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「よし。さっさと終わらせちゃおうっと!」
乾燥まで終わった洗濯物を畳み、掃除機をかけているとインターホンが鳴った。
「珍しい。誰だろう?」
この部屋の番号を知っている人だとは思うけれど菜那が一緒に住み始めて人が訪れてくるのは初めてだ。
「あっ……!」
映っていたのはクルクルと綺麗に巻かれた髪を掻き上げながらインターホンを見つめる愛羅だった。
「どうして町田さんが……蒼司さんに会いにきたの……?」
出るべきか悩んだが、何度も鳴らされる呼び出し音に菜那は通話ボタンを押した。
「……はい。宇賀谷です」
「ああ、貴女ね。蒼司くんはいる?」
「いませんけど」
「そっ、じゃあ中で待たせてもらってもいいかしら。貴女にも話があるし」
「……私は町田さんと話はありません」
「あははっ、本当に逃げるしか能のない子なのね。ならいいわ。直接蒼司くんに会いに行くから」
「ちょっとっ!」
蒼司のことを信じている。決して自分のことを裏切り、愛羅の方に行ってしまうというのは考えられない。けれどやっぱり好意を寄せているであろう女性が蒼司の近くにいることはやっぱり嫌だ。それに、このまま愛羅に言われっぱなしなのも……嫌だ。
「町田さん。今開けますので入ってきてください」
「あら、気が変わったのかしら?」
「はい。どうぞ、お入りください」
菜那は解錠のボタンを押し、愛羅が入ってくるのを見届けた。あと数分したら愛羅がこの場に来る。そう思うと心臓がざわざわと騒ぎ出し、手に汗をかき始めた。
玄関のインターホンが鳴り、愛羅が到着したことを知らせる。ふぅと一息ついてから菜那は玄関の鍵を開けた。
「どうぞ、お入りください」
「どうも。……貴女もしかして妊娠、してるの?」
愛羅は菜那の膨れたお腹を見るなり、鋭利な瞳で睨みつけてくる。菜那も負けじと強い意志の瞳で愛羅を見返した。
「ええ、してます。蒼司さんの子です」
「……そうなの。それは知らなかったわ」
スタスタと菜那より先にリビングに入っていく愛羅を追いかける。
「へぇ、結構綺麗にしてるじゃない。でも蒼司くんって放っておくと部屋がすぐに汚くなるでしょう?」
愛羅の言っていることは本当だ。蒼司は家事が苦手で仕事に没頭するとすぐに部屋があれてしまう。そのおかげで家事代行を頼んでくれたからこそ菜那と蒼司は距離を縮めることが出来たのだ。
でもここで言い負けるわけにはいかない。菜那はぎゅっと両手を握りしめ、深く深呼吸をした。
「そう、ですね。でも今は私がいるので大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございます」
「あらそう。自分が家政婦って事自覚してるのね」
「家政、婦?」
……はい? 何を言っていの?
我が物顔でソファーに座った愛羅は菜那の顔を見るなり鼻で笑った。
「だって家政婦同然じゃない。聞いたところによると家事代行業者で働いていたんでしょう? 家事の苦手な蒼司くんにうってつけよね。言うことを黙って聞いてくれて家事をやってくれるなんて最高じゃない」
「なっ……」
酷い言葉がポンポンと出てくる愛羅は菜那に反論する余地を与えない。
「ほら、蒼司くんって優しいじゃない? だからきっと貴女に本当の事が言えてないと思うのよね。きっとちょっと遊びで抱いたら子供ができちゃって責任感じてるんでしょ。養育費はきちんと払うから、さっさとこの家から出て行きなさいよ。家政婦さん」
長い脚を組み、シッシッと菜那の事を手で払う。
「……蒼司さんはそんな風に酷いことを思うような人ではありません」
自分の出した声は人生で一番太く、低かったかもしれない。
愛羅はヒクリと口元を引き攣らせ菜那を睨みつける。
「あんた、なに蒼司くんのこと私はよく知ってますみたいに言ってんの? なに? そうやって私にマウントとってるわけ?」
「マウントって……私はただ本当の事を言ったまでで……」
ギロリと鋭い瞳にひるみそうになった時、ぐにゃんとお腹が動いた。まるでママ、負けるな、と応援されたかのよう。
わ……。
ママのこと、応援してくれるの?
お腹に触れるとポコポコと中から蹴ってくる。
ふふ、まるで会話してるみたい。
愛羅に罵倒されているはずなのに、この子のおかげで全く気にならなかった。昔の、蒼司と出会う前の菜那だったらすぐに傷ついて、目の前の出来事から逃げ出していたかもしれない。
「なに笑ってんのよ。私の事馬鹿にしてるのかしら?」
「いえ、そんな事は有りません。ちょっと待っていてくださいますか?」
菜那はキッチンに立ちお茶を淹れ始めた。最近常備してあるルイボスティーをカップに注いで愛羅に差し出した。
「どうぞ。最近ルイボスティーにはまってるんです」
「……ありがとう」
怒っているのに、お礼は言ってくれるんだ、と愛羅への印象が少し良くなった。自分と同じで蒼司の事が好きで誰にも渡したくないっていう気持ちが強いだけなんだと。お茶を眺める愛羅の隣に菜那も腰掛け、一口お茶を飲んだ。
「その、町田さんも蒼司さんが好き、なんですよね?」
「当たり前でしょう……」
愛羅は視線をお茶に落としたまま口を開いた。
「私と蒼司くんは子供のころはずっと一緒だった。高校生の頃、私がアメリカに引っ越さない限りずっと一緒に居られたのに。離れていても建築家を目指してる蒼司くんの力になれるように沢山勉強して、人脈を作って、時間はかかったけど、ようやく蒼司くんの力になれるくらいの力をつけて日本に戻ってきたのに……こんな何の力もない女に奪われてっ」
キッと涙を拭くんだ瞳に睨まれるが菜那は微々たりとも視線をずらさない。
「蒼司くんを返してよ!!!」
愛羅は泣き叫ぶような声で気持ちを訴えてくる。こんなにも真正面から気持ちをぶつけてくれた愛羅に対して、自分の気持ちもしっかりと伝えなければ。相手にとってそれは残酷な言葉かもしれないけれどきっと真っ直ぐな愛羅なら分かってくれるはず。菜那も愛羅の方を向いて座り直し、ピンと背筋を伸ばして力強い瞳で見つめ返した。
「それは無理です。私は蒼司さんから離れる気は全くありません。彼の役に立てていないかもしれないけど、私は彼が好き。愛してるんです」
「私だって! 蒼司くんが好きなだけなのに!」
愛羅は勢いよく立ち上がり、菜那の両肩に手を掛けた。グッと握られ、肩に痛みが走り菜那は顔を歪める。それでも逃げることはせずに愛羅から視線を逸らすことはなかった。蒼司の事が好きだと強い意志を込めて愛羅を見続ける。
「私だって蒼司さんが好き。今はまだ役に立ててないかもしれないけどそれでも、絶対彼の力になってみせる。彼の傍にいたいんです」
「このっ……ッ!」
真の太い声で言いきると、愛羅の右手が空気を切るように上に振りあがった。瞬時に叩かれると感じた菜那は咄嗟に目を瞑り、お腹をかばうように腰を丸くする。
……あれ? 痛く、ない?
バチンと痛みが身体に走ると思ったのに、何も感じない。恐る恐る瞳を開けながら顔を上げると目を吊り上げて、怖い顔をしている蒼司が愛羅の腕を取っていた。
「蒼司さん……?」
「愛羅! お前、菜那さんに自分が何しようとしたか分かってるのか?」
掴んだ愛羅の手を振り落とし、蒼司は菜那を守るように肩を抱き寄せた。愛羅は唇を噛み、悔しそうに瞳に涙を浮かべている。
「菜那さん、大丈夫でしたか? たまたま帰ってきたからよかったものの……」
「私は大丈夫です……それよりも町田さんの方が、きっと今凄く後悔していると思います。あまり怒らないであげてください」
「菜那さん……。愛羅、どういうことなんだ?」
蒼司は愛羅を見るが、口を結んだ愛羅はなかなか言葉を発しない。もしかしたら声に出すことによって耐えている涙がこぼれてしまうのかも。菜那も元カレの浮気現場に直面した時、悔しくて、言葉を発してしまうと涙が溢れそうになった経験がある。
「蒼司さん、ちょっといいですか」
菜那は立ち上がり、涙を堪えている愛羅の前に立った。
「町田さん。私にだけ気持ちを伝えるのではなく、蒼司さんにも伝えてあげてください。きっと蒼司さんは町田さんの気持ちに気づいていないような気がします」
「……なに、妻の余裕ってやつ?」
愛羅は腕を組んで菜那を睨みながら見下ろした。けれどその声は震えていて、強がっているのが分かる。
「はい。そうですね。でもそれ以上に蒼司さんを信じてるんで、私は大丈夫です。偉そうに聞こえるかもしれませんけど、気持ちを伝えることはきっと貴女のためにもなると思います」
「悔しい……でも、そうやって貴女は自分の気持ちをしっかり伝えてきたから、うまくいったのよね。私みたいに回りくどいことしないで、素直だったから……」
「私も最初は素直になれませんでしたよ。だから今からでも遅くはありません。だから、そんな怖い顔をしないでください。美人な顔が台無しです。私、初めて会った時、私の知らない蒼司さんのことを知っていて、それに凄く綺麗な人だったから町田さんに嫉妬してしまいました。それにとても努力家なことも今日知れましたし」
愛羅の顔がどんどん顔が赤くなっていく。罵倒を浴びせてきた相手なのにそんな姿が可愛いと思えた。菜那は愛羅の両手を取り、胸の前で握りしめた。
「町田さん、どうしますか? 無理強いはしません」
「私……いいわ、言わない。なんか力説されちゃってしらけちゃった~。帰るわ」
愛羅はそっと菜那の手を解いて耳元に顔を近づけた。
「蒼司くんが菜那さんを選んだの分かった気がするわ。イジメてごめんね」
菜那にしか聞こえない声で愛羅はそっと囁く。
菜那は目を大きく見開き、すぐに柔らかく細めた。
「蒼司くん、急にお邪魔しちゃってごめんね。もう帰るから、菜那さんとお幸せに。元気な赤ちゃん産んでね~」
「愛羅……ありがとう」
「別に。尊敬しているお兄ちゃんが結婚したんだもの。今度は出産祝いでももってくるわ」
ひらひらと手を振りながら愛羅は玄関へと向かった。菜那と蒼司もそろって愛羅の背中を追いかけ、玄関に向かう。
「あの……町田さん……」
ヒールを履く愛羅の背中に話しかける。
「ありがとうございます」
その瞬間、ポコッとお腹も動いた。
すっと立ち上がった愛羅はなんだか吹っ切れたような明るい顔をしていたことに菜那はニッコリと微笑んだ。
「じゃあね~」
バタンと閉まった玄関ドアに思わずホッとため息が零れ落ちた。
「菜那さん、今日のこれは一体なんですか?」
隣に立つ蒼司の声が少し怒っているように感じる。
「あ、えっと……と、とりあえず座りませんか?」
あはは、と苦笑いしながらソファーに座った。何から話そうかと頭の中でうんうん考えていると蒼司にふわりと抱きしめられる。
「あっ、えっと、蒼司さん……?」
「ごめん。会話の内容からですけど、俺が愛羅の気持ちに気が付いていたのにちゃんと断りを入れてなかったせいですよね?」
「蒼司さん、町田さんの気持ちに気が付いてたんですか? 私ったらてっきり気が付いていないのかと」
「まぁなんとなくですけど。でも愛羅に直接言われたわけじゃないから断るのもなんか違うよなぁって思ってしまってて。まさか忘れ物をして帰ってきたら修羅場になっていたんで驚きました。でも、俺が口を出さなくて正解でしたね。菜那さんは本当に強くて、優しい人だ」
蒼司の吐息が耳元を擽った。
「ますます惚れてしまいました」
「蒼司さん……」
そっと身体を離し、菜那は視線を自分のお腹に向けた。
「私は全く強くも優しくもありませんよ。もし強いと思ってもらえたならそれは蒼司さんに出会えたから。この子が私の元に来てくれたからです」
菜那は蒼司の手を取り、そっとお腹に触れさせた。
「強くならないとこの子を守れませんからね。もう泣いてばかりの私じゃありませんよ?」
「出会った頃はたくさん泣いていましたもんね。強くなったかもしれないですけど、これからも菜那さんのことは俺に守らせて。それにこの子のことも俺だってこの子の父親なんだから」
「二人でこの子の事守っていきましょうね」
コツンと額が軽くぶつかり、二人で笑いあう。
蒼司の大きな手が笑う菜那の頬を包み込み、チュッと軽い音を立てて唇が重なった。
「菜那さん、愛してる」
またチュッと唇が触れた。
「私も、蒼司さんのこと愛してます」
菜那の小さな手が蒼司の両頬に触れ、顔を上げてキスをした。何度も何度も愛してると小さなキスを繰り返す。
「私には何のとりえもないけど、蒼司さんの為に出来ることは何でも頑張ります」
するりと小指に蒼司の小指が絡みつく。
「頑張ってくれるのは嬉しいですけど、一人で頑張りすぎないこと。約束しましたよね?」
「……しました」
「でもまぁ、俺も菜那さんの為に頑張るからお互い様ってことでいいですね」
こくんと頷くと絡まった小指が蒼司の口元に近づき、柔らかな唇が触れる。
菜那の大好きな蒼司の手と、艶やかな唇に触れられて、心が反応したと同時にお腹の子も反応して思わず吹き出して笑った。一心同体ってこういうことを言うのかな。なんてことを思いながらまた唇が重なった。
乾燥まで終わった洗濯物を畳み、掃除機をかけているとインターホンが鳴った。
「珍しい。誰だろう?」
この部屋の番号を知っている人だとは思うけれど菜那が一緒に住み始めて人が訪れてくるのは初めてだ。
「あっ……!」
映っていたのはクルクルと綺麗に巻かれた髪を掻き上げながらインターホンを見つめる愛羅だった。
「どうして町田さんが……蒼司さんに会いにきたの……?」
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「……はい。宇賀谷です」
「ああ、貴女ね。蒼司くんはいる?」
「いませんけど」
「そっ、じゃあ中で待たせてもらってもいいかしら。貴女にも話があるし」
「……私は町田さんと話はありません」
「あははっ、本当に逃げるしか能のない子なのね。ならいいわ。直接蒼司くんに会いに行くから」
「ちょっとっ!」
蒼司のことを信じている。決して自分のことを裏切り、愛羅の方に行ってしまうというのは考えられない。けれどやっぱり好意を寄せているであろう女性が蒼司の近くにいることはやっぱり嫌だ。それに、このまま愛羅に言われっぱなしなのも……嫌だ。
「町田さん。今開けますので入ってきてください」
「あら、気が変わったのかしら?」
「はい。どうぞ、お入りください」
菜那は解錠のボタンを押し、愛羅が入ってくるのを見届けた。あと数分したら愛羅がこの場に来る。そう思うと心臓がざわざわと騒ぎ出し、手に汗をかき始めた。
玄関のインターホンが鳴り、愛羅が到着したことを知らせる。ふぅと一息ついてから菜那は玄関の鍵を開けた。
「どうぞ、お入りください」
「どうも。……貴女もしかして妊娠、してるの?」
愛羅は菜那の膨れたお腹を見るなり、鋭利な瞳で睨みつけてくる。菜那も負けじと強い意志の瞳で愛羅を見返した。
「ええ、してます。蒼司さんの子です」
「……そうなの。それは知らなかったわ」
スタスタと菜那より先にリビングに入っていく愛羅を追いかける。
「へぇ、結構綺麗にしてるじゃない。でも蒼司くんって放っておくと部屋がすぐに汚くなるでしょう?」
愛羅の言っていることは本当だ。蒼司は家事が苦手で仕事に没頭するとすぐに部屋があれてしまう。そのおかげで家事代行を頼んでくれたからこそ菜那と蒼司は距離を縮めることが出来たのだ。
でもここで言い負けるわけにはいかない。菜那はぎゅっと両手を握りしめ、深く深呼吸をした。
「そう、ですね。でも今は私がいるので大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございます」
「あらそう。自分が家政婦って事自覚してるのね」
「家政、婦?」
……はい? 何を言っていの?
我が物顔でソファーに座った愛羅は菜那の顔を見るなり鼻で笑った。
「だって家政婦同然じゃない。聞いたところによると家事代行業者で働いていたんでしょう? 家事の苦手な蒼司くんにうってつけよね。言うことを黙って聞いてくれて家事をやってくれるなんて最高じゃない」
「なっ……」
酷い言葉がポンポンと出てくる愛羅は菜那に反論する余地を与えない。
「ほら、蒼司くんって優しいじゃない? だからきっと貴女に本当の事が言えてないと思うのよね。きっとちょっと遊びで抱いたら子供ができちゃって責任感じてるんでしょ。養育費はきちんと払うから、さっさとこの家から出て行きなさいよ。家政婦さん」
長い脚を組み、シッシッと菜那の事を手で払う。
「……蒼司さんはそんな風に酷いことを思うような人ではありません」
自分の出した声は人生で一番太く、低かったかもしれない。
愛羅はヒクリと口元を引き攣らせ菜那を睨みつける。
「あんた、なに蒼司くんのこと私はよく知ってますみたいに言ってんの? なに? そうやって私にマウントとってるわけ?」
「マウントって……私はただ本当の事を言ったまでで……」
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わ……。
ママのこと、応援してくれるの?
お腹に触れるとポコポコと中から蹴ってくる。
ふふ、まるで会話してるみたい。
愛羅に罵倒されているはずなのに、この子のおかげで全く気にならなかった。昔の、蒼司と出会う前の菜那だったらすぐに傷ついて、目の前の出来事から逃げ出していたかもしれない。
「なに笑ってんのよ。私の事馬鹿にしてるのかしら?」
「いえ、そんな事は有りません。ちょっと待っていてくださいますか?」
菜那はキッチンに立ちお茶を淹れ始めた。最近常備してあるルイボスティーをカップに注いで愛羅に差し出した。
「どうぞ。最近ルイボスティーにはまってるんです」
「……ありがとう」
怒っているのに、お礼は言ってくれるんだ、と愛羅への印象が少し良くなった。自分と同じで蒼司の事が好きで誰にも渡したくないっていう気持ちが強いだけなんだと。お茶を眺める愛羅の隣に菜那も腰掛け、一口お茶を飲んだ。
「その、町田さんも蒼司さんが好き、なんですよね?」
「当たり前でしょう……」
愛羅は視線をお茶に落としたまま口を開いた。
「私と蒼司くんは子供のころはずっと一緒だった。高校生の頃、私がアメリカに引っ越さない限りずっと一緒に居られたのに。離れていても建築家を目指してる蒼司くんの力になれるように沢山勉強して、人脈を作って、時間はかかったけど、ようやく蒼司くんの力になれるくらいの力をつけて日本に戻ってきたのに……こんな何の力もない女に奪われてっ」
キッと涙を拭くんだ瞳に睨まれるが菜那は微々たりとも視線をずらさない。
「蒼司くんを返してよ!!!」
愛羅は泣き叫ぶような声で気持ちを訴えてくる。こんなにも真正面から気持ちをぶつけてくれた愛羅に対して、自分の気持ちもしっかりと伝えなければ。相手にとってそれは残酷な言葉かもしれないけれどきっと真っ直ぐな愛羅なら分かってくれるはず。菜那も愛羅の方を向いて座り直し、ピンと背筋を伸ばして力強い瞳で見つめ返した。
「それは無理です。私は蒼司さんから離れる気は全くありません。彼の役に立てていないかもしれないけど、私は彼が好き。愛してるんです」
「私だって! 蒼司くんが好きなだけなのに!」
愛羅は勢いよく立ち上がり、菜那の両肩に手を掛けた。グッと握られ、肩に痛みが走り菜那は顔を歪める。それでも逃げることはせずに愛羅から視線を逸らすことはなかった。蒼司の事が好きだと強い意志を込めて愛羅を見続ける。
「私だって蒼司さんが好き。今はまだ役に立ててないかもしれないけどそれでも、絶対彼の力になってみせる。彼の傍にいたいんです」
「このっ……ッ!」
真の太い声で言いきると、愛羅の右手が空気を切るように上に振りあがった。瞬時に叩かれると感じた菜那は咄嗟に目を瞑り、お腹をかばうように腰を丸くする。
……あれ? 痛く、ない?
バチンと痛みが身体に走ると思ったのに、何も感じない。恐る恐る瞳を開けながら顔を上げると目を吊り上げて、怖い顔をしている蒼司が愛羅の腕を取っていた。
「蒼司さん……?」
「愛羅! お前、菜那さんに自分が何しようとしたか分かってるのか?」
掴んだ愛羅の手を振り落とし、蒼司は菜那を守るように肩を抱き寄せた。愛羅は唇を噛み、悔しそうに瞳に涙を浮かべている。
「菜那さん、大丈夫でしたか? たまたま帰ってきたからよかったものの……」
「私は大丈夫です……それよりも町田さんの方が、きっと今凄く後悔していると思います。あまり怒らないであげてください」
「菜那さん……。愛羅、どういうことなんだ?」
蒼司は愛羅を見るが、口を結んだ愛羅はなかなか言葉を発しない。もしかしたら声に出すことによって耐えている涙がこぼれてしまうのかも。菜那も元カレの浮気現場に直面した時、悔しくて、言葉を発してしまうと涙が溢れそうになった経験がある。
「蒼司さん、ちょっといいですか」
菜那は立ち上がり、涙を堪えている愛羅の前に立った。
「町田さん。私にだけ気持ちを伝えるのではなく、蒼司さんにも伝えてあげてください。きっと蒼司さんは町田さんの気持ちに気づいていないような気がします」
「……なに、妻の余裕ってやつ?」
愛羅は腕を組んで菜那を睨みながら見下ろした。けれどその声は震えていて、強がっているのが分かる。
「はい。そうですね。でもそれ以上に蒼司さんを信じてるんで、私は大丈夫です。偉そうに聞こえるかもしれませんけど、気持ちを伝えることはきっと貴女のためにもなると思います」
「悔しい……でも、そうやって貴女は自分の気持ちをしっかり伝えてきたから、うまくいったのよね。私みたいに回りくどいことしないで、素直だったから……」
「私も最初は素直になれませんでしたよ。だから今からでも遅くはありません。だから、そんな怖い顔をしないでください。美人な顔が台無しです。私、初めて会った時、私の知らない蒼司さんのことを知っていて、それに凄く綺麗な人だったから町田さんに嫉妬してしまいました。それにとても努力家なことも今日知れましたし」
愛羅の顔がどんどん顔が赤くなっていく。罵倒を浴びせてきた相手なのにそんな姿が可愛いと思えた。菜那は愛羅の両手を取り、胸の前で握りしめた。
「町田さん、どうしますか? 無理強いはしません」
「私……いいわ、言わない。なんか力説されちゃってしらけちゃった~。帰るわ」
愛羅はそっと菜那の手を解いて耳元に顔を近づけた。
「蒼司くんが菜那さんを選んだの分かった気がするわ。イジメてごめんね」
菜那にしか聞こえない声で愛羅はそっと囁く。
菜那は目を大きく見開き、すぐに柔らかく細めた。
「蒼司くん、急にお邪魔しちゃってごめんね。もう帰るから、菜那さんとお幸せに。元気な赤ちゃん産んでね~」
「愛羅……ありがとう」
「別に。尊敬しているお兄ちゃんが結婚したんだもの。今度は出産祝いでももってくるわ」
ひらひらと手を振りながら愛羅は玄関へと向かった。菜那と蒼司もそろって愛羅の背中を追いかけ、玄関に向かう。
「あの……町田さん……」
ヒールを履く愛羅の背中に話しかける。
「ありがとうございます」
その瞬間、ポコッとお腹も動いた。
すっと立ち上がった愛羅はなんだか吹っ切れたような明るい顔をしていたことに菜那はニッコリと微笑んだ。
「じゃあね~」
バタンと閉まった玄関ドアに思わずホッとため息が零れ落ちた。
「菜那さん、今日のこれは一体なんですか?」
隣に立つ蒼司の声が少し怒っているように感じる。
「あ、えっと……と、とりあえず座りませんか?」
あはは、と苦笑いしながらソファーに座った。何から話そうかと頭の中でうんうん考えていると蒼司にふわりと抱きしめられる。
「あっ、えっと、蒼司さん……?」
「ごめん。会話の内容からですけど、俺が愛羅の気持ちに気が付いていたのにちゃんと断りを入れてなかったせいですよね?」
「蒼司さん、町田さんの気持ちに気が付いてたんですか? 私ったらてっきり気が付いていないのかと」
「まぁなんとなくですけど。でも愛羅に直接言われたわけじゃないから断るのもなんか違うよなぁって思ってしまってて。まさか忘れ物をして帰ってきたら修羅場になっていたんで驚きました。でも、俺が口を出さなくて正解でしたね。菜那さんは本当に強くて、優しい人だ」
蒼司の吐息が耳元を擽った。
「ますます惚れてしまいました」
「蒼司さん……」
そっと身体を離し、菜那は視線を自分のお腹に向けた。
「私は全く強くも優しくもありませんよ。もし強いと思ってもらえたならそれは蒼司さんに出会えたから。この子が私の元に来てくれたからです」
菜那は蒼司の手を取り、そっとお腹に触れさせた。
「強くならないとこの子を守れませんからね。もう泣いてばかりの私じゃありませんよ?」
「出会った頃はたくさん泣いていましたもんね。強くなったかもしれないですけど、これからも菜那さんのことは俺に守らせて。それにこの子のことも俺だってこの子の父親なんだから」
「二人でこの子の事守っていきましょうね」
コツンと額が軽くぶつかり、二人で笑いあう。
蒼司の大きな手が笑う菜那の頬を包み込み、チュッと軽い音を立てて唇が重なった。
「菜那さん、愛してる」
またチュッと唇が触れた。
「私も、蒼司さんのこと愛してます」
菜那の小さな手が蒼司の両頬に触れ、顔を上げてキスをした。何度も何度も愛してると小さなキスを繰り返す。
「私には何のとりえもないけど、蒼司さんの為に出来ることは何でも頑張ります」
するりと小指に蒼司の小指が絡みつく。
「頑張ってくれるのは嬉しいですけど、一人で頑張りすぎないこと。約束しましたよね?」
「……しました」
「でもまぁ、俺も菜那さんの為に頑張るからお互い様ってことでいいですね」
こくんと頷くと絡まった小指が蒼司の口元に近づき、柔らかな唇が触れる。
菜那の大好きな蒼司の手と、艶やかな唇に触れられて、心が反応したと同時にお腹の子も反応して思わず吹き出して笑った。一心同体ってこういうことを言うのかな。なんてことを思いながらまた唇が重なった。
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