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第十六章

601 ” 幸せ ” に・・

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( ジェニファー )



「 ジェニファー様、お父様であるグレスター卿から本日の贈り物が届けられております。 」


ズラリと横並びに並んで頭を下げている侍女達。


その中の侍女長を努めている白髪交じりの女性がジュエリートレーを差し出し、その上に乗せられているバラの形を模したルビーとダイヤモンドのブローチを私に見せてきた。


キラキラ光り輝く見事なブローチに、顔を上げた侍女たちは全員、ほぅ・・と息を吐く。


最高ランクの宝石にデザインも細部まで拘って作られていて、素人目でも分かるくらい高名な職人の手によって作られたであろう事は一目で分かった。



「 ・・キレイね。そこに置いて頂戴。 」


私はソファーの上に深く座り込んだ状態で、気だるげに前のテーブルの上を指さす。

今座るソファーも指を差した先にあるテーブルもそのバラのブローチに劣らないほど上質なもので、静かに置かれたそのブローチはまるで最初からそこに置いてあったものの様にも見えるほど違和感がない。


勿論それだけではない。


この部屋、そして邸にある全ての物は選びぬかれた最高級品で、まさに富を象徴したかのような世界感を持ったーー



私の ” 幸せ ” のお城。



そして今日もまた新たな ” 幸せ ” が私のお城にやってきた。


私はその ” 幸せ ” をソッと掴み、上にゆっくり持ち上げて繁々と見つめる。


真っ赤なルビーに沢山散りばめられているダイヤモンドが、まるで朝露に濡れたバラの様で光りが各方面から入り込んではキラキラと輝いている。



「 本当に素敵なブローチ・・。

早速今日のお茶会に着けていくことにするわ。 」



「 素敵ですわ~。 」

「 まるでジェニファー様のためにあるようなブローチですわね。 」 

「 毎日この様な贈り物を贈って下さるなんてなんとお優しくて素晴らしいお父様なんでしょう。 」


口々にそう褒め称える侍女たちに対しフフッと幸せそうな笑顔を見せた後、私はお茶会の時間まで休む旨を伝え全員を下がらせる。


そして扉がパタンッ・・と閉まった瞬間ーーー私の顔から表情は全て消え失せた。



「 ” 大司教の娘が贅沢三昧なんてなんて賤しい。 ”

” 聖職者なら質素に暮らすべきだろう ”

” 華やかなのは装飾品だけの欲深令嬢 ”


ーーーでしょ?


あなた達が言いたい事は。 」




私は侍女達が消えた扉に向かってボソッと呟くと、静かになった部屋の中で後ろに飾られている大きな一枚の肖像画へと視線を移す。


真っ赤で派手なデザインのドレスにこれでもかと宝石や金を使ったアクセサリーで身を飾る私にそっくりな外見を持つ女性。


これが私の母親ーーー< カトリーナ・レイ・レイシェス >だそうだ。


私が小さい頃に死んでしまったためハッキリと覚えていないが・・


おぼろげな記憶と共に、不敵に笑う ” 母 ” の絵姿をただ静かに見つめた。



私は全世界で大きな ” 力 ” を持っているイシュル教会の大司教< グレスター >の一人娘

< ジェニファー・ドン・レイシェス >



家族は父とこの肖像画の中の母だけ。


父は母をそれこそ己の全てというほど愛していたそうで、母が亡くなってしまった後はずっと後追い自殺を図っていたそうだ。

その時の事はぼんやりとだが覚えていて、じわりとした正体不明の恐怖として心の奥底にこびり付いている。

そして何度目かの ” 失敗 ” の後、母にそっくりであった私を見てとうとうそれを諦めたらしい。


それから父にどんな心境の変化が訪れたのかは知らないが、私を幸せにするためとがむしゃらに働き続け、 ” お金があればあるだけジェニファーは幸せになる ” と口癖の様に言うようになった。


そして滅多に帰ってこない父は、毎日毎日私を ” 幸せ ” にするため沢山の贈り物をしてくれて、添えられた手紙にはーー


” 喜んでくれたか? ”

” 元気にしているか? ”

” 辛い事は?欲しい物はないか? ”


ーーと私を気遣う沢山の言葉が書かれている。




そこには確かに父の私に対する ” 愛 ” があった。

父からの贈り物は父の ” 愛 ” を形にしたものなのだ。



だから私はどんなに欲深い女、賤しい女、と言われようとも父から貰った ” 愛 ” を身につける。


そうすれば私は ” 幸せ ” 

そしてそれだけが私ができる父を ” 幸せ ” にできる方法であり、唯一の父との繋がりだから。



「 ・・・・。 」


父の事を想いながらぼんやりと肖像画を見上げているとーーー



コンコン・・



扉から控えめなノックの音が聞こえ入室を許可すると、正装したクラークが部屋の中へと入って来てお辞儀をする。



「 ジェニファー様。そろそろお支度をお願いいたします。 」


そう言われ、私は ” 母 ” の肖像画とそっくりの不敵な笑みを浮かべながら「 侍女達をお呼びなさい。 」と偉そうな物言いで命じると、クラークは嫌な表情一つ浮かべず外に待機している侍女達を呼びつけた。



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