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第三章、更に甘い唇にたくさんのキス

11、嫌いじゃない

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 カチャン。
 後から静かにドアが閉まった音がした。
 広い部屋なのにテーブルとソファーしかない無機質な空間には日和と洸夜の息をする音しか聞こえない。いつも堂々としていて、凛としている大きな身体が今は小さく背筋も曲がり萎縮しながらもしっかりと日和を抱きしめてくれている。
 洸夜の「ごめんな」と、か細い声がスッと空間に吸い込まれた。


「大丈夫だから、気にしない――」
「馬鹿野郎! 大丈夫なわけないだろう!!!」


 初めて見る洸夜の涙に驚いた。自分のためにこの透き通った綺麗な涙をながしてくれているのだろうか。確かに悠夜とは和解して仲直りしたが、やっぱり悠夜に触れられたことを思い出すとブッルっと身体が恐怖で震えてしまう。必死に抑え込んでいるのが洸夜にはバレてしまっているのかもしれない。なら、もうこの胸に飛び込んでしまおうか。自分を好きだと言ってくれるこの大きな胸に泣きながらすがりたい。淫魔だからとか細かいことは考えずに、好きだとかんじたこの気持をぶつけてしまおうか……
 淫魔……フェロモン……
 悠夜の言っていたフェロモンって。洸夜はフェロモンとかいうものを自分に使っているのだろうか。だから、こんなにも洸夜に抱かれると気持ちいいの?


「震えてる。……日和、俺に触れられるのも嫌か?」
「……ふぇ、フェロモンってなに?」
「あいつから何か言われたのか?」
「あんたも私に流し込んでっるって、なにそれ、すごい気持ち悪かった。なんも気持ちいとかない! 怖くて気持ち悪くてっ――……」


 身体が震える、感情と共に溢れ出す涙が止まらない。もしも洸夜も使って自分の事を抱いていたとしたら。この洸夜に対する感情がフェロモンのせいだったのかと思うと、それが怖くて身体が小刻みに震えてしまう。


「馬鹿野郎!!! 好きな女に使うかよ! 確かに淫魔は女をその気にさせるフェロモンは出せるけど、俺は今まで一回もフェロモンをだしたことなんか無い。そんな精気を吸うために女を惑わすものなんて使わない。俺は日和しか抱きたくないんだから」


 背中に感じていた温もりがぐるりと身体を回されぎゅうっと力強く大きくて広い洸夜の胸の中に抱きしめられる。
 あぁ、なんて愛おしいんだろう。自分だってもう一生知ることはないと思っていた過去の真実が明かされ、動揺しているはずなのに洸夜は自分のことよりも日和を心配してくれている。洸夜に触れられて嫌なはずがない。むしろこうして優しく抱きしめてもらえると荒れていた心がだんだんと穏やかになっていく。


「あんたの事……嫌じゃないっ……」
「よかった……本当に俺なんかのためにあの場に残ってくれてありがとうな。日和が強がって側にいてくれたから俺は真実を知ることができた。本当は一刻も早く立ち去りたかったはずなのに……どうして、どうしてお前はこんなにいい女なんだよ。一生離さないからな」


 ジリっと濃くなる空気はキスをされる予兆をあらわす。お互い涙で濡れた頬を包みあい唇を重ねた。もうこの唇しか日和の身体は受け入れてはくれない。温かくて優しい唇に包み込まれてフッと今までずっと気を張っていた身体から力が抜け落ちた。ガクンと膝から崩れ落ちる。


「っと、日和大丈夫か?」


 崩れた日和を洸夜はしっかりと抱きとめた。


「ご、ごめん。なんだが気が緩んじゃったみたい……」
「謝ることじゃない」


 身体から骨が無くなったように力の入らない日和をひょいと持ち上げソファーに背をつけた。日和に覆いかぶさっているのは洸夜だ。悠夜じゃない。でも、どうしてもフラッシュバックしてしまう。あの時の恐怖が。男の人の強い力で抑えつけられたことが、憎しみの感情をぶつけられたことが、ハッキリと蘇る。


「抱いて……」


 洸夜に抱かれたい。隅から隅まで洸夜に愛されたい。あの深い愛情に満ちた綺麗なブラウンの瞳に見つめられたい。
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