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第四章

161 アントンの悪寒

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( アントン )


食堂近くに立っている食材の解体用の小屋にて、明日使う肉を切り分けていると突如背中に悪寒が走った。


そして至るところで発生する魔力反応を感じながら、あー・・と大体の状況を察っする。


俺は侵入してきたであろう傭兵たちに心底同情しながら、自身の担当する場所の近くで魔力反応を感知し、は~~とため息を尽きながらそこへ向かった。


場所は裏手の方向にある森の中、10名程が身体強化をかけ何者かから逃げるように全力で掛けてくるのを確認しとりあえず裏門の前で待つ。


そして姿を表した傭兵たちに向かって俺は声を掛けた。



「 流石に訪ねてくるには時間が遅すぎでさぁ。

なんか用ならこのリーフ邸専属料理人のアントンが話をきこうか。 」


傭兵たちはあからさまにちっ!と舌打ちをし俺に怒鳴りつける。


「 うるせー!!いいからどけよ!!

料理人風情がっ!! 」


なぜそんなに焦っているのか?答えは簡単だ。


ここから直線上にはドノバン様がいる


恐らく誰かが足止めをしていて、コイツラはその間に依頼を達成しとっととずらかる、そういう作戦なのだろう。


バレバレすぎる作戦に俺はヤレヤレと短く息を吐くと、それに気づいた傭兵達はあからさまにイラッとした様子を見せ無言で武器を抜いた。



「 あ?料理人ごときがなに人のこと見下してんだ?

とりあえず両手を切り落としてドノバンの野郎が来た時の人質にしてやんよ。 」


「 そうかい。でもそいつは困りまさぁ。

これから直ぐに明日の料理の仕込みをするつもりだからな。 」



俺がそう答えると同時に、その傭兵の男は身体強化をかけまっすぐこちらに飛び込んできた。


そして迷うことなく手にもつ剣で俺の右手を切り落とそうとしたのだが・・・


俺はその剣先をパシッと軽く摘んで止めた。



「 は・・???? 」



パカリと口を大きく開けながら、間が抜けたような声を出すその男に、俺はもう一度ため息をつきながら、開いている手で腰にさす包丁を抜き、そのままその男の腕をスパンと切り落とした。


その瞬間、「 ぎゃああああーーーーー!!!!!! 」という悲鳴が上がり男は地面を転がりまわる。


一瞬で張り詰める空気に、その場の全員が武器を構えた。



「 なっ、お前ただの料理人のはずだろう!!?

一体何をしやがった!! 」


「 いや、するもなにも・・ただ包丁で斬っただけでさぁ。

こんな単純な攻撃もよけられないたぁ、お前らとんだ三流傭兵だな。 」


俺はスキルどころか身体強化すら使っていない。

つまりはその程度の実力しかこいつらには無いと言うことだ。



緊張が走った空気の中、俺は抑えている力を少しだけ開放してやると体の周りにゆらりと白い闘気のようなものが滲む。



傭兵たちはそれを察知し不思議そうな顔をしたが、その傭兵たちの中では最年長であろう一人の男だけは、ドバッと大量の汗を掻きガタガタと震えだした。


「 その白い闘気・・・っ!!

まさかお前っーーーー伝説の元Sランク傭兵、” オーガ落としのアントン ” かっ!!! 」


俺はそれを肯定する様にニヤッと笑った。





俺、アントンはこのリーフ邸の食卓を一気に預かっているリーフ様の専属料理人である。


生まれは小さな街の小さな食堂屋を経営する平民の家庭で、父は早くに亡くなっていたため母だけが俺の家族であった。


女一人で食堂を切り盛りするのは大変だったろうに、母は気丈にも女手一つで俺を育ててくれて、弱音1つも吐かず何不自由ない生活を俺に与えてくれた。


そんな母を助けたいと俺は物心ついた頃から母の店を手伝い、料理を覚え次第に料理人になることを夢見るようになる。


最初はただ母を助けたいと願って始めた料理であったが、自身の作った料理を食べて人々が笑顔になってくれることが、たまらなく嬉しいと感じる様になったからだ。


だからこのまま将来は、母と二人、二人三脚でこの店を繁盛させていきたいと、そう思っていたーーーーーが、そんなささやかな未来は、資質鑑定を受けた時に見事崩れ去ることになる。



俺の告げられた資質は< 闘戦士 >



闘気と呼ばれるオーラを身に纏い、圧倒的パワーで敵を倒すことのできる戦闘系中級資質であった。


めったにない中級資質、しかも戦闘系ということで周りは一気に祝福モードに。


そして傭兵や守備隊、冒険者パーティーからの勧誘がひっきりなしに訪問してくるようになり俺の周りは騒がしくなってしまった。


俺は料理人になりたいんだとその夢を語る度、周りの人達は口を揃えて言う。



” そんな素晴らしい戦いの才能があるのだからそれを生かすべき ”


” 料理なんかよりその才能で人の命を助けようとは思わないのか? ”



俺がどんなに望んでも、周りはそれを認めようとしてくれなかった。



俺は資質鑑定をしたことを後悔した。


それさえやらなければ・・とどんなに後悔しても一度判明してしまったものは永遠に俺の個人データーから消えることはない。



そんな周りの反応に頭を悩ませていたそんなある日、母が倒れた。


毎日高額な薬を飲まなければ死んでしまう病、勿論一般平民家庭では逆立ちをしたってそんなお金は出せない。


それを知った時、俺は夢を捨てた。


自身の夢より母の方がもっと大事だったからだ。


いつも笑顔で俺を育ててくれた大好きな母、今度は自分が母を助ける番だと決意し小学院卒業後すぐに高額な収入が見込める傭兵になった。


幸い体格にも恵まれていた俺は、傭兵として確かな実力をつけていき、更には率先して困っている人達を助けている内に異例のスピードでAランク傭兵まであがってしまっていた。


しかし戦う仕事自体は好きではなく何度も心が折れそうにはなったが、それでもこの仕事のお陰で母の命をつなぐ事ができ、更に助けた人々の ” ありがとう ” という言葉が俺の心を支えてくれていた。


そんなある日、小さな村にオーガの大群が押し寄せたと緊急の連絡が入る。



オーガはとても凶暴かつ残忍で、一度暴れれば小さな村など簡単に全滅してしまうBランクモンスター、しかもそれが複数体ともなると依頼レベルとしてはSランクを超える。




〈 オーガ 〉


体長5mほどの人型Bランクモンスター。

筋肉質な肉体と圧倒的なパワーを持ち、一撃で街が吹き飛んだ事もある。

物理、魔法攻撃に高い耐性をもち、状態異常耐性も持つため討伐は複数のパーティー推奨。




緊急討伐依頼がギルドから通達されたが、一体でも命がけのオーガ討伐、更にそれが複数体ともなると誰一人手を上げる者はいなかった。



” 貴族が一人も住んでいないような貧しい村では助けても旨味がないしこのまま見捨てよう ”  


” オーガは人肉を好物とするのでその村を襲ったあとは大人しく森に帰るだろう ” 


と、全員が解散してしまったが、俺は迷うこと無く直ぐにその村に向かって全力で駆けていった。


すると村は既にかなりの被害であったが全滅する前になんとか間に合い、襲われそうになっている子どもたちを助け、俺は直ぐにその子達やまだ生き残っている人達に避難を即すとオーガの大群に向かって一人飛び込んでいった。


そして見事全てのオーガを、しかも無傷で倒した事から ” オーガ落としのアントン ” という二つ名と共にS級傭兵の称号まで手にし、しばらくは傭兵として順風満帆な日々をすごしていたがそれとは反比例するように母の容態は少しづつ悪くなっていった。


俺は仕事の傍ら精一杯の時間を作ってはできる限りの時間を母と過ごし、俺なりの親孝行を沢山した。



その度に母はありがとうと言って笑顔を見せてくれたが・・・





ーーーーとうとう母の最後の日がきた。




俺も母もその日が最後になることは分かっていた。


だからこそ俺は笑顔を絶やさず今までの思い出を沢山沢山母に話した。


幼い頃に失敗した料理についてとか、上手くいかなかった食材の下ごしらえとか、傭兵になってから驚いた事とか、本当にどうでもいい話を。


そんな話をひとつひとつしっかりと聞いては母は嬉しそうに笑い、最後に言った。




” 今までありがとう、アントン。これからあなたはあなた自身の夢を追ってね ”




ーーそうして母は笑顔のままイシュル神の元へと旅立っていった。





しばらくはぼんやりとしてしまい意識は半分夢の中であったが、傭兵の仕事は待ってはくれず、ひっきりなしに依頼をこなす日々が続く。


そんな中でも母の言葉は頭にこびりついて離れず、小さい頃に捨てたはずの夢が再び自身の心の中に芽生えた事に気づくと、それは次第に大きくなっていき料理人になりたいと強く願うようになった。


ーーーーしかし、やはり周囲の者達はその夢を認めてくれず、” その才能を生かすべき ” と口を揃えて言う。



中には ” 傭兵を辞めるという事は君がいれば助かるはずの命を見捨てて殺す事と同じだろう ” という者までいた。



俺は悩んだ。



そしてなぜ料理人になりたかったのかと考えた時、母を助けたいと思った事と、そして俺の料理を食べて笑顔になってくれるのが嬉しかったからという理由を思い出す。


助けたい母はもういない、そして笑顔を見るためなら傭兵でも同じではないかとそう思い直し、俺は傭兵業を続けることにしたのだった。



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