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第二十九章

977 出会い

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( ヨセフ )

その人物の名前は< セイ >

私がその当時務めていた教会に神官長として赴任してきた男であった。


私より一回り以上年上の30歳。

平民に最も多い茶色い髪に緑の瞳、中世中肉の標準体型……より少々頼りない体格。

小さくて細いメガネだけが特徴の、馬鹿みたいに笑っているだけのただのおじさんであった< セイ >


そんなどうでもいいおじさんになど一切興味がなかった私は、当たり障りのない対応を心していたが、セイの方はというと────

下手をしたら息子程の年の私をどうも放っておけなかった様で、やれ新しいお茶が入ったから一緒に飲もうだの、面白いモノを見つけたから一緒に見てみようだの、何かにつけて私を構い出した。


それに対し毎回迷惑そうに避けていたのだが、セイはへこたれない。


それにだんだんと私はイライラしてきて、あからさまに無視したり、酷い時には「 うるさい!!消えろ!! 」と上司にも関わらず怒鳴り散らしたりもした。


しかしセイはそれに対し「 嫌で~す。 」とおちゃらけて返しては、変わらず私に構いにくる始末……

それに私は根負けし、セイが側にいるのが ” 普通 ” となった頃、今度は自分の中にある正体不明の理由なきイライラや発散できない感情の全てをセイにぶつける様になった。


今にして思えば、多分これは本来は親にぶつけるべき思春期特有の感情の爆発で、それを親でも何でもないセイに私はぶつけていたのだ。

それは無意識にセイを甘えていい場所だと認識したからだと思う。



” 流石にこれを言ったら私を見限るんじゃないか? ”

” これくらいなら大丈夫か……? ”

” それとも怒って今度こそ俺の事を嫌いになるかも…… ”


そんな不安や恐怖は常に頭の隅にあったが、それを吐き出す事は止められない。


親でもないのにセイはそのはけ口にされ続け、多分嫌だったと思うが……いつもニコニコと笑いながら、その全てを受け入れ、側に居続けてくれた。


そんなある日の事、何が発端だったは忘れたが、その日も当然の様に隣にいるセイに対し──── 

” 全ての者は平等である ” 

そんな教会の理念に対し、私は噛みつきだした。


「 右を見ても左を見ても ” 平等 ” など存在しないじゃないか。

この世界は ” 不平等 ” で、俺みたいな人間には絶望しかない。

こんな世界で生きていく事は最大の不幸だ。 」


鼻で笑いながらそう言い放つ私の隣で、セイは一瞬、う~む……と考え込み、突然ポケットから自作のチビリンゴクッキーを取り出し、私の口に放り込む。


サクサクの歯ごたえとチビリンゴの甘酸っぱさ。

それが口いっぱいに広がり、その美味しさに私の表情はホワッと緩む。


チビリンゴクッキーは平民の間では大人気のおやつの一つで、私もセイもこのチビリンゴクッキーが大好きだった。

そのままサクサクと黙ってその味を堪能する私の顔を見て、セイは嬉しそうに笑う。


「 ヨセフはこれが大好きだよね。

私もこれが大好きで毎日のおやつの時間が楽しみで楽しみで仕方がない。


____でもコレ、貴族の人達は不味いって言って食べないんです。 」


セイはヤレヤレとため息をつきながら、もう一つチビリンゴクッキーをポケットから取り出し、私の口にポイッと投げ入れ、自分ももう一つ食べると、私達は同時にその美味しさに震えた。


「 こ~んなに美味しいのに ” 平民が食べる様なモノは食べたくない ” と言って食べたことがない貴族だっているんですよ。

それってものすご~く不幸せな事だと思いませんか? 」


セイが言っている事を認めるのは悔しかったが、その通りだと思った私はコクリと頷く。

するとセイは満足そうに同じく頷いた。


「 でしょでしょ~!

つまりね、” 贅沢を知る ” という事は幸せな事かもしれませんが、その代償に今まで感じる事ができていた小さな幸せを少しずつ感じる事ができなくなっていきます。

心というものは快楽に非常に弱い。

相当強き心を持っていなければ、手に入れてしまった贅沢によって心は破壊され続ける。

要は普通の人達が100の幸せを感じる事も、彼らには1にも感じる事ができなくなると言う事です。 」


「 …………。 」


考えた事もなかった視点で世界が語られ、私がそのまま黙って話の続きを待っていると、セイは困った様に眉を下げ話を続ける。


「 何をやっても幸せを感じられなくなってくると、破壊された心が起こす次の行動は ” 他人の幸せ ” の邪魔をする事です。

自分では感じられない幸せを人を不幸にすることで得ようとするんでしょうね。

常に周りに嫉妬し怒りを抱えて生きていくのは、本当に辛いですよ。

満足できぬ心を感じながら贅沢な生活を送るのと、小さな幸せに大きな幸せを感じながら質素でも穏やかな生活を送るのは……

果たしてどっちが幸せな人生だと言えるのでしょうね。


まぁ、どちらも人生の幸福度は ” 平等 ” なのかもしれません。

結局私が選んだ ” 平等 ” からみれば、人生とは様々な視点から見た総合値で判断すべきモノだと思っているので。 」


セイはそう言って、また一枚のチビリンゴクッキーをポケットから取り出すと、俺の口へ放り込み、自分の口にも入れて幸せそうに微笑んだ。


俺はと言うと、口の中一杯に広がる美味しさに幸せを感じながらも、セイが言いたい事を何となく認めたくなくて……ゴクンとその小さな幸せを飲み込み、セイを睨みつける。

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