上 下
30 / 1,370
プロローグ

15 孤独

しおりを挟む
そうして野外実習が始まると、リーフは早速レオンハルトに囮役をするよう命令し、危険そうな場所へ率先して向かわせる。

それに対し、レオンハルトはいつもどおり無表情、無感情のまま、ただ淡々とリーフの無茶な命令に従い途中までは順調だった。



──────が……

何度目かの囮役の最中、レオンハルトは背後にいた味方のはずのリーフが放った魔法攻撃に背中を打たれ、そのまま崖から転落してしまう。



────あぁ、これは死ぬな。



落ちる瞬間、レオンハルトの頭の中にはそんなことがぼんやりと浮かび、それに恐怖も不安もなかった。


心には何一つ "   死   "   に対する感情は浮かぶことはなく、一寸の光も差さない暗い暗い闇の中、彼は特に抵抗することもなくただ落ちていった。



それからどれくらいの時間が経ったのか……レオンハルトは自身の体を襲う耐え難い感覚によって目を覚ます。


「 ────っ!!!???? 」


初めて経験する強烈な感覚……常人ならばとっくに正気を失っているであろうその感覚に、たまらず獣のような叫び声を上げる。

そしてもがき苦しみ、のたうち回りながら、周囲を見渡すと……辺り一面にピンクと紫のまだら模様をもつ禍々しい巨大キノコがびっしりと生えているのが目に入った。


” ポイズン・ヒートマッシュ ” 


それは少しでもその胞子を吸ってしまえば、気が狂いそうになるほどの苦痛と性的興奮を引き起こし、やがては死に至る恐ろしい毒キノコであった。


幻とまで言われている素材ランク S S Sのポイズン・ヒートマッシュ。


崖下にその群生地が存在していたお陰で崖から落下したレオンハルトは死を免れたが、そのせいで大量の胞子を吸い込んでしまったため、結局死の淵に逆戻りすることとなってしまったのだ。


助かる方法はたった一つ。


自分ではない他者と性的行為を行う事。


それにより苦痛と性的興奮は徐々に薄れ、次第にその毒素は体から抜けていくという。


その特殊性から今まで発見されたポイズン・ヒートマッシュは裏の世界で高値で取引されており、今では発見され次第即処分が法律で決められている指定禁止素材として認定されている。


レオンハルトは痛みと苦痛で何度も気を失いながらも、頭の中は、自身の主張する下半身をどうにかしたいという気持ちで一杯であった。


ほぼ無意識で自身のものを触り何度も何度も絶頂に導くも、その苦しみと性的興奮は収まるどころか更にひどく体を蝕む。


熱い

苦しい

痛い


あぁ、早く誰かと交じり合いたい、自分以外の誰かと……

 



…………





   ・
────誰と?





レオンハルトは "   答え " に辿り着き、一瞬動きを止めた。



そんな "   モノ "  がいるはずないではないか。


生まれた瞬間から疎まれ、蔑まれ、母親にすら捨てられた。

誰も自分を受け入れない、存在することすら認めてはくれない。


自分がいていい居場所はこの世界のどこにもなく、地に足すらついていない自分を・・一体 "   誰   "   が助けるというのか。




絶対的な孤独の中、ただ一人漂うだけの存在。






それがこのレオンハルトなのだから。






レオンハルトは笑った。


そしてそのまま大きな声で、たった一人ゲラゲラと笑い続ける。



嬉しいも悲しいもない空っぽな笑顔……

それこそが、正真正銘レオンハルトの生まれて初めての笑顔だった。



彼の狂ったような笑い声が響き渡る中、彼だけしかいないと思われたその場所で突如、獣の唸り声が混じり始める。


それは次第に数を増やしていき、とうとう悶ながら笑い転げている彼の目の前にその姿を現した。



赤い血のような毛並みに口から大きく飛び出た2本の牙。

危険ランクが極めて高く、もし討伐するとすれば1頭でも最低中隊レベルの戦力が必要なモンスター



” ブラッティー・ウルフ ” 



一頭姿を現せば、その後を仲間であろうブラッティー・ウルフ達がゾロゾロと姿を見せる。


その数は推定30匹ほど。


どうやら大規模な群れをこのポイズン・ヒートマッシュの群生地を中心に築いている様で、上から落下してくる動物やモンスターを喰らって生活しているようだった。


ポイズン・ヒートマッシュは人型種にしか作用せず、もちろんこの眼の前のブラッティー・ウルフ達には全く効かない。


そのため新鮮な血肉を好む彼らにとってこの場所はそんな獲物がリスクなしで手に入る、まさにうってつけの場所であった。

彼らにとって、レオンハルトはちょっとしたおやつ兼、退屈をつぶすおもちゃのようなモノ。

そのまま苦しみもがくレオンハルトの様子をしばし観覧していたブラッティー・ウルフ達だったが、次第に飽きてきたのか、ついには群れの中の一匹がレオンハルトに向かって飛びかかった。


牙が、爪が……レオンハルトを引き裂きその命を奪おうとした、まさにその瞬間────

レオンハルトは腰に装備していた小型ナイフを即座に引き抜き、そのまま自身の左目を縦に思いきり切り裂いた。


途端に襲いかかる左目の激痛によりレオンハルトは一瞬で正気を取り戻し、向かってくるブラッティー・ウルフの大きな口に向かってナイフを突き刺す。



────……グチャ……



嫌な音と同時に肉を刺す感触が、ナイフを持つ手に伝わった。



これが命を奪う音と感触……



その情報が脳へと到達するより早く、レオンハルトはナイフを横に振り、その肉を切り裂く。

するとその直後、口から大きく横に裂けてしまったブラッティー・ウルフは大量の血飛沫を上げその場に崩れ落ちていった。


そんな仲間の死を目の当たりにしたブラッティー・ウルフ達は、最初戸惑う動きを見せていたが、数による優位を思い出し、大きな唸り声を上げ次々と彼に飛びかかる。


しかし、レオンハルトはその気配すら感じさせる事なくブラッティー・ウルフ達の攻撃を難なく避けてはその命を奪っていった。


そして、とうとう最後の一匹になってしまった個体が逃げようとその背を向けた、瞬間────



レオンハルトはその背に深々とナイフを刺したのだった。



<英雄の資質>(ノーマル固有スキル)

〈 完全なる不干渉 〉

あらゆる状態異常をほぼ無効とすることができる耐性系の最上スキル

(発現条件) 

ランクSSSに分類される強い毒に対し自力で生還する事



〈 豪傑 〉

自身の全ステータスが常人を超えて大きく跳ね上がり、HP持続回復能力を得る。(欠損は不可)

任意で常時発動可

(発現条件) 

ある一定回数以上、瀕死状態を経験する



〈 守護王 〉

あらゆる物理、魔法攻撃に高い耐性を持つ

任意で常時発動可能

(発現条件) 

ある一定回数以上、物理または魔法攻撃を受け生き残る事 




ブラッティー・ウルフ達の流した血で大地が真っ赤に染まる中、立っているのはレオンハルト、ただ一人だけ。


そんな彼の心の中は助かったという喜びも、死を目の前にした恐怖もなく、ただ純粋な疑問のみがぼんやりと浮かんでいた。


先程まで確かに地に足をつけ、この世界に存在していた彼らが一瞬でここから消えてしまった。


そして今ここにいるのはこの世界に存在しないはずの自分。


それが堪らなく不思議だった。



” 死 ” とはこの世界からその存在を奪う事だ。


” 生 ” を受けた日から手に入れた、愛も希望も知識も人格もあらゆる感情も、” 死 ” と共に全て消え去る。


          ・・
では、” 生きて ” ココに存在していない自分は一体何なのか?


レオンハルトは真っ赤に染まった空っぽな手を見下ろし、ぼんやりと考えた。


” 生きる ” とは、” 死ぬ ” とは一体なんなのか?

その境界線はどこに存在しているのか。



その答えは叡智をもってしても導き出すことは出来なかった。

しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

モブらしいので目立たないよう逃げ続けます

餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。 まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。 モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。 「アルウィン、君が好きだ」 「え、お断りします」 「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」 目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。 ざまぁ要素あるかも………しれませんね

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト

しゃもじ
BL
貴族の間で婚約破棄が流行し、歪みに歪んだサンドレア王国。 悪役令嬢のもとに従者として転生した主人公・グレイの目的は、前世で成し遂げられなかったゲームクリア=大陸統治をし、敬愛するメルロロッティ嬢の幸せを成就すること。 前世の記憶『予知』のもと、目的達成するためにグレイは奔走するが、メルロロッティ嬢の婚約破棄後少しずつ歴史は歪曲し、グレイの予知からズレはじめる… 婚約破棄に悪役令嬢、股が緩めの転生主人公、やんわりBがLしてる。 そんな物語です。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?

麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

処理中です...