エリート建築士は傷心した彼女を愛し抜きたい

森本イチカ

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 スヤスヤと小さな寝息が聞こえてきた。
 ……寝たかな。
 薄暗い中、そーっと和香那の顔を覗き込む。ジィっと見つめていても目が開かない。
 よし、完全に寝たね。
 起こさぬよう、ベッドから降り、寝室からそっと抜け出した。
 家族三人で寝ている寝室はリビングに面しており、寝室から抜け出してもリビングに居れば泣いたりしてもすぐに気が付ける。そう設計したのは菜那のアイディアだ。
 忍者のように忍び足でリビングに戻る。蒼司はまだ仕事が残っているらしく仕事部屋に籠っているようだ。菜那もダイニングテーブルに本をどさっと置き、ノートを広げた。
「よしっ、やるぞっ!」
 整理整頓アドバイザーの資格を取るために、菜那は自宅受講を奮起している最中だ。和香那を産んでから自分のやりたいことが見つかった菜那はこうして娘が寝静まってから勉強を開始している。蒼司と自分たちの家を考えていた時に、ますますこの仕事の魅力さに気が付いた。主婦にとって家事のしやすい最高な家。家づくりに悩んでいる人の手助けができるよう、少しでも自分のスキルアップを目指している。まだ本格的には始動していないが、ゆくゆくは蒼司の下で働きながら一般家庭の間取り図の担当アドバイザーとして仕事をしていく予定だ。
 一時間程集中して勉強していたら、二階から足音が聞こえてきた。
「菜那さん、今日も頑張っていますね」
「蒼司さんっ、でもちょっと疲れたので休憩しようかなって思ったところでした。あ、何か飲みますか? 淹れます」
 椅子から立ち上がろうとした時、蒼司が階段を降り終え、菜那の肩に両手を添えた。
「菜那さんは座ってて。俺が淹れますから」
「でもっ……」
「いいから。ルイボスティーでいいですよね?」
「はい。ありがとうございます」
 妊娠中から好きになったルイボスティーは何年たった今も好みは変わらず飲み続けている。ノンカフェインで夜に飲むのもちょうどいい。
 蒼司は淹れたルイボスティーをリビングの真ん中に設置してあるローテーブルの上に置いた。そしてL時型の大きなソファーに座り、手招きで菜那を呼び寄せる。菜那はふふっと柔らかに笑い、立ち上がった。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
 蒼司の隣に座り、温かなルイボスティーを両手で受け取った。一口飲むと、ずっと何も飲まずに勉強していたので乾いた喉を潤してくれる。蒼司も足を組み、リラックスした様子で一緒に飲み始めた。
「蒼司さんはもうお仕事終わったんですか?」
「ええ、今日はもう終わりにしました。早く菜那さんと二人っきりになりたくて」
「んんっ!」
 飲んでいたルイボスティーが喉に引っかかり、少しむせた。結婚してもう三年経つのに蒼司は相変わらず甘い言葉を空気のように出す。
「そんな驚くことはないでしょう。お互い一緒に住んでいても二人っきりになるのは少しの時間なんですから」
「まぁ、そうですね……」
 実際に和香那が産まれてからは育児と家事、そして資格の勉強に追われて蒼司と二人きりでゆっくり過ごせた日は数えられるくらいだ。蒼司も仕事が忙しく、昼間和香那と遊んだ日には夜中まで書斎にこもっている。だから、今こうしてゆっくりお茶を飲んでいるこの時間もかけがえのない、大切な二人だけの時間だ。
「ねぇ、菜那さん。今日はもう勉強は終わりにしませんかって言ったらダメでしょうか?」
「えっと……」
 カチャンと音を立てて、飲んでいたカップを置いた。蒼司の手が流れるように菜那の髪を捉え、するりと頭を撫でる。何年経っても、何歳になっても、蒼司の大きな手で撫でられるのは心地よい。蒼司の手は菜那を守り、安心感を与えてくれるだけではなく、今は和香那を守る手にもなった。でも、やっぱりたまには独占したくなる。
「……実は今日はもう終わりにしようと思っていたところ、でした」
 少し口先を尖らせながらもごもごと言葉を濁らし、視線を落とす。なんだか自分から誘っているような気がして恥ずかしい気持ちが勝ってしまった。
「ん? 今なんて言いました?」
 うつむく菜那の顔を蒼司はなんだか嬉しそうに覗き込む。
「っ……!」
 これ、絶対分かってるやつだっ。
 蒼司はなかなか口に出さない菜那をニコニコしながら覗き込み続ける。
「菜那さん?」
 声が明らかに弾んでいる。菜那は観念して口を開いた。
「今日はもう勉強は終わりにしました……」
「じゃあ、今からの菜那さんの時間、俺にくれますか?」
「はい……」
 菜那の小さな返事を聞くと、蒼司は穏やかに微笑み、菜那を抱き寄せた。身体のバランスが崩れた菜那はとさりと蒼司に倒れ込む。
「そうだ。少しマッサージをしましょうか。菜那さん肩凝ってるでしょう?」
「まぁ、最近肩こりがひどくて。でもいいんですか?」
「任せてください。ソファーにうつ伏せになって」
 嬉しいなぁと呟きながら菜那はうつ伏せになった。ぎしりとソファーが軋むと同時に、蒼司が膝を立てて菜那の足を跨いでいる。
「じゃあやっていきますね」
「はい。お願いします。次は私が蒼司さんをマッサージしますね」
「そうですね。まぁ……できれば、ですけど」
「え? なんて?」
 聞き返すが蒼司にも聞こえていなかったのか、そのままマッサージが開始された。両肩を揉みほぐされ、身体の力が徐々に抜けてくる。
「どうですか? もう少し強くしましょうか?」
「いえ、ちょうどいいです。気持ちいい……」
「ならよかったです」
 ぎゅっぎゅっと肩を揉まれ、そのまま蒼司の手は肩甲骨の間を揉みほぐし始める。親指の指圧も程よく、ピンポイントで凝っているところを突いた。腰は手のひら全体で押すようにマッサージされ、これがまたとても気持ちいい。  次第に蒼司の手は何故か下半身へと伸びて行った。
「あ、あの蒼司さん? 別に足のマッサージは大丈夫ですよ?」
 くいっと顔をだけ後ろに向ける。
「ん?」
 蒼司はニコッと笑いながら首を傾げ、そのままマッサージを続けた。太ももをがっちりと掴まれ、リンパをほぐすように指先が動く。ぐっぐっぐっと少しずつ上へと動き、鼠径部に到達した。
 あっ……。
 蒼司は自分の事を思ってマッサージをしてくれているはずなのに、少しドキっと心臓も身体も反応してしまう。意識が蒼司の指と、触れられている部分に集中し、思わず口を軽く結んで顔をソファーに押し付けた。
 やだ、私……。
 下腹部に違和感を感じ始め、菜那は両足をきゅっと閉じた。
「あの、菜那さん。それじゃあマッサージができないのでもう少し身体の力を抜いてください」
 蒼司は身体を折り曲げ、耳元で囁いてくる。背中に感じる蒼司の熱に身体がじわじわと火照り始めた。
「あ、あの、もうマッサージは十分です。ありがとうございました」
 ソファーと蒼司に挟まれた身体をもぞもぞと動かし、その場から抜けようと試みる。
「菜那さん」
「んっ……!」
 耳朶を喰われ、ビクッと身体が小さく震える。何度も何度も感じているはずの感触に何年経っても慣れないものだ。蒼司に触れられると身体中の細胞が嬉しいと反応してしまう。
「可愛いな。久しぶりに菜那さんの声が聞けた」
「何、言ってるんですか。毎日話してるじゃないですか」
 蒼司の声は艶を含んで嬉しそう。うなじを隠していた髪をそっとどけ、菜那の無防備な首筋に顔を埋めた。
「違いますよ。それはママの菜那さんであって、今は女の菜那さんの声を堪能しているんです」
 蒼司が話すたびに吐息がうなじを擽る。
「久しぶりに、抱いてもいいですか?」
 炎を吐き出したかのような熱い声と、息に身体の芯から溶け出しそうになる。そんな甘い誘いを断るはずがない。
「……はい」
「あぁ、嬉しいな」
 蒼司はいつも律儀に菜那の体調や気分を考慮してか、抱いてもいいですか? と許可を求めてくる。それが菜那にとってはとてもありがたい気づかいだった。とはいえ体調が悪い、とか寝不足の時に誘われることはほぼないので断ることはほぼないのだが。
 するりと服を捲り上げられ、背中が露になる。ちゅっちゅっと音をたてながらキスの嵐が降りそそぎ、くるりと身体が回った。バチリと蒼司と目が合い、ドクンと心臓が高鳴る。引き寄せ合うように唇を重ね、熱い舌を絡ませた。久しぶりの舌と舌が濃密に重なり合うこの感覚に胸の奥が熱くなる。
「んっ、ふっ……」
 ギシッとソファーが軋み、唇が離れた。
 あ……。
 バサッと服を脱いだ蒼司はパパになっても裸体は引き締まっていて、思わず見惚れてしまうほど。自分はというと、なんだか最近太ってきたような気がする。特にお腹周りがムニムニしている。
「あのっ、電気を消してください」
「ダメですよ。菜那さんの綺麗な身体が見えなくなってしまいますからね」
「いやっ、本当に最近ちょっとお腹が、ね、だから消してくださいっ」
 うう~っと腕を伸ばすが、蒼司の身体はびくともしない。腕を取られ、キスで反論する口を塞がれた。
「ダメ。菜那さんの全部が見たいんですから」
「ん、んっ……」
 蒼司の舌先が口腔内をゆったりと這う。歯列をなぞられ、舌の付け根から吸い上げられた。零れ落ちそうになる唾液を絡み取っては身体の中に流し込む。夢中で唇を重ねていると、するりと柔らかなウエストに蒼司の手が触れた。
「っ……!」
 パジャマを捲り上げられ、下着があらわになる。和香那が産まれてからのセックスは服を着たままの事が多い。小さい頃は最中に突然泣き出し、慌てて服を着たこともあったからだ。
 唇を離した蒼司はブラジャーのホックを器用に外し、プルンと二つの膨らみを解放させた。胸の先端はまだ触れられてもいないのに、この先の刺激に期待するように硬く尖っている。
「んぅっ!」
 蒼司の指先が乳首に触れた。久しぶりの胸先からくるビリっとした感覚に菜那は背を反らせる。思わず出てしまった甲高い声に和香那が起きちゃったら、と慌てて自分の口を両手で塞いだ。
「そうですね。和香那が起きたら大変ですからね」
 コクコクと頷く菜那を見て蒼司はクスっと意地悪な笑みを見せた。そうっと耳元に近づき、小さな声で囁く。
「声、ちゃんと我慢してくださいね?」
 満足げな声と共に、蒼司の顔が菜那の胸の間に埋まった。
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