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甘い毒に溺れる小鳥
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その日ニーナは、城の中庭の隅で小さくなってしゃがんで涙を堪えていた。
主人である王妃レティシアに、とんでもない粗相をしてしまったのだ。思い出すたび、身体の震えが止まらない。
「今日はもう下がりなさい。このままここにいられても、迷惑だわ」
レティシアの冷たい声が脳裏に響く。ニーナはぎゅうっと目を閉じると、その声を追い出すように頭を振った。
「……こんなところで何をしている」
突然上から降ってきた声に、ニーナは顔を上げた。そこにいたのは、黒いローブ姿の美しい男。王の側近で、魔法使いのカイルだった。ニーナは慌てて立ち上がると、深く頭を下げた。
「申し訳ありません、お見苦しいものをお見せしました。すぐに立ち去ります」
そう言ってその場を辞そうとしたら、腕をつかまれた。
「泣いていたのか」
「申し訳ありませ……」
謝罪の言葉を紡ぎかけたニーナの唇は、途中で動きを止めた。カイルの指が、ニーナの涙をぬぐったから。
「何があった」
静かな声に問われて、ニーナはこくりと息を飲み込んだ。
黙って返事を待つカイルの視線に耐えきれず、ニーナは正直にあったことを話す。
王妃レティシアと共に城の回廊を歩いていたら、刺客に襲われたのだ。もちろんレティシアの身は同行していた騎士が守ったし、刺客もその場で斬り捨てられた。不正を指摘されて取り潰しとなった、貴族の逆恨みだったらしい。
だけど、その時ニーナは目の前で人が死ぬところを初めて見たのだ。そして、自分に刃物が向けられたのも、初めてのことだった。
落ち着こうと努力しても、身体の、手の震えが止まらなくて、レティシアに差し出した紅茶をこぼしてしまった。
幸いにもレティシア自身ではなく、ドレスの裾にわずかに飛沫が飛んだだけだったが。
「……あぁ、あの場にいたのか」
納得したようにカイルがうなずく。そして、大きな手がそっとニーナの頭を撫でた。
「怖かっただろう。レティシア様も、休養をとれと言ったつもりなのではないか」
ニーナは小さくうなずいた。レティシアがあえて冷たい言葉を投げたのは、ニーナを下がらせて休ませるためだったことは、ニーナも分かっている。だけど、主人にまでそんな気を使わせたことが情けなくもある。
そう思っていたのに、カイルの手に撫でられるだけで、ニーナの心が凪いでいく。
カイルの手は淡い光を纏っていて、柔らかな光がニーナを包み込む。ほのかに暖かく感じる光がゆっくりと消える頃、いつまでも止まらなかった身体の震えがなくなっていることに気づいた。
「今のは……」
思わずつぶやくと、カイルはきまりわるそうな表情で視線をそらした。
「大したことじゃない。軽い鎮静の魔法だ」
カイルは何でもないことのように言うけれど、人にかける魔法は繊細なコントロールが必要で、誰にでもできることではない。
通りすがりに出会っただけのニーナに、こんな暖かな魔法をかけてくれるカイルは、きっと優しい人なのだろう。
「その顔を見ると、落ち着いたようだな」
カイルの言葉に、ニーナは慌てて頭を下げる。
「はい、ありがとうございます。落ち着きました。……すごく暖かくて……、カイル様の魔法はすごいですね」
素直な賞賛の気持ちを込めて笑顔で見上げると、カイルは驚いたように目を見開いた。
「そう、か。なら良かった」
少し照れたような表情で、カイルは微笑んだ。冷たく整った美貌を持つカイルは、無表情が常だ。その表情が僅かに緩むだけで、大輪の花が開くような艶やかさを感じてニーナは思わず息をのむ。なんて美しい人なのだろう。
主人である王妃レティシアに、とんでもない粗相をしてしまったのだ。思い出すたび、身体の震えが止まらない。
「今日はもう下がりなさい。このままここにいられても、迷惑だわ」
レティシアの冷たい声が脳裏に響く。ニーナはぎゅうっと目を閉じると、その声を追い出すように頭を振った。
「……こんなところで何をしている」
突然上から降ってきた声に、ニーナは顔を上げた。そこにいたのは、黒いローブ姿の美しい男。王の側近で、魔法使いのカイルだった。ニーナは慌てて立ち上がると、深く頭を下げた。
「申し訳ありません、お見苦しいものをお見せしました。すぐに立ち去ります」
そう言ってその場を辞そうとしたら、腕をつかまれた。
「泣いていたのか」
「申し訳ありませ……」
謝罪の言葉を紡ぎかけたニーナの唇は、途中で動きを止めた。カイルの指が、ニーナの涙をぬぐったから。
「何があった」
静かな声に問われて、ニーナはこくりと息を飲み込んだ。
黙って返事を待つカイルの視線に耐えきれず、ニーナは正直にあったことを話す。
王妃レティシアと共に城の回廊を歩いていたら、刺客に襲われたのだ。もちろんレティシアの身は同行していた騎士が守ったし、刺客もその場で斬り捨てられた。不正を指摘されて取り潰しとなった、貴族の逆恨みだったらしい。
だけど、その時ニーナは目の前で人が死ぬところを初めて見たのだ。そして、自分に刃物が向けられたのも、初めてのことだった。
落ち着こうと努力しても、身体の、手の震えが止まらなくて、レティシアに差し出した紅茶をこぼしてしまった。
幸いにもレティシア自身ではなく、ドレスの裾にわずかに飛沫が飛んだだけだったが。
「……あぁ、あの場にいたのか」
納得したようにカイルがうなずく。そして、大きな手がそっとニーナの頭を撫でた。
「怖かっただろう。レティシア様も、休養をとれと言ったつもりなのではないか」
ニーナは小さくうなずいた。レティシアがあえて冷たい言葉を投げたのは、ニーナを下がらせて休ませるためだったことは、ニーナも分かっている。だけど、主人にまでそんな気を使わせたことが情けなくもある。
そう思っていたのに、カイルの手に撫でられるだけで、ニーナの心が凪いでいく。
カイルの手は淡い光を纏っていて、柔らかな光がニーナを包み込む。ほのかに暖かく感じる光がゆっくりと消える頃、いつまでも止まらなかった身体の震えがなくなっていることに気づいた。
「今のは……」
思わずつぶやくと、カイルはきまりわるそうな表情で視線をそらした。
「大したことじゃない。軽い鎮静の魔法だ」
カイルは何でもないことのように言うけれど、人にかける魔法は繊細なコントロールが必要で、誰にでもできることではない。
通りすがりに出会っただけのニーナに、こんな暖かな魔法をかけてくれるカイルは、きっと優しい人なのだろう。
「その顔を見ると、落ち着いたようだな」
カイルの言葉に、ニーナは慌てて頭を下げる。
「はい、ありがとうございます。落ち着きました。……すごく暖かくて……、カイル様の魔法はすごいですね」
素直な賞賛の気持ちを込めて笑顔で見上げると、カイルは驚いたように目を見開いた。
「そう、か。なら良かった」
少し照れたような表情で、カイルは微笑んだ。冷たく整った美貌を持つカイルは、無表情が常だ。その表情が僅かに緩むだけで、大輪の花が開くような艶やかさを感じてニーナは思わず息をのむ。なんて美しい人なのだろう。
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