上 下
20 / 1,370
プロローグ

5 名前のない主人公

しおりを挟む
その本の主人公には生まれつき名前がなかった。



なぜなら母親が彼に名前をつけなかったからだ。



そして周りの誰も彼に名前をつけず、それどころか存在すらしないように扱う。

時にはひどい暴言の数々を浴びせたり、追い払うため石を投げつけ、慌てて逃げていく彼の姿を見ては人々は正しい行いをしたと満足そうに笑いあった。


何故そんな仕打ちを彼にするのか?


それは彼がその世界で禁忌とされている色を持って生まれてきたからであった。


” 光を飲み込むような真っ黒な黒髪と瞳 ”


それだけでも十分に禁忌な存在であるというのに、彼の左半身はまるで重症のケロイドの様にドス黒く爛れ、その上には判読不能の不気味な文字がびっしりと書き込まれていた。


彼の生まれた国、アルバード王国はもちろん他国でも最も大きな影響力をもつ 

< イシュル教 >

では、白銀を神の色、白を神聖な色とし、それに相対する黒は禁忌の色であると考えられていた。


つまりその禁忌の色と醜く呪われた様な左半身から、彼は生まれながらに神の天罰が下った大罪人であるとみなされてしまったのだ。



イシュル神が世界を創生したとされている< イシュル神の日 >、世界中がお祭り騒ぎをする中で彼は生まれた。


彼の母親は貴族を相手にする娼婦であり、父親が誰かはわからなかったが、貴族相手ならば十分な手切れ金が期待できるとの一心で、彼女は出産の痛みに一人耐え彼をこの世界に産み落とす。

しかし────……彼女は自身の腹から出てきたモノをみて大きな悲鳴を上げた。

              ・・
そして母親は、直ぐに汚い布でそれを包み、教会が運営する孤児院へと駆け込む。

・・
それを早々に捨てるために・・


しかし、教会はまるで ” 禁忌 ” そのものであるかの様な彼の外見を見て、引き取りを断固拒否した。



"   そのような不浄な存在を引き取ることはできない!   "


教会側から投げつけられた拒否の言葉に母親は、ひどく憤慨する。

        ・・
” だったらこんなモノ今すぐにでも捨ててやる!! ”


そう大声で怒鳴りながら暴れる母親に、教会の者たちは大いに慌てだした。



『 万人は等しく生きる権利があり、その中でも子供は神の使いである 』


これはイシュル神の最も大事な教えとされていて、いかなる理由があったとしても準成人と呼ばれる12歳より前の子供の命を奪うことは最大の禁忌であったからだ。


その罪を犯した者には重い重い刑罰が与えられ、貴族であろうが死罪になる事もある。


もちろんそれに加担した者、見て見ぬふりをした者も同様に罰せられるため、教会はそれを見過ごすわけにはいかなかったのだ。


結局教会は悩みに悩んである一つの条件を母親に提案した。


” その子供が12歳を迎えるまで育てるならば、教会が毎月まとまった賃金を払おう ”


それを聞いた母親は暴れるのをやめて考える。


この化け物を世話すれば毎月まとまった賃金がもらえる。

しかも自力で稼ぐよりも多くの賃金が────


彼女は嬉々としてその提案に飛びつき、教会側はホッと胸を撫で下ろした。


教会側としては子供が準成人である12歳まで育てば、後は死のうが生きようがイシュルの教えは守ったこととなる。


そのため、その母親が育てるイコール死ななければ何でも良いという育て方をしたとしても、教会にとってはどうでもよいこと。


こうして双方の利害は一致し、名前のない彼は12歳まで母親の元で育てられることとなったのだった。

しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト

しゃもじ
BL
貴族の間で婚約破棄が流行し、歪みに歪んだサンドレア王国。 悪役令嬢のもとに従者として転生した主人公・グレイの目的は、前世で成し遂げられなかったゲームクリア=大陸統治をし、敬愛するメルロロッティ嬢の幸せを成就すること。 前世の記憶『予知』のもと、目的達成するためにグレイは奔走するが、メルロロッティ嬢の婚約破棄後少しずつ歴史は歪曲し、グレイの予知からズレはじめる… 婚約破棄に悪役令嬢、股が緩めの転生主人公、やんわりBがLしてる。 そんな物語です。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?

麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。

悪役令息の死ぬ前に

やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

処理中です...