仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。

森本イチカ

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六章・愛してしまったので離婚してください

――4

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 西片がなにを言っているのか理解できない。桐ヶ谷って、桐ヶ谷製菓?


「驚くのも無理はない。穂乃果の旦那になった桐ヶ谷製菓の子会社にここはなったんだ。専属の印刷所として今は稼働している。それも全部社長のおかげなんだ」


「ど、ういうこと……?」


 なかなか話し出さない西片。穂乃果は驚きと動揺で震える身体から振り絞って掠れた声を出した。


「え、意味がわからないよ西片さん。え? どういうこと?」


「穂乃果」


 細かく震える穂乃果の肩に西片はそっと手を置いた。


「黙っていてごめんな」


 それだけじゃなにも分からない。本当の事が知りたい。


「西片さん、教えて」


 知りたくて、少し強めの口調になってしまう。


「……あぁ。高梨印刷は確かに倒産した。それはまぎれもない事実だ。けどそのあとに桐ケ谷社長がここを買い取ったらしい。しかも自分のお金で」


「自分のお金……?」


「会社での役員会議でどうしてもコストのかかる小さな印刷工場に頼むより大きな印刷工場で頼んだほうがいいと会議で決まってしまったらしいんだ。大きな会社になると社長一人の力より複数の役員の指示のほうがでかいんだろうな」


「そうだね……」


 理由を聞いてすとんと腑に落ちた。確かに小さな工場に高いお金を払うより大きいところに安く頼んだほうが会社の利益になる。それは会社を経営していくうえで当たり前のことだ。


「でもまぁ、社長はどうしてもここを守りたかったんだとよ。穂乃果の知らないところであの人は色んな人に頭を下げているとおもうよ。俺たちにももう一度ここで働いてくれないかって頭下げてきたんだよ。あのでっかい会社の社長さんが、どうしてだと思う?」


 西片は優しく穂乃果に問いかける。あぁ、なんとなくだけれど西片の言いたい事が分かるような気がした。自分の為に、この工場を守ろうとしてくれたんじゃないかと。都合よく考えてしまう。


「もう俺からは何も言えねぇな。あとはちゃんと社長の口から聞いたほうが良い。穂乃果もそう思うだろ?」


「うん、そう思う」


 全ての真実を玲司の口から聞きたい。確かめたい。


「穂乃果、いい男と巡り会えてよかったな。きっと親父さんも喜んでると思うよ」


「そうだね……」


 自分たちの間に愛なんて無かったはずなのに、玲司のことを思うと胸が苦しくて、痛くて、やっとここ最近感じる心臓のざわめきの理由に気づけた。


 気づいてしまっては湧き上がる感情は止めることができず、いっきに身体の中から溢れ出しそうだ。溢れる感情は涙にも変わり流れ出す。


 いつから自分はこんなに泣くようになってしまったんだろう。ずっと、ずっと我慢してきたはずなのに、これからも我慢していくはずだったのに。玲司と出会ってからは自分の感情が抑えきれない。何度涙を流したことだろう。


 玲司の腕の中が安心できると感じてから、きっともう穂乃果は恋に落ちていた。気づいてしまったのだ。嫌いだったはずの男に恋をしてしまっていた自分に。


「西片さん、帰るね。また来るから」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔を服の袖で拭い、立ち上がった。


「あぁ、いつでも来いよ。ここは何も変わってないから」


 本当なにも変わっていない。使っていた机も椅子も、機械もなにもかも、以前とかわらない暖かな雰囲気。


「うん、また来る」


 よしっと気合を入れてガラガラっと古い扉を開けて工場を出た。むかうは玲司のいる会社。早く玲司の口から本当の事を聞きたい。どうして黙っていたのか、聞きたい。


 タクシーを拾うにも大通りをでないといけない。早く、早くと歩く足がどんどん早くなる。


「穂乃果さん」


「え……?」

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