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第四十章

1277 大丈夫

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( クルト )


” 君がいると助かるよ。 ”

” 君はいなくてはならない存在だ。 ”


歩きながら、上司や他の同期、部下達……全ての人たちが口を揃えて言ってくる言葉が頭を過り、歩くスピードが気持ち上がった様な気がした。


「 ……分かっている。

分かっているから……。 」


俺を頼り、賛辞する声達に応える様にそう呟く。


それが俺の役割で、” 正しい ” 過ごし方。

だから、死ぬまで完璧に務めてみせる。


それがジェノスの ” 正しい ” 人生だから。


そう言い聞かせたその時……フッと先ほど聞いた話が頭に浮かぶ。



” ある高位貴族の専属執事長の男が、現当主に逆らい、自らその地位を捨てたらしい。 ”



高い地位に登りつめるには、沢山のしがらみや苦労、苦痛などが必ずセットについてくるモノだ。

そしてその ” 痛い ” しかない体験達は、手に入れた地位を掴んで離そうとしない。


それだけの苦痛に耐えて手に入れた "   上   "   のイス。

そしてそこに座って今まで自分の味わった苦痛を、今度は他者に与え、自分の辛い記憶全てを癒していくのだ。

……少なくとも俺の周りにはそんな奴らしかいない様に思える。

きっと、自分もいつかそうなると漠然と知っている。


だからこそ、その専属執事長まで上り詰めた者が起こした行動が信じ難かったのだ。


多分庇った赤子は、両親にとって生まれてきてはマズいモノだったはず。

だから恐らく無い子供にしようとでもしたのだろうが、それを庇って今の地位を捨てたなど、周りが言う様に正気とは思えない。


「 そんな事をすれば、もう一生上へは上れないだろうに……。

なんて馬鹿なヤツなんだろうな。 」


貴族は自身の得より、プライドを優先する者達が多く、逆らう人間は完膚なきまでに潰される。

これからその専属執事長だった男は、あの手この手で追い詰められるだろう。

それを分かってなお、自分の "    意思 "    を突き通す……それって一体どんな気持ちなんだろうな?


そう考えた瞬間……────突然辺りは真っ暗闇になった。


「 …………はっ?? 」


まるで明かりがパッ!と消えたかの様で、右を見ても左を見ても真っ暗に。

そんなバカなと、慌てて「 おーい!おーい! 」と誰かに呼びかけるも、それに応える者はいない。


「 ……馬鹿な……さっきまでただの渡り廊下だったじゃないか。

こんな事が……。 」


俺の言葉は全て黒の中に溶け、やがてその黒は、俺を侵食し始めた。

それに気づくと、恐ろしいまでの恐怖が競り上がり、情けなくも、俺はヒィヒィと悲鳴を上げる。


「 い、嫌だ……。────嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!

何なんだよ?!俺がっ……俺の存在が消えていくっ……?!! 」


自分の存在が消える事。

それが怖くて怖くて堪らない!


バクバクと大きく鼓動する心臓を抑える手すら真っ黒に染まっていて、ただそのまま時が過ぎるのを待つしかない。

そんな絶望的な状況の俺の耳に、突然何かの泣き声らしきモノが聞こえ始めた。



……………



……オギャ~…………。



────オギャ~……オギャ~……!



赤子の声……?

こんな場所に赤子の泣き声が聞こえてきた事に驚き、ガタガタと震える体を奮い立たせて周りを見回す。


すると、真っ暗な闇の中にポツンと粗末な白い布に包まれた赤子を発見した。


「 ────っクソっ!! 」


恐怖を振り払い、直ぐにその赤子に走り寄ると、そのまま抱き上げる。


どこにでもいそうな茶色い髪の赤子。

その子は小さい手足を必死に動かし、力の限り泣いて泣いて……自分という存在を訴えかけていた。


自分はここにいる。

生きてる。

この世に自分という存在が生まれ落ちたのだ。


ただそう語りかけて来るように泣く赤子の姿に、俺の目からは一筋の涙が溢れた。

すると、一度こぼれ落ちた涙は止まらなくて、次から次へと落ちていくと、赤子を包む白い布を濡らしていく。


生まれてきた新たな命。

自分がこの世に生まれ落ちた事。

それを懸命に伝え、生きたいと望み訴えかけてくるその姿を見て "   助けたい "  と思った。


"   この赤子だけは助けなければ……! "   


黒に侵食されていく自分の体を見下ろしながら、赤子の体をギュッと抱きしめた、その瞬間────。



────────パッ!!!


突然黒が晴れ、色とりどりの花畑が足元に広がった。


「 ────はっ?? 」


ポカンとしながら周りを見回せば、空は雲ひとつないほど青く晴れ渡り、虹まで出ているではないか!

まるで楽園のような美しい景色を前にポカンとしていると、いつのまにか、抱きしめていたはずの赤子が消えている事に気づく。


「 ────っ!!なっ!!赤子は一体どこに!? 」


焦りながら、直ぐにキョロキョロと周囲を見回すと、突然ポンっ……と誰かに背中を押されて、身体は前へ。


────?!誰だ!??


慌てて振り返ろうとしたその時、俺の耳にかなり年をとった男性らしき声が届いた。








「 ────君はもう大丈夫。 」







────ハッ!!!

気がつけば、さっきまでいた渡り廊下に一人で立っていて……しかし何かに手を伸ばそうと片手を上げている状態であった。


……白昼夢か?


伸ばしかけていた手をゆっくり下ろし、自分の黒に侵食されていた手に視線を移したその瞬間……。


────────ポタポタ……。


俺の両目からは大量の涙が流れ落ちてきた。
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