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第三十六章

1150 ヨセフ

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( グレスター )

初めて見る圧倒的な存在を前に、ポカン……としながらも、質問された事に対して考えてみる。


私が今読み終えた小説は、よくある少年が主人公の成り上がりストーリーで、彼は幼き頃両親を ” 悪 ” によって殺されてしまう。

そして復讐を決意した主人公は強くなり、沢山の仲間たちと共にその ” 悪 ” に立ち向かい、とうとう最後はその ” 悪 ” を追い詰めた。


” ごめんなさい。どうか許して下さい。 ”


すでに主人公達の手によって全てを失い、失脚させられた ” 悪 ” は、泣きながら今までの悪行の数々に対しての謝罪を述べた。

その姿は憐れを誘うモノであったし、その ” 悪 ” にも同情すべき過去が語られていたため、恐らく大抵の読者は、” 許そう ” と考えたはずだ。


だが────……その ” 悪 ” が、沢山の善人達の命を奪った事実は消えやしない。


何千、何万……そして主人公の優しかった両親も……。


しかし結局主人公は、最後はその ” 悪 ” を許し、その命を奪う事はしなかった。


” 悪 ” により地獄に落とされたが、その存在のお陰でここまで成り上がる事ができたのだと言い、その後は幸せな人生を歩むという所で物語は終わり。


傲慢、自己陶酔か……。

そうかもしれない。


冷静にそう考えて、私は小さく頷いた。


自分がどの様な決断をしようとも自由。

しかし沢山の犠牲を出した ” 悪 ” を許す事は、視点によっては傲慢の様に見えるかもしれない。


更に、自分にとって得があったからという理由で、その ” 悪 ” が必要なものだったと考えるのは……自己陶酔に見えなくもない。


ただ、私の考えは彼とは少し違った。



「 確かに君の視点から見るとその通りだと思う。

ただ、私はその ” 悪 ” の視点から見ると、死ぬより辛い最後だなとも思ったよ。

今まで叶っていた欲望が何一つ叶わなくなった世界で生きていく……。

それは欲望を我慢のできない ” 悪 ” にとっては地獄の日々だろうね。

それに────。 」



黙って私の話を聞くその少年に対し、私は続けて言った。



「 私にとって ” 許す ” とは、その存在が心の中から完全に消える事と同義なんだ。

許さない限り、憎しみや怒りの様な不快な感情は心に残る。


私はゴミをいつまでも部屋の中に置いておくのは嫌だと思う性格だから、” 許して ” 嫌なモノをさっさと捨てたい。

こんな私の考えは少し変わっているだろうか? 」



真面目に答えたつもりだったが、少年はその瞬間、プッ!と吹き出し、そのまま腹を抱えて笑う。


そんなに面白い答えだったのだろうか……?


少々心配になってオロオロしてしまったのだが、少年は私の方へ近づいてきてニコッと笑った。


「 その視点は考えつかなかった。

俺は ” 許す ” とは ” 悪 ” を増長する行為だと思っているから。

その考えは、きっとこれからも変わらない。

でも……その考えも面白いと思った。


俺はヨセフ。

いつもここで本を読んでいるから、またこうしてお話してくれないか? 」


その少年の名はヨセフと言って、酷い虐待によってここに緊急保護された子供であった。

詐欺や暴力沙汰などをさんざん起こしていたヨセフの両親は共に下民で、日々の鬱憤を晴らすため、ヨセフに生命の危機を感じる程の暴力を与えて育ててきたそうだ。


だからだろうか?


ヨセフは ” 悪 ” に対して尋常ではない程の憎しみを抱いている様で、施設内で悪い事をしようとする輩をやりすぎなくらい完膚なきまでに叩き潰す。

私は自分には決してないその強さに憧れを持ち、いつしかヨセフは私にとっての理想の人物となっていた。

そしてそう思っていたのは私だけではなく、ヨセフの外見や頭の良さ、立ち回りの上手さは沢山の子供たちを魅了し、惹き付ける。


きっと人の上に立つ人は、こういった人なのかな……?


そのカリスマ性に嫉妬する意味を見いだせぬ程、ヨセフは完璧な人。


そして、そんな凄い人が自分なんかと一緒に本を読み、議論してくれる事は、密かな優越と喜びを与えてくれた。


ヨセフから見る世界は、私から見る世界と全く異なる形をしていて、だからこそお互い読んだ本について、別の視点から議論する事は本当に楽しい。


ただ……私達はお互いの心の奥に触れるような話題は決して出さなかった。


ヨセフの心の中にも大きな大きな穴が空いている事に気づいていたから。

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