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第二十九章

984 ありがとう

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( ヨセフ )

それからグレスターとカトリーナは異例とも言えるスピードで結婚し、沢山の祝福とともに人生を共に歩み始めた。

カトリーナは最初の宣言通り、欲しいモノがあれば何処へだろうがすっ飛んで行き、それを手にしてはグレスターにそれまでの苦労話を報告する。

その話達は小説を読むより奇想天外のモノが多いらしく、グレスターは毎回それを聞くのを楽しみにしていた様だ。


「 人から受け取る ” ありがとう ” が以前とは違う入り方をするんだ 」


グレスターはカトリーナと結婚後も変わらず精力的に貧しきを助け、慈善事業にも積極的に参加していたが、確かに変わった自分の心について不思議そうにそう言った。


カトリーナこそがグレスターの ” 帰る場所 ” になり、反対にカトリーナにとってもグレスターのところが ” 帰る場所 ” になった。

そしてその手に入れたその場所は、周りから差し出されるモノを素直に受け取れる心を作り出してくれる。


グレスターはその心を自分なりのペースで少しづつ作り出しているようだった。


そうしてしばしの時が経ち、私の子供がもうすぐ成人を迎える頃────

とうとうその場所でグレスター達の愛の証、子供が生まれた。


それがジェニファーだ。


グレスターはこうして生まれて初めての ” 家族 ” という場所を新たに手にしたのだった。



私とセイはその後もグレスター達と、色々なイベントに行ったりお互いの家に遊びに行ったりと変わらぬ交流を重ね、順調な良い関係性を作り続けていった。


ありふれた幸せ。

” 愛 ” に満たされた楽園の様な居場所。


そんな穏やかで静かな日々を過ごしたのだが────ある日の事。

セイが病に倒れてしまい、それに大きな亀裂が入った。


回復魔法で病気は治せない。

だからセイが患った病気は治す事ができず、ただ死を待つしかできなかった。


私は半狂乱でその治療法を探し、グレスターやカトリーナも同様に必死にそれを探しては様々なモノを持ってきてくれたが、それは何一つ効果はなく、私達は────……


とうとう最後の日を迎える事になる。



セイは体をベッドに預けながら、その日は割と調子が良さそうでペラペラとお喋りを始めた。

私はいつもの様にセイの手を握り、その楽しそうな様子を眺めていると、一旦話を切ったセイが唐突に目を閉じる。


寝てしまったのだろうか?


そう思ったが、ちゃんと起きていた様で、突然「 ありがとう。 」とお礼を告げてきた。

思わずキョトンとしてセイを見返すと、セイはクスクスと楽しそうに笑う。


「 幸せだったな~私の人生。

これは全部ヨセフのお陰だよ。だからお礼を言いたくなったんだ。 」


「 急にどうしたの?

それは俺のセリフだよ、セイ。

こちらこそありがとう。 」


突然の ” ありがとう ” に驚いたが、お礼を告げたいのはいつも私の方。

だからセイにそう返し、体調を心配して一度寝る事をオススメしたのだが、セイは調子がいいからとそのまま話を続けた。


「 私はね、実は自分の名前がとても好きなんだ。

” セイ ” って生きているって意味だろう?

その名前だけで自分は生きていてもいいんだって言われている様な気がして……小さい頃はそれが心の支えだったんだよ。


あぁ……寂しかったな~……。

私はその寂しさを埋めたくて人に感謝されたかったんだろうね。

ヨセフに初めて会った時だって、そういった邪な気持ちがあったんだと思う。


幻滅したかい? 」


私はフッと笑いながら ” そんな事はありえないよ ” と言うように、セイの前髪を優しく掻き分け、ゆっくり首を振った。

するとセイは、ほっと安心した様に息を吐く。


「 そうか……。


……私はこの通り何の取り柄もないおじさんで、持って生まれた才能だって殆ど活かせなかった。

だから出世だってできなかったし……そもそも君と違って人の上に立つ器じゃない。

ヨセフにはずっと世の中は ” 平等 ” だと言っていたけど、誰よりも不平等だと思っていたのは自分だったんだ。 」


「 ……そっか。 」


セイの初めて聞く本音に多少驚きつつも、その本音がセイの一部なら私はそれも愛おしいと思った。

セイが苦しみながら出した ” 平等 ” は私の救いになった、その事実は一生変わらない。

セイの手を優しく擦って、そんな自分の気持ちを伝えるとセイは困った様に笑った。


「 でもやっぱり世の中は平等なんだって思う事ができたんだ。


ヨセフ、君と出会って。


だって君といると毎日が幸せで幸せで……

” あぁ、私の今までの寂しい人生は、この幸せを感じるためにあったんだ ” って思った。

だって私が恵まれた環境にいたらこんな幸せは感じる事ができなかったと思うんだよ。

きっと贅沢に身を任せてブクブク太って、身も心も醜くなっていたに違いない。 」


セイはそんな自分を想像したのか、うう~ん……と難しい顔をして唸る。

それに小さく吹き出しながら「 太ったセイも凄く可愛いと思う。 」と伝えると、セイは目をまん丸に見開いた。


「 それが可愛いとは……愛は本当に凄いね。 」

「 そうだよ。

だから俺達を捨てた両親達や、自分に向けられる愛を受け取れず酷い扱いしかできない奴らは本当に不幸な奴らだよ。

そんな幸せを一生感じられずにその命を終えるんだから。

世の中は本当に ” 平等 ” にできているね。 」


そう言うとセイは楽しそうに声を上げて笑った。


「 その通りだ!

愛は世界で一番キラキラしていてとても美しいモノで……そして一番価値あるモノだった。

だからそれを手にできた私は世界一のラッキーマンだ。

しかもその証である子供まで手に入れてしまったんだから、私の人生はとても価値ある幸せなモノだったと言えるだろう! 」


「 そうだね。────でも、世界一のラッキーマンの名は譲れないな。

俺だってセイと出会わなかったら愛がキラキラして美しいモノだったなんて思えなかったから。

きっとどこまでも続く暗い暗い穴の中、永遠に世を恨む呪詛を吐いていただろうね。

それがたった一人の人間と出会っただけで、今まで恨んできたもの全てに感謝までしてしまうんだから……本当に愛というモノはつくづく凄いモノなんだと思うよ。


愛してるよ、セイ。 」


突然伝えられた愛の言葉にセイは真っ赤になりながらも「 私も愛しているよ、ヨセフ。 」と返してくれて、その後幸せそうに微笑み私をジッと見つめる。


そして少しの時間見つめ合っていると不意にセイが私に「 我が儘を言っていいかい? 」と言ってきた。

「 勿論。 」

セイの我が儘なら何でも聞きたい

昔から変わらぬ想いでそう答えると、セイは嬉しそうに笑う。


「 今日は眠りにつくまで私の名を呼んでいてくれないか? 」


我が儘というにはあまりに小さすぎる願い事に、私はクスリと笑い「 いいよ。 」と答えた。


” セイ ” 

生きるという意味を持ったその名は、セイが母親から貰った唯一の ” 愛 ” だった。

それを愛する人に呼んで貰う事はセイにとって、最も愛に溢れた幸せな事だったのだ。


私はセイの手、顔、体、髪……

愛した人の全てに優しく触れながら、セイが眠ってしまうまで何度も何度もその名を呼び続ける。


すると、やがてセイは幸せそうに微笑みながら眠りにつき…………その目は二度と開く事はなかった。

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