕らえた者たちに残酷な拷問をするのを楽しんでいたこと。
想像するだけでもおぞましい残虐行為の数々を、ザフィルは淡々とした口調で語る。
金品の取り分が減るのが嫌だったのか襲撃を担当していたのはディアドの婚約者だったラギフだけで、長たちの裏の顔を誰も知らなかったことが、ウトリドの民がテミム族に受け入れられた最大の理由だという。
「あんたも悪事に手を染めていたら、処刑することになっただろうな。それに、あの三人はあんたに精霊の力を使わせて近隣の部族を襲う計画を立てていた」
「……知らなかった」
「もしそんなことになっていたら、あんたはきっと今頃生きていない。殺生を嫌う精霊に人を殺させるなんて、どんな対価を求められるか分かったもんじゃないからな」
そんな残虐非道な行いをしていたことを信じたくない気持ちはあるけれど、地下牢での彼らの反応を見る限り、ザフィルの言葉に嘘はないのだろう。ファテナは深いため息をついてうつむいた。
「私には……家族なんて最初からいなかったんですね。あの人たちは、自分のしたことに対する罪を償うべきだと……思います」
処刑に同意する発言をしたことで、本当に家族と決別したような気がする。それでも胸が苦しくて息ができない。
しゃくりあげるような声を漏らしたファテナの身体を、ザフィルがそっと包み込んだ。そのぬくもりに、こわばった身体が少しずつ緩んでくる。
頬を寄せたザフィルの胸の奥で響く鼓動を感じながら、ファテナはゆっくりと目を閉じた。
身体を差し出せば、ザフィルはきっとこうして抱きしめてくれるだろう。彼は欲を満たすことができ、ファテナはぬくもりを得ることができる。家族からもらえなかったものをザフィルに求めるなんて間違っているとは思うけれど、ファテナに縋れるものは彼以外にない。
「あの」
囁くような声で言うと、ザフィルの腕が緩んだ。
「何だ」
「……もう一度、抱いて……くれますか」
その言葉に、ザフィルはぽかんと口を開け、何度か瞬きを繰り返した。いつも余裕のある表情ばかりの彼にそんな顔をさせたことに、ファテナは少しだけやり返してやったような気持ちになる。
「どういう心境の変化だ」
「何もない私でも、せめてこの身体くらいは少しでも役に立つと言って。それを、私が生きていていい理由にさせて」
すぐそばにあるザフィルの頬に手を伸ばして引き寄せて、ファテナは自らの唇と重ね合わせた。やり方なんて分からないし、力加減を誤ったせいか歯がぶつかって、がちっと鈍い音がする。
口内にじわりと広がる血の味に思わず眉を顰めると、ザフィルがゆっくりと傷口を舐めた。ぴりっとした痛みを一瞬感じたものの、何度も舌でなぞられるうちにそれもどこかに行ってしまう。
「ん……ふぁ、ぅ」
「あんたは、声も甘いな」
深くなった口づけについていけなくて思わず声を漏らすと、微かに唇を離した状態でザフィルが笑った。呼吸を乱しているのはファテナだけで、彼はいつの間にか余裕のある表情を取り戻している。
「今日はもう、休め。さっき散々抱いただろう」
「やっぱり、こんな身体では満足できない? あなたの欲を満たすのに、私ではだめなの?」
ぬくもりが離れていってしまうのが怖くて、ファテナはザフィルの腕を掴んだ。その手が少し震えていることに気づいたのか、ザフィルが再びそっとファテナの身体を腕の中に包み込んだ。
「あんたは、充分役に立ってるよ。こうしてあんたを抱きしめてるだけでよく眠れるし、あんたの身体はどこもかしこも柔らかくていい匂いがする」
首筋に顔を寄せ、すんと鼻を鳴らしてザフィルは小さく笑った。そのまま寝かしつけるように背中をゆっくりと叩かれて、ザフィルが今夜はもう何もする気がないことを理解する。抱かれずにすむというどこかほっとした気持ちと、やはり自分には何もできないのだとがっかりする気持ちが同時に襲ってくると共に、何もかも考えることが嫌になってくる。今だけはこのぬくもりに縋ろうと決めて、ファテナはそばにある胸板に頬をくっつけたまま目を閉じた。
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