エリート建築士は傷心した彼女を愛し抜きたい

森本イチカ

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「そういえば蒼司さん、病院に着く前の話ってなんですか? ずっと気になっていたんです」
 ベビーベッドで小さな寝息を立てる和香那にそっと布団を掛けてキッチンに立つ蒼司の元へ向かった。蒼司は菜那のお気に入りのルイボスティーを淹れてくれている。
「あぁ、そうですね。じゃあお茶がもう淹れ終わるのでソファーで座って待っててください」
「分かりました。その、私も話があるので……聞いてもらえると嬉しいです」
「菜那さんも? 分かりました。すぐに行きますね」
 菜那はこくんと頷きソファーに座りながら蒼司を待った。
「お待たせしました。じゃあ先に菜那の話から聞かせてください」
 ギシッとソファーが軋み、肩の触れる距離に蒼司が座る。
「私からですか? いえっ、蒼司さんの話を先に聞きたいです」
「いえ、菜那さんから」
「いえいえ、蒼司さんの話から」
「俺の話より菜那さんの話を先に聞きたいんです」
「……ふふっ、さんづけに戻っちゃってますね」
 あ、と小さく口を開けた蒼司は目を細めて優しい笑みを見せた。菜那の大好きな蒼司の笑顔だ。
「つい、菜那さんには紳士ぶりたいって常に思っているからかもしれませんね」
「確かに、蒼司さんは出会った時からとっても優しくてスマートで、紳士の鏡みたいな人で……って話がそれちゃってるじゃないですか」
「ははっ、本当だ。じゃあ菜那から話して?」
 左ひじを自身の太腿につき、蒼司は菜那の顔を覗き込んだ。艶やかな瞳が菜那を捉える。この感じ、久しぶりだ。射抜かれるように見つめられ、自然と口が開いてしまう。
「私、ずっと自分には何もないと思ってました。空っぽの人間だなって……でも、やっと私もやりたいって思えることが出来たんです」
 蒼司は口をはさむことなく、優しくうんうん、と相槌だけを打ってくれている。
「その、私も蒼司さんと一緒にお家をつくりたい、といいますか、なんといいますか……整理収納アドバイザーとか色々な資格を取って、住むお客様が快適に家事が出来るお家を作りたいなって思ったんです。蒼司さんがあまり一軒家を設計していないのは聞いてますけど……陣痛が来た日、蒼司さんに設計図を見せてもらったじゃないですか。その時、今まで感じたことのないくらいの高揚感といいますか、やりたいっていう意欲が湧き上がってきたんです。だからその……」
 一緒に働かせてください、は図々しいし、弟子にしてください? もなんか違うような気がする。
 適切な言葉が見つからず口籠っていると「凄くいいタイミングです」と菜那を抱き寄せた。
「え……蒼司さん?」
 すっぽりと蒼司の腕の中の菜那は蒼司の言ういいタイミングのことが何のことなのか全く分からず、首を傾げる。不思議がる菜那から身体を離し、蒼司は真っすぐに菜那を見つめた。
「俺と共同で自分たちの家を建てませんか?」
 ……家?
「えっと……それはどういうことでしょうか?」
 きょとんと瞳を丸くする菜那の頭に蒼司の手が伸びた。柔らかく髪を撫でられ、愛おしそうに見つめてくるものだからドキドキと心臓が騒ぎ出す。
「今住んでるマンションじゃなくて、一軒家に住みませんか? 広い庭にも憧れますし、なにより今のマンションには子供部屋がないでしょう。これから兄弟だって増えるかもしれないし……だから、一緒に建築しませんか? 菜那さんの言う家事のしやすい理想の家を作り上げたいんです」
「理想の家……」
 その言葉にワクワクした。
「やりたい! やりたいです! とっても素敵ですっ!」
 パチンと両手を合わせて菜那は瞳をキラキラさせる。
「菜那さんならそう言ってくれると思ってました。二人で最高のマイホームを建てましょう」
「はいっ! 精一杯蒼司さんの元で勉強させてください」
「俺、建築の事になると結構厳しいですよ?」
「お、お手柔らかに?」
 顔を見合わせ声を出して笑いあう。
「んぅぅ~、んぎゃぁ、んぎゃぁ~っ」
 小さな手をぎゅっと握りしめ、和香那は顔をくしゃくしゃにしながら鳴き声を上げた。
「あ、起きちゃいましたね。ちょっと大きい声で笑い過ぎたかも」
 菜那は立ち上がり、和香那をそっと抱き上げる。
「もしかしたら和香那も話にはいりたかったのかな? 俺たちだけで盛り上がっちゃいましたから。ごめんな、和香那」
 蒼司が和香那の小さな手に指を伸ばす。その小さな手は蒼司の指を力づよく握りしめた。
「本当可愛い。寝顔も菜那さんにそっくりだけど、こうして泣いてる姿も。なんだか少し懐かしいな」
「出会ったばかりの頃は、その、私泣き虫でしたもんね。少しは強くなれましたかね?」
「俺からしたら菜那さんは最初から優しくて芯の強い女性でしたよ。だから惚れたんです」
 大好きな蒼司の腕に和香那と一緒に包み込まれた。安心感のあるこの温もり。和香那も菜那と同じように感じるのかいつの間にか泣き止みじぃっと蒼司と菜那の顔を見上げている。
「菜那さん」
「はい?」
「家族がたくさん増えても大丈夫なように大きな家にしましょうね」
「っ……」
 体中がぶわっと熱くなる。
「あっ……」
 頬に温かな雫が伝った。
 そっと親指で拭きとられ、蒼司は柔らかに微笑んだ。
「俺の腕の中でなら泣いたっていいんですよ」
 きっと、いつまでたっても泣き虫のままかもしれない。でもいいんだと思う。だって、彼の腕の中が一番の自分の居場所だと思えるから。
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