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六章・愛してしまったので離婚してください
――2
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びゅうっと冷たい風が身体をすり抜けていった。フレアスカートが風で揺れる。あまりの寒さに着ていたコートの前をぎゅっと閉め、自分の身体を抱き締めた。枯れ葉が足元をするすると風で流されていき、その流れとともに一緒に歩き進めると高梨家と書いてある墓が見えた。
「花……?」
時刻はまだ午前十時。それなのに綺麗な花がいけられていた。見覚えのある花、ラナンキュラスの花だ。そんなはずがあるわけないと思いながらも頭の中にはたった一人の人物しか思い浮かばない。
「玲司さん……」
今日は朝早く仕事に行ったはず。昨日? それとも今朝? 分からない。分からないけれどこの花はきっと玲司だ。ジワリと目の奥が熱くなる。穂乃果はぐしゃっと勢いよく父と母が眠る墓の前に顔を隠してしゃがみこんだ。
――こんなの反則だ。
「お父さん、お母さん、キレイな花でしょう。桃果もこの花が大好きなんだって。この花を飾ってくれたのはきっとあの人だよね。なんでだろう、嫌いだったはずなのになぁ……」
瞳に溜まった涙が流れないように上を向く。見上げた空は雲ひとつ無い晴天で、それでも肌に当たる空気は冷たかった。
「よっし、きれいにしよう」
バケツにたくさん水を汲み石墓を綺麗に拭き上げる。チャッカマンに火をつけてお線香に火をつけると、ふわりとお線香の独特の匂いが漂った。水が冷たくて真っ赤になった手を合わせ、瞼を閉じる。
お父さん、お母さん、桃果は病気に負けないように頑張ってるよ。このまえは大変だったけど、いつも頑張ってる桃果の弱音が聞けてよかった。早く学校に通えるように二人も空から見守っててあげてね。私は……最近新しい仕事を始めたよ。すごくやりがいもあって楽しいし、会社の人たちも凄く優しい。優しいんだ……。
玲司は本当は凄く優しいことはもう分かっている。それでも何かが喉につっかかっていて、自分の気持ちがよく分からない。
玲司は穂乃果のことを興味があると言っただけで好きだとは言われていない。優しくしてくれるのは自分が特別だからではないだろう。きっと桐ケ谷玲司という男自体がどの人間にも優しいのだ。勘違いしてはいけない。この結婚は玲司の世間体と興味そしてお金を出してもらうと割り切った結婚なのだから。愛なんてない、はずだ。
バケツなどを片した穂乃果は大きく溜息をついた。
「久しぶりに、見に行ってみようかな……」
今なら一人でも見に行ける気がする。穂乃果はタクシーを呼ばずに一人で歩き出した。歩き慣れた街並みをぐんぐん歩いていくと、歩き慣れた道、小さな工場が見えてくる。なんの見た目も変わっていない小さな町工場。看板はもう降ろされて高梨印刷とは明記されていないけれど外から見たらそのままの状態の工場だ。
懐かしさのあまり悲しい気持ちを超え、早く近くに行きたい気持ちがはやり歩く足が次第に早くなる。
「え……? どう言う事?」
近くに行くにつれて懐かしい音が聞こえてくる。印刷機が稼働している音だ。そんなはずはない、空耳だろうか? 動く足は段々と小走りになり、小走りは走りに変わっていた。そんなはずは絶対に無いはずなのに……。
「あぁ、やっぱり……」
懐かしい、古びた扉の前に立つとやっぱり音がする。懐かしい音。小さい時からずっとこの機械音の中で過ごしてきた穂乃果にとって聴き慣れた音を聞き間違えるはずがない。
ドクドクと心臓が不穏な動きをし、手に汗をかき始める。
よし……。
ガラッと勢いよく扉を開けると見慣れた景色が目の前に広がっていた。夢でも見ているのだろうか。そう思い穂乃果は頬を古典的に頬をつねってみたが痛かった。
「嘘、でしょう……? どうして?」
工場の奥へ進むと印刷機がガタガタと音を出して稼働している。周りにいる人たちは見覚えのある人たちばかりだ。高梨印刷で働いていた皆がそっくりそのまま昔のように機械を作動させていた。
「どう言う事なの……?」
「花……?」
時刻はまだ午前十時。それなのに綺麗な花がいけられていた。見覚えのある花、ラナンキュラスの花だ。そんなはずがあるわけないと思いながらも頭の中にはたった一人の人物しか思い浮かばない。
「玲司さん……」
今日は朝早く仕事に行ったはず。昨日? それとも今朝? 分からない。分からないけれどこの花はきっと玲司だ。ジワリと目の奥が熱くなる。穂乃果はぐしゃっと勢いよく父と母が眠る墓の前に顔を隠してしゃがみこんだ。
――こんなの反則だ。
「お父さん、お母さん、キレイな花でしょう。桃果もこの花が大好きなんだって。この花を飾ってくれたのはきっとあの人だよね。なんでだろう、嫌いだったはずなのになぁ……」
瞳に溜まった涙が流れないように上を向く。見上げた空は雲ひとつ無い晴天で、それでも肌に当たる空気は冷たかった。
「よっし、きれいにしよう」
バケツにたくさん水を汲み石墓を綺麗に拭き上げる。チャッカマンに火をつけてお線香に火をつけると、ふわりとお線香の独特の匂いが漂った。水が冷たくて真っ赤になった手を合わせ、瞼を閉じる。
お父さん、お母さん、桃果は病気に負けないように頑張ってるよ。このまえは大変だったけど、いつも頑張ってる桃果の弱音が聞けてよかった。早く学校に通えるように二人も空から見守っててあげてね。私は……最近新しい仕事を始めたよ。すごくやりがいもあって楽しいし、会社の人たちも凄く優しい。優しいんだ……。
玲司は本当は凄く優しいことはもう分かっている。それでも何かが喉につっかかっていて、自分の気持ちがよく分からない。
玲司は穂乃果のことを興味があると言っただけで好きだとは言われていない。優しくしてくれるのは自分が特別だからではないだろう。きっと桐ケ谷玲司という男自体がどの人間にも優しいのだ。勘違いしてはいけない。この結婚は玲司の世間体と興味そしてお金を出してもらうと割り切った結婚なのだから。愛なんてない、はずだ。
バケツなどを片した穂乃果は大きく溜息をついた。
「久しぶりに、見に行ってみようかな……」
今なら一人でも見に行ける気がする。穂乃果はタクシーを呼ばずに一人で歩き出した。歩き慣れた街並みをぐんぐん歩いていくと、歩き慣れた道、小さな工場が見えてくる。なんの見た目も変わっていない小さな町工場。看板はもう降ろされて高梨印刷とは明記されていないけれど外から見たらそのままの状態の工場だ。
懐かしさのあまり悲しい気持ちを超え、早く近くに行きたい気持ちがはやり歩く足が次第に早くなる。
「え……? どう言う事?」
近くに行くにつれて懐かしい音が聞こえてくる。印刷機が稼働している音だ。そんなはずはない、空耳だろうか? 動く足は段々と小走りになり、小走りは走りに変わっていた。そんなはずは絶対に無いはずなのに……。
「あぁ、やっぱり……」
懐かしい、古びた扉の前に立つとやっぱり音がする。懐かしい音。小さい時からずっとこの機械音の中で過ごしてきた穂乃果にとって聴き慣れた音を聞き間違えるはずがない。
ドクドクと心臓が不穏な動きをし、手に汗をかき始める。
よし……。
ガラッと勢いよく扉を開けると見慣れた景色が目の前に広がっていた。夢でも見ているのだろうか。そう思い穂乃果は頬を古典的に頬をつねってみたが痛かった。
「嘘、でしょう……? どうして?」
工場の奥へ進むと印刷機がガタガタと音を出して稼働している。周りにいる人たちは見覚えのある人たちばかりだ。高梨印刷で働いていた皆がそっくりそのまま昔のように機械を作動させていた。
「どう言う事なの……?」
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