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第二章

75 メルンブルク家の思惑

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( イザベル )




「 ・・・そこまで。レオン君の勝ちだ。


・・正直驚いたよ。


まさかここまでとは・・・。



約束通り、今後リーフ様のお隣は君のものだ。

是非、今後はその強さであのお方を守って欲しい。



ーーでは、リーフ様がお待ちだ。


早速あそこに見える倉庫で服を着替えてきてくれるかな? 」



奴はリーフ様と言う言葉に反応し機嫌が良さそうな様子を見せると、先程置いた袋を丁寧な手つきで拾い上げそのまま倉庫へ入って行った。


私はそれを見届けるとやっと大きく息を吸い込む事ができる様になり、まだ完全に整わない息のまま必死に父上に言葉を伝える。



「 ちっ・・父上っ!!いけません!

              
奴は・・奴は我々の手に負えるものではありません!


恐ろしい、正真正銘の化け物です。


リーフ様のお側になど置いたら・・どうなるかっ!!」



「 ・・・だからだ 」



「 ・・・は?? 」



父上は目元を揉み込みながらふーっと大きく息を吐き出す。



「 ・・恐ろしい化け物だからこそリーフ様のお側に置けるのだ。


戦ったお前が1番分かっていると思うが、あえて言おう。


彼は強い。


それこそ、そこいらの兵士が束になってかかっても難なく倒せてしまう程底知れぬ実力を持っている様だ。 」



それについては反論のしようがない為、グググっとうめき声に近い声で答えると、父上は困った子供を見るかの様な目つきで私を見下ろす。



「 幸いにもあの呪いは感染るタイプのものでは無い様だし、何より彼はリーフ様に対し非常に好意的だ。


崇拝していると言ってもいい。


ならば、リーフ様の護衛としてお側に置く事が、最も最善であろう。 」



「 ーーーっ!!ならば、当主のカール様にご報告をしましょう!


奴を倒せるくらいの強い兵士を送って頂ければ・・」



「 ・・本当にそう思うか? 」




私の言葉を遮る父上の顔は、穏やかそうに見えて当主のカール様への強い憤りの感情が見え隠れしている。



私はそれに気づき押し黙った。




リーフ様はたった一人このレガーノに残された・・要は捨てられてしまったのだ。



他ならぬ実の両親であるカール様とその奥方のマリナ様に。


そして彼らは、一度としてここへ顔を見せに来ることもなければ手紙の一つも送ってきた事も無い。

勿論お披露目などもせず、まるで存在しないものとして現在まで扱っている。



しかし、お金は十分過ぎるほど送ってくる為、何不自由なくリーフ様は育っているがーーー

新たに人を雇う事が出来ない。



人を雇おうとしても全てカール様とマリナ様から妨害され、雇う金は余る程あっても従事者を雇う事ができない状況がリーフ様が生まれた時よりずっと続いていた。


私をここで守衛兼護衛として雇う事も、父上がかなり無理を言ってやっと許可が降りたくらいで、それまでは守衛も護衛も雇う事は全て却下されてしまっていたのだ。




そもそもいくらこのレガーノが治安が良い田舎町とはいえ、公爵家の子息に対し護衛をつけないなどあり得ないし、ましてや従業員が数名など聞いた事がない。


雇う人員に関して、なぜこんなにも徹底して制限しようとするのか、なぜ捨てた息子に有り余るほどの金を渡すのか・・



答えは簡単だ。



要は、彼らは完璧な自分たちの存在に傷を付けたくない。


だからこそ有り余るお金を送り続ける。


それで世間から見れば、

"  病弱で療養中の息子に不自由をさせまいと、出来る限りの努力をしている健気で慈悲深い両親  "

・・というイメージが出来上がる。



その上でなんとか上手くリーフ様を排除したい彼らは、その状態で人員の制限をする。



するとこの屋敷の最高責任者である父上が人件費を影で着服し、リーフ様を虐げているというありもしない事実が出来上がるというわけだ。



カール様とマリナ様は入念かつ確実に計画を実行する恐ろしい方々だ。



その嘘を真実に変える準備ももうとっくに終えているだろう。



更に人数の少ない状況で仕事をすれば従業員達も疲労が溜まり、リーフ様に万が一の事が起きやすい状況下におく事ができる。



それがもし起きてしまった場合は、自分達はーー


"   大事な息子を亡くし、悲しみに暮れる哀れな両親  "


ーーとなり、父上は陰で・・


"   主人の金を着服し、公爵家のご子息を害した大罪人  "


・・になってしまうというわけだ。



そんな事になれば涙を流す仮面の下、彼らは幸せそうに微笑むだろう。



勿論父上は全て承知の上でこの状況に甘んじている。



平民の戦闘職についていない料理人一人と庭師はなんとか雇う事が許され、また公爵家で勤めていた侍女のジェーンだけは共に着いてきてくれたので、今のところは問題なく回ってはいるものの、屋敷の守衛と護衛の追加は絶対に許可してくれないだろう。



そんな不都合な人員は、彼らにとって邪魔でしかないからだ。



しかし "  呪いの化け物  "  となれば喜んで許可を出すはずだ。


"  呪い  "  によってリーフ様に何かあれば好都合。


更にまともに育っていない子供など、いざという時の盾にもなりはしないとそう考えるに違いない。


しかし残念な事に、その予想は大きく外れることになるが・・・






私は、ふっと笑みをこぼし、震えた足に叱咤をするようにバシッと叩いて立ち上がる。




そして眼を瞑りリーフ様の事を考えた。



リーフ様が生まれた時、私はまだ準成人にすら手が届いていない子供であったため詳しい事情は分からなかったが、母親がいない自分と重ねて同情的な気持ちを持ったのはよく覚えている。



というのも私も当時は寂しい思いをしていたからだ。


勿論父上は精一杯愛してくれたし、それについて不満を感じたことなどは一度もない。




しかし、母親がいないという事実は、それで代用出来るものではなかった。



だからリーフ様の悲しみ、寂しさはそれ以上であると容易に想像できた私は、そんな彼の為に何か出来ないだろうかと考えた。




自分の命を掛けてまで私を産み落としてくれた母、溢れんばかりの愛情を与え私を育ててくれた父、そんな2人から貰った愛は私に力を与えてくれた。



だから今度はその力を使ってこの悲しい弟分を助けたい。


そう心から思い、幸いなことに才能のも恵まれていた私は戦闘職につくことに決めたのだ。




「 ・・くだらぬ妄言を言いました。申し訳ございません。 」



「 リーフ様の護衛が出来るのは現在お前のみ・・これ以上の戦闘職の者は決して雇用してはくれないだろう。



しかし、レオン君ならば奴らは絶対に邪魔はしてこない。


まさにうってつけの人材だ。



それに・・彼にとってもリーフ様の後ろ盾があると街民に思わせる事はプラスになるだろうしな・・ 」




父上は少し悲しげな表情を見せたが、それは一瞬で引っ込めて立ち上がった私の服を叩いて汚れを落とす。



「 イザベル、お前には無理をさせている。


屋敷の警護からリーフ様の護衛まで・・本当によくやってくれているよ。


私はそんな優しくて責任感があるお前を誇らしく思っているが、常に心配もしているのだ。


私はお前の父親だからな。 」




「 父上・・」




子供扱いされた事に若干の恥ずかしさがこみ上げるも、自分の努力を認めてくれる発言に心は沸き立つ。



熱くなる顔を隠すため下を向くと、父上は私の頭を軽くポンポンと叩いた。



「 リーフ様の護衛は彼に任せ、お前は今後、無理のない程度に引き続きリーフ様を見守りなさい。



さあ、そろそろレオン君が戻ってくる。


屋敷の守衛はたのんだぞ。


なにか異変があったらすぐに報告を。 」



「ーーはっ! 」



私は父上に一礼すると、自身の仕事を全うするため正門の方へと走っていった。


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