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第二十九章

988 未来は……

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( ヨセフ )

それから私とグレスターの未知は完全に別れてしまい、彼はありとあらゆる手で私を遠ざけるようになった。

私は何とかジェニファーだけは助けたと思い接点を作ろうとしても、当の本人であるジェニファーがグレスターから離れるのを拒む。

ジェニファーは幼いながらに全てを理解していたのだ。

父が悲しみのどん底にいる事、自分だけが父をこの世界に留める事ができる唯一の存在である事を。

そしてジェニファー本人も母を亡くし例え歪んだ形であろうとも父の愛を欲していたため、その大きく歪んだ関係性はどんどんと完成していった。


今、この二人を無理にでも引き離せば、グレスターは死にジェニファーは壊れる。

それが分かっていた私は酷く悩んだ。


そして結局私が選んだ答えは ” 時が経つのを待つ ” 事であった。


大きく傷ついてしまった心の修復には時間が必要だ。

それが仮初の幸せの場所だとしても、それが二人にとっては必要なモノなら私にできる事は、せいぜいグレスターが戻って来るまで足を踏み外さない様見張る事だけだった。

人としての境界線を踏み外せば、後でどんなに後悔しようが沢山の人達の呪いの鎖によってもう二度と戻れない。

だからこそ私はグレスターが大司教、そして私が司教になった今、こうして彼と対峙する形でこの地位を維持してきたのだが────……


「 君はとうとう越えてしまったんだね。人としての境界線を……。 」


真っ黒に染まったままの黒い空を見上げポツリと呟くと、近くで治療を続けていたレンジュが気付いた様だが、直ぐに気づかぬ振りをしてそのまま現在治療中の患者へ意識を戻した。


グレスターは亡きカトリーナの身代わりと言えるジェニファーのためにありとあらゆるプレゼントを贈り続け、とうとう人の道を外してでもそれを続ける事を選んだ。

そしてジェニファーもそんな父のためにとその背中を追いかけていく。


それを見た私は ” 必死に伸ばし続けてきた手を下げてしまおうか ” 

そう思った。




しかしーーー……!!


私は下げかけていた手を今度はグッと強く握りしめた。


心の扉が閉まりきってしまう直前、ジェニファーがそこから飛び出し、初めて父が向かおうとする道から外れ、己の信じる道へと大きく進みだしたのだ。


こんな事ってあるのか?!

まさに奇跡とも言えるギリギリのタイミングでジェニファーは、父と決別してここで戦う事を選んだ。

これがどれほど凄い事か……!


” 神様のいるココが一番安全なところ ”


ジェニファーが言った神様こそが彼女の背中を押した人物。

その人物こそソフィア様やアゼリア、更には他の貴族の子供たちまで全員の ” 本当 ” を引きずり出してしまった張本人だ。


《 街中東広場、ライトノア学院生Cランクモンスターゴブリンキング撃破!! 》


《 ライトノア学院生、街中西広場、Bランクモンスタージェット・イーグルと戦闘中!

────撃破!! 》


続々と届く貴族の子供たちの戦闘情報は、紛れもなく彼ら自身が選んだ ” 答え ” だ。

さらに────



《 は──ッはっはっ!!

我が名は辺境伯ライロンド家の次期当主マービン・ゲイズ・ライロンド!!

この俺の指示の元、グリモアの街に発生したモンスターは全て崇高なる貴族の仲間たちが倒す!!

感謝しろ!!下層民達よ!! 》


やたらテンションが高く鳴り響いたその声に、その場にいる人々は汗を一筋垂らす。


” 辺境伯ライロンド家 ”


メルンブルク家と共にエドワード派閥を支える、実質ナンバー2。


長男のマクベルはメルンブルク家の長男グリードと同年代であったため、専属騎士になる事が決定し、ライロンド家の跡取りは次男のマービンに。

そんなマービンはライトノア学院に入学する前から、その傍若無人っぷりに要注意人物となっていた人物であった。

学院内では他の貴族の子供たちのリーダーとして君臨し、その高い実力からも中々手出しができない相手だったはずだったが……ある時期から急に大人しくなり不思議に思った私は、ソフィア様にその事について尋ねてみた。


” 学院で何かあったのですか? ”


” ……私の口からはちょっと…… ”


ニッコリ笑いながら答えを濁すソフィア様。

仕方がないのでアゼリアに聞いてみても凶悪な笑みを浮かべて笑うだけ。

そのせいでわからずじまいだったが、続くマービンの言葉で何が原因かやっと理解できた。


《 いいか?とにかく各所死ぬ気で持ち場を守り抜けよ!

そうでなければ……俺がリーフ様にお尻を叩かれるんだからな! 》


《 《 そーだ!そーだ! 》 》


必死な様子でそう叫ぶマービンと、それを肯定する、恐らく取り巻きらしき子供二人の声。


一体救世主様と呼ばれる少年はどこまで人々を引き連れて行ってしまうのだろう。

その先に一体何があるのか、私如きでは到底予想もできない!


思わずフフフッ!と笑ってしまうと、レンジュが物凄く嫌そうな顔で私を見てきたが、どうにもこの久しぶりの気分の良さは隠せずニコニコと笑ってしまった。


「 ……気持ち悪いです。ヨセフ司教。

皆の集中力が落ちるので、今直ぐその気持ち悪い笑顔を引っ込めて下さい。 」


「 ムフッフッフ~!ごめんね~でも何か止まんないんですよ、これ。

どうにも嬉しすぎてね! 」


嫌がられても困った事に笑いは収まってくれなくて、私はクスクスと笑いながら懸命に怪我人の治療をしているジェニファーやリーン、ナッツ、そして他の沢山の貴族の子供たちを見渡す。


「 若者たちがこんな必死に人を救おうとしている姿を見ると、この国の未来は明るいなって思えるんだ。

子供は未来そのものだから。

国を変えるのも滅ぼすのも選ぶのは全て若者たちだよ。

私達の様な熟年者は過去の過ちを伝えるため、古きを守りそれを託して未来の礎となる。

これはお役目御免になる日は近いですねぇ~。 」


「 何を老後の話をしているんですか……ヨセフ司教にはまだまだ馬車馬の様に働いてもらわなければ困りますよ。

人生を終えるまでお互いまだまだ何十年と先なんですから。 」


先程まで人生の終わりを受け入れていたレンジュがこの先の未来を諦めない決意をした事にまたニンマリと笑いながら、私は教会の裏手の庭園の方へ視線を向けた。


「 ふ~む。老後の話は確かに早かったようですねぇ。

……それでは、未来ある若者達のためにもう少し頑張りますか。


────ではレンジュ。私は少しだけ席を外しますので、この場はお任せしましたよ。 」


レンジュはニコニコと嬉しそうに笑う私の顔を見てため息をついた後、直ぐに私と同じく庭園の方へ視線を向けた後、フッと笑う。


「 承知いたしました。

いってらっしゃいませ。 」


素っ気なくそう言うと、レンジュはまた治療に専念し始めた。

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