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第一章
53 唯一の大切なもの
しおりを挟む( レオン )
その瞬間、リーフ様の後ろの方で悲鳴が上がる。
当然だ。
こんな恐ろしいものを見せられて、平常心を保てるはずがなく、これでリーフ様の目も冷めただろうと俺は下に下げていた視線を徐々に上げて、彼の瞳を探す。
これで俺は俺のいるべき ” 世界 ” に帰る。
変わることのないあの白い世界へーーー
ーーーしかし、予想していた ” 正しき ” 視線は俺に向いてこず、そこにあるリーフ様の瞳からは、これでもかというくらい俺の ” 世界 ” に存在しないはずの感情が溢れ出ていた。
・・
何だこれは?何だこれは?何なんだ?コレは?
頭が馬鹿になるくらい " 不思議 " が頭の中を占め、それが一体何なのか、俺には何もかもが理解できずに混乱している中、リーフ様は満足そうに頷くと、
「 なんだ、大したことないじゃないか 」
と言い放った。
” 大したことない ” ?この姿が??
そんな事あるわけ無いではないか。
・・
だって、この醜悪な姿のせいで俺はここにいる。
誰にも存在を認めてなど貰えない、受け入れて貰えないのはこの姿のせいなのに!
なのに・・
ーーどうしてリーフ様だけはそんな事を言うのだろう・・?
その答えを < 叡智 >は教えてくれない。
だから俺はぼんやりとバカみたいにひたすら彼を見ていた。
・・
理解を越えた何かをなそうとする彼の姿をーー
その後俺はリーフ様の中で勝手に ” 下僕 ” というモノになったらしく、それでは呼びにくいためなんと呼ばれたいかと聞かれたが、俺には元々名前はない。
・・
ここには必要のないものだからだ。
そんな俺には永久に与えられないモノである ” 名前 ” とは、この世に生を受けた時、” 誰か ” から受け取る初めての贈り物で、
それを贈られる事でやっと自分という存在がこの世界に望まれて生まれたという確かな証拠となる。
自分を ” 個 ” として認識してもらう証であるそれは、” 誰か ” 達にとっても自分にとっても、” 自分 ” という存在を認めるのに必要不可欠なもの。
ふわふわとただ浮かんでいるだけの存在の足をしっかりと ” 世界 ” に根付かせてくれる凄いモノなのだ。
バクバクと苦しいくらいに心臓が鳴った。
「 ・・はっ・・はいっ・・おっ俺はリーフ様の・・下僕です・・。
・・そっ・・その・・名前は・・ありませんので、お好きにお呼びください・・」
期待に全身が高鳴りやっとの思いでそう返せば、リーフ様は少し考える素振りを見せてこう言った。
「 よし、じゃあ今日から君の名前は ” レオン ” だ。 」
” レオン ”
たかが三つの単語が並んでいるだけの言葉であったが、それが俺の ” 名前 ”
俺に贈られた俺の為だけの、この世で唯一のもの
ーーー俺が存在する証
外に飛び出そうと狂った様に暴れ出す歓喜する心を必死に押さえつけ「 ・・レオン・・レオン・・・」とそれを口の中で何度も何度も呟いた。
舌で転がし、噛みしめる様にそれを味わう。
そのたびに恐ろしいほどの喜びの感情が溢れ出し、それをどうやって止めて良いのか分からない。
初めて感じるその感覚に体はグラグラと揺さぶられ、やっとの思いでそれに耐えていると、リーフ様は大きなランチバケットを掲げ、それに注目せよと命じてきた。
そこから漂う芳しい匂いに自身の体の飢えを思い出し反射的にゴクリと喉をならすと、彼は目の前でそれを食べ始めた。
その様をぼんやりと見つめながら、嬉しそうにそれを口にする彼の姿に今度はほっこりと胸が暖かくなる。
なぜ彼が幸せそうだと特になにかされたわけでもないのに胸が暖かくなるのか?
そんな疑問が頭をよぎったが、急に渡されたバケットの重さに驚き膝をついてしまった後、これをどうすればいいのか?という新たな疑問によりそれは吹き飛んでしまった。
本当に分からなくてオロオロする俺に「 さあ!早く食べるんだ 」とリーフ様は言う。
ーーーその時、俺の脳裏には絶対に叶うはずもないと思っていた光景がまたしても蘇った。
テーブルに所狭しと並べられた豪華な食事、テーブルの周りを囲み笑顔で笑い合う人々の姿。
” 喜びの共有 ”
” 誰か ” がいなければ得る事のできない感覚だ。
俺は震える声で、「あ・・あの・・・本当に・・・」と呟きながら、心の中で必死に問う。
・・
本当に俺にそれを与えてくれるのか?
決して交わることのない世界から俺に触れてくれるのか?
あの ” 白い ” 世界で漂う俺の ” 誰か ” に・・
俺に存在する証を与えてくれる何かになってくれるのか?
ーーそんな意味を込めた言葉も・・リーフ様はあっさりと肯定した。
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