上 下
1,001 / 1,370
第二十九章

986 運命は残酷で

しおりを挟む
( ヨセフ )

グレスターにとっても大切な人であったセイの死は、どうやら単純な悲しみの他にもカトリーナやジェニファーとの永遠の別れを想像させてしまったらしく、今の今までずっと苦しんでいた様だった。

元は同じ穴を抱えていた私には、グレスターの気持ちは痛い程分かる。


今の自分が幸せであればあるほど不安は募り、特に私達の様に歪な心を持っている者ほどやっと手に入れた幸せに酷く怯えてしまうのだ。


私はかつて自身が感じていたモノと同じ苦しみを抱えるグレスターを見て、セイと過ごした数々の思い出達を振り返った。


それを完全に払うには、確固たる ” 居場所 ” とそこで過ごす沢山の時間が必要だ。


「 グレスター、悩む心にとって万能な治療薬があるんだが、それが何か知っているか? 」


「 ……?なんだろうか……。

その悩みの原因を解決する的確な解決法ではないか? 」


予想通りの答えに私はチッチッと指を振る。


「 まぁ、だいたいの人はそれが正しいと答えるだろうな。

だが、私は少し違うと思うんだ。

そもそも悩みとは心が疲弊している状態に多く起きるモノだろう?

例えるなら悩みとは風邪を引いた時の咳みたいなモノだ。

どんなに咳だけを止めようとしても、根本の原因である風邪が良くならなければすぐにまた新たに咳が、更に熱、鼻水と他の良くない症状まで起こし始める。 」


「 なるほど…?確かにそうかもしれないな。

一つ悩みが解決しても、元の心に問題があれば直ぐに次の新たな悩みに苛まれる。 」


グレスターは真面目に考えながらそう答えたので、私はニヤリと笑って言った。


「 その通り。

そしてそんな心を回復させる万能薬、それは『 時間 』だ。

自分の安心できる居場所で過ごすその『 時間 』こそが何よりの万能薬なんだよ。


ただし、心の回復は体の回復の何十倍……いや、何百倍かもしれないな。

とにかく時間が凄くかかるんだ。

壊すのは一瞬だと言うのに、本当に心は複雑で繊細なものだとつくづく思うよ。

つまり私が言いたい事は──── 」


不思議そうな顔で私を見つめてくるグレスターの肩をポンポンと軽く叩く。


「 君には『 時間 』が必要だと言う事だ。

カトリーナとジェニファーがいる幸せの居場所で過ごす『 時間 』が。 」


そう言ってやると、グレスターはボロボロと泣き出し「 ヨセフ……ごめん…ごめん…… 」と何度も謝罪してきた。

「 気にするな。 」

私はそれだけグレスターに伝えると、そのままソッ……とその場を後にした。



それからグレスターの薄暗い表情はゆっくりと消えていき、仕事の合間を見つけて会いにいけば、順調に己の心を修復していっている様に見えた。

これからきっとグレスターの胸に空いた穴は埋まっていき、いつしかその上には美しい花が咲き乱れる楽園の様な場所になるだろうと、私は確信していたのだ。


しかし────……


運命とはとても気まぐれで残酷で……グレスターの心を完膚なきまでに叩き壊す出来事が彼に襲いかかる。


ある日、カトリーナは自身の欲しかった宝石が隣町に入荷したと聞きつけ、いつもの様に早速馬車に飛び乗ろうとしたのだそうだ。

しかしその日は生憎天候に恵まれておらず、土砂降りの雨。

「 明日にしたらどうか? 」

心配になったグレスターはそう提案したそうだが……カトリーナは例え火の中水の中、とにかく欲しいもののためならば何処へだろうと直ぐに駆けつけなければいられない性格であったため、押し切られたグレスターは最終的にそのまま見送った。

それから少し経った頃────

家で当時三歳を過ぎたくらいのジェニファーと家でゆったりしていた時、突然緊急の連絡が入る。


” カトリーナの乗っていた馬車が竜巻に巻き込まれ、木っ端微塵になった。 ”


どうやら大雨の影響か、激しい風と共にそのまま巨大な竜巻が突如発生し、その道を通っていた馬車はほぼ全滅状態になってしまったのだという。

その馬車の中にカトリーナが乗っていた馬車もあったのだ。


その後家に帰宅した五体満足ではないカトリーナの亡骸を前に、グレスターはただ呆然としていた。

周りの声や私の声は勿論、自身の娘であるジェニファーの声さえ全く聞こえない様子で……


カトリーナは誰よりも自由に生き、まさに電光石火と言える人生を生きた。


周りの者達は誰もがその早すぎる死に嘆き悲しんだが、最後は ” 実に彼女らしい最後だった ” とその死を受け入れていく。

しかしグレスターにとってそれは到底受け入れられるモノではなく、それを証明する様に、グレスターは葬儀の後、目を話した隙に自死を試みた。


ナイフを一気に喉に突き立てる。

誰が見ても致命傷の傷を自らつけたグレスター。


しかし……彼の開花していた能力は高い自己再生能力を持っていたため、痛くても苦しくても死ぬことは叶わない。

それでも何度も何度もグレスターは自らを殺そうと試みて、その全てに失敗し続けた。


しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト

しゃもじ
BL
貴族の間で婚約破棄が流行し、歪みに歪んだサンドレア王国。 悪役令嬢のもとに従者として転生した主人公・グレイの目的は、前世で成し遂げられなかったゲームクリア=大陸統治をし、敬愛するメルロロッティ嬢の幸せを成就すること。 前世の記憶『予知』のもと、目的達成するためにグレイは奔走するが、メルロロッティ嬢の婚約破棄後少しずつ歴史は歪曲し、グレイの予知からズレはじめる… 婚約破棄に悪役令嬢、股が緩めの転生主人公、やんわりBがLしてる。 そんな物語です。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?

麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。

悪役令息の死ぬ前に

やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

処理中です...