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第三十五章

1117 現実がやってきた

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( マービン )


” ゴミってあっという間に増えてしまうから……たまには大掃除が必要よね。 ”


それを思い出した瞬間────俺は全ての思考をシャットアウトした。


違う、違う、違う。

いくらなんでもそこまでは……。


だって母は……母は……?



なぜか反射的に俺の脳は、母との優しい思い出を思いだそうとした。


しかし……何も思い出せない。


俺の脳裏に浮かぶのは世界を罵り、呪詛を吐きかける母の姿だけ。


俺は中身だけでなく思い出も空っぽだったらしい。


その事実に愕然とし青ざめてしまった俺を見てグリムとスワンは、慌てて別の話題を振り、表面上はいつもどおりのランチを終えた。



それから俺のした事は、結局は ” 何もしない ”

つまり現実逃避で、何も考えない、何も思い出さないを徹底する。


母がどんなにひどい人でも、俺の事を道具としか見ていなくても、俺を ” 見て ” くれなくても、俺にとってはたった一人の……この世界に空っぽな俺を存在させてくれる唯一の人だったから。


俺がここに存在し続けるには、母が必要だった。


自分の価値観、正義、感情……その全てが母を土台とした上に形成されていたから、その土台が消えてしまえば、空っぽの俺はどうすればいいのか分からない。

それが完全に消えれば、きっと俺も一緒に消えてしまうに違いない。


その事が怖くて怖くて、俺は逃げた。


だけど、それでは駄目だという事は分かっていて、だからこそどうにかしてほしくて、救いを求める様に、より一層派手にリーフ様に怒られにいく。


そしてその日もリーフ様を探してウロウロと学院ないを歩き回っていると、あの合同練習の時に ” 裸になれ! ” と脅した女が前から歩いてくるのが見え、ドキッとした。


きっと俺の事をこの女は恨んでいるはずだ。

謝ってないし……。

でも貴族として平民に謝るなど絶対に許されないし……きっとこのまま俺は永遠にこの女に恨まれるんだ。


憎しみがこもった目を想像し、何となく嫌な気持ちになっていたのだが……予想は全く外れ、女はケロッとした様子で、俺に軽く頭を下げた。


「 リーフ様なら、今ルーン先生の所だと思います~。 」


それだけ言ってご機嫌で去ろうとした女を、俺は「 ────おいっ!! 」と呼び止める。

すると不思議そうな顔で振り向いた女に対し、俺はべらべらと早口で喋った。


「 この間の……あれは……その……まぁ、貴族たる俺に全くもって非はないのだが……うん、そうだ。その通り。

なんだが……ただ……ほんの少しだけ……蟻の子一匹分くらいは……もしかしてやり過ぎたかも……と思う事があるかもしれないな。 」


何を言っているんだ……。

自分でも呆れるくらい何だか分からない事を言ってしまい、ついムッ!としてしまったが、後ろに控えていたグリムとスワンはびっくりした顔をしているし、女も目を僅かに見開き驚いている様だ。

そしてその直後、女は口元を抑えて小さく震えながら答えた。


「 いえいえ~。どうかお気になさらずに。

結局裸を見せていただいたのは私の方でしたから!

それにそのお陰で神様に出会う事ができたので、寧ろ感謝しております!

本当にありがとうございました────!! 」


引くほどの大声で興奮しながらお礼を告げてきた女は、そのままスキップしながら行ってしまった。



神様……。

神様か……。



その直後、ペタペタ歩くリーフ様を見つけて通せんぼ。

そのままゲンコツを食らった俺は、女が言ったその言葉をボンヤリと考えた。



神様は平凡な顔をしている。

神様は強い。

神様は怒ると怖い。

神様の説教はキツイ。

神様のお尻叩きは、肉体も精神も大きなダメージを与えてくる。



教会で教わった、美しく慈悲深いイシュル神とは似ても似つかないその姿と行動に、俺は鼻で笑い、その事を否定しておいた。


そうして現実から目を逸らし続け、表面上は平和な学院生活が過ぎていったが、とうとうその現実が俺達に牙を剥く日がやってくる。


ランチ中に突如上がった緊急伝煙。

それを見上げながら、俺はとうとうこの日が来たかと顔から血の気が引いていった。



” 母が……そしてその元凶とも言える何者かが行動を開始した! ”


グリムとスワンの方を見れば、俺同様顔色が悪く、何が起こるのかは分からないが、自分の両親達が何か恐ろしい事を起こしたのだととっくに察しているようであった。


俺達三人が無言で座っていると、直ぐに魔導馬車がやってきて俺達の名を呼んだので、現実から目を背け続けた俺達は言われるがまま、その馬車に乗り込んだ。



「 …………。 」


「 …………。 」


「 …………。 」


順調に進んでいく魔導馬車……その中で痛いくらいの沈黙が降りる。


目の前の座席に座っているグリムとスワンへ視線を向けると、ガタガタと小さく身体を震わせ、それを必死に抑えている様子だった。


” 両親がとんでもない事に関わっている。 ”


” それどころかその共犯者かもしれない。 ”


その事が俺達の心に重くのしかかり、知っていたのに何もできなかった自分に対して嫌悪感と罪悪感も湧いてくる。


それに俺の母に至っては恐らくだが、主犯の一人である可能性が……いや、絶対に主犯の一人であると確信を持ってしまい、更に俺の心はズンズンと暗く沈んでいった。


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