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第七章・好きって気持ちは大事だから
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九月といえどまだ日は長く、朝日が昇るのは早い。朝の五時でも部屋の中を照らす分には十分な明るさで、遮光カーテンの隙間から朝日がほんわかと差し込んでくる。
喉の渇きで目が覚めた菜那は蒼司が起きないようそっとベッドを抜け出し、カーテンをしっかりと閉めた。そのまま足音を立てないようひっそりと寝室を出てリビングへ向かう。
早く起きちゃったし、少し手の込んだ朝ごはんでも作ろう。
妊娠七か月になり、日に日に大きくなっていくお腹が愛おしい。蒼司が仕事で部屋にこもっている昼間は家事の合間に買ったベビー雑誌を読むことが最近のルーティンとなっていた。
今日はモンティクリストを作ろうかな。スープは冷製ポタージュにしよう。
一緒に住み始めたころ、蒼司に言われた一言がある。頑張りすぎなくていい、手抜きでいいんだと。その言葉は菜那にとって魔法の言葉ともいえるくらい、自分を救ってくれた言葉だ。蒼司の前では頑張りすぎない、ありのままの自分をさらけ出せていた。朝御飯は卵かけごはんの時だってあるし、晩御飯を作るのが辛いときは宅配サービスだって使っている。
だからと言って蒼司におんぶに抱っこじゃいけないことは重々承知だ。自分は失業とともに、結婚と妊娠が重なり外に働きに出ることはなくなってしまったが、蒼司は毎日仕事を頑張っている。頑張っている蒼司を支えたいと思うのは自然な気持ちで、今の自分に出来ることと言ったら家を綺麗に保ち、美味しい料理を作って元気いっぱいになってもらうことぐらい。
「パパの仕事はね、本当にカッコいいんだよ」
そっとお腹に触れ、お腹の中の赤ちゃんに心の中で話かけた。するとグニュンっとお腹が動き、思わず笑みがこぼれる。こうしてタイミングよく胎動を感じるから本当に自分とお腹の子は繋がっているんだな、と不思議な気持ちだ。
ささっと洗面所で身だしなみを整えた菜那はエプロンをつけ、キッチンに立った。冷蔵庫の中からジャガイモと玉ねぎを取り出し、ポタージュの準備に取り掛かる。少し多めに作って自分のお昼の分も確保し、モンティクリストに取り掛かった。名前は随分お洒落で難しそうな料理に聞こえるが簡単に言えばフレンチトーストの間にハムとチーズを挟み、カリカリに焼いたものだ。蒼司の起きてくる七時を目安に焼き上げる前の工程まで仕上げた。
その間に洗濯機を回し、インテリアなどに軽くハンディモップをかけているとあっという間に六時四十五分になっていた。フライパンに火をかけ、じっくりと焼いていると香ばしい匂いがリビングに漂い始める。その匂いに釣られるかのようにふらふらと蒼司が起きてきた。
「菜那さん、おはようございます。凄くいい匂いがしますね」
「今日は少し早く目が覚めてしまったので、ちょっと豪華な朝ごはんにしました」
「美味しそうです。急いで顔を洗ってきますね!」
寝起きでふわついていたはずの蒼司がシャキンと背筋を伸ばし、洗面所に急ぎ足で消えていった。
「ふふっ、パパは意外と食いしん坊なんですよ」
なんてお腹に話し掛けながら料理をダイニングテーブルに並べた。
「「いただきます」」
向かい合って朝食を食べ、美味しいと頬を緩ます蒼司の表情が嬉しい。菜那もつられて笑みをこぼした。
ほのぼのと、幸せな朝を噛みしめる。食べ終えた食器を片した後、蒼司の淹れてくれたルイボスティーを飲みながら窓際に立ち、菜那は綺麗な青空を眺めていた。
初めて蒼司さんの家に来た時は曇り空で景色が悪かったっけ……。
今日は空一面、水色のいい天気だ。
「菜那さん」
後ろから名前を呼ばれて振り返ると支度を終えた蒼司が立っていた。
「蒼司さん」
家の中でのラフな姿もかっこいいがスーツでビシッと決まっている蒼司も大人の色気が溢れている。艶やかな黒髪から覗く切れ長の瞳はいつも優しく菜那を捉えてくれていた。
「じゃあ今日は一日外で打ち合わせと税理士さんに会うので、帰りは夕方になると思います」
「分かりました。頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。菜那さんも無理しないで、ゆっくり過ごしてくださいね。きっとこの子が産まれたら忙しくなるだろうから。でも、それが今は凄く楽しみなんだけどね」
蒼司は大きくなった菜那のお腹を愛おしそうに撫でながら立膝をつき、そっと耳をお腹に添えた。
「なんかぐるぐる言ってるな」
「……多分それは私のお腹の音かもしれません。朝御飯を消化中、かな?」
顔を見上げた蒼司と目が合い、お互いにじわじわと笑いが込み上げる。
「はははっ。じゃあ、仕事に行ってきますね」
「もうっ、いってらっしゃい」
「いってきます」
ちゅっと音を立てて唇が触れるだけのキスを交わし、蒼司は玄関を出て行った。
喉の渇きで目が覚めた菜那は蒼司が起きないようそっとベッドを抜け出し、カーテンをしっかりと閉めた。そのまま足音を立てないようひっそりと寝室を出てリビングへ向かう。
早く起きちゃったし、少し手の込んだ朝ごはんでも作ろう。
妊娠七か月になり、日に日に大きくなっていくお腹が愛おしい。蒼司が仕事で部屋にこもっている昼間は家事の合間に買ったベビー雑誌を読むことが最近のルーティンとなっていた。
今日はモンティクリストを作ろうかな。スープは冷製ポタージュにしよう。
一緒に住み始めたころ、蒼司に言われた一言がある。頑張りすぎなくていい、手抜きでいいんだと。その言葉は菜那にとって魔法の言葉ともいえるくらい、自分を救ってくれた言葉だ。蒼司の前では頑張りすぎない、ありのままの自分をさらけ出せていた。朝御飯は卵かけごはんの時だってあるし、晩御飯を作るのが辛いときは宅配サービスだって使っている。
だからと言って蒼司におんぶに抱っこじゃいけないことは重々承知だ。自分は失業とともに、結婚と妊娠が重なり外に働きに出ることはなくなってしまったが、蒼司は毎日仕事を頑張っている。頑張っている蒼司を支えたいと思うのは自然な気持ちで、今の自分に出来ることと言ったら家を綺麗に保ち、美味しい料理を作って元気いっぱいになってもらうことぐらい。
「パパの仕事はね、本当にカッコいいんだよ」
そっとお腹に触れ、お腹の中の赤ちゃんに心の中で話かけた。するとグニュンっとお腹が動き、思わず笑みがこぼれる。こうしてタイミングよく胎動を感じるから本当に自分とお腹の子は繋がっているんだな、と不思議な気持ちだ。
ささっと洗面所で身だしなみを整えた菜那はエプロンをつけ、キッチンに立った。冷蔵庫の中からジャガイモと玉ねぎを取り出し、ポタージュの準備に取り掛かる。少し多めに作って自分のお昼の分も確保し、モンティクリストに取り掛かった。名前は随分お洒落で難しそうな料理に聞こえるが簡単に言えばフレンチトーストの間にハムとチーズを挟み、カリカリに焼いたものだ。蒼司の起きてくる七時を目安に焼き上げる前の工程まで仕上げた。
その間に洗濯機を回し、インテリアなどに軽くハンディモップをかけているとあっという間に六時四十五分になっていた。フライパンに火をかけ、じっくりと焼いていると香ばしい匂いがリビングに漂い始める。その匂いに釣られるかのようにふらふらと蒼司が起きてきた。
「菜那さん、おはようございます。凄くいい匂いがしますね」
「今日は少し早く目が覚めてしまったので、ちょっと豪華な朝ごはんにしました」
「美味しそうです。急いで顔を洗ってきますね!」
寝起きでふわついていたはずの蒼司がシャキンと背筋を伸ばし、洗面所に急ぎ足で消えていった。
「ふふっ、パパは意外と食いしん坊なんですよ」
なんてお腹に話し掛けながら料理をダイニングテーブルに並べた。
「「いただきます」」
向かい合って朝食を食べ、美味しいと頬を緩ます蒼司の表情が嬉しい。菜那もつられて笑みをこぼした。
ほのぼのと、幸せな朝を噛みしめる。食べ終えた食器を片した後、蒼司の淹れてくれたルイボスティーを飲みながら窓際に立ち、菜那は綺麗な青空を眺めていた。
初めて蒼司さんの家に来た時は曇り空で景色が悪かったっけ……。
今日は空一面、水色のいい天気だ。
「菜那さん」
後ろから名前を呼ばれて振り返ると支度を終えた蒼司が立っていた。
「蒼司さん」
家の中でのラフな姿もかっこいいがスーツでビシッと決まっている蒼司も大人の色気が溢れている。艶やかな黒髪から覗く切れ長の瞳はいつも優しく菜那を捉えてくれていた。
「じゃあ今日は一日外で打ち合わせと税理士さんに会うので、帰りは夕方になると思います」
「分かりました。頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。菜那さんも無理しないで、ゆっくり過ごしてくださいね。きっとこの子が産まれたら忙しくなるだろうから。でも、それが今は凄く楽しみなんだけどね」
蒼司は大きくなった菜那のお腹を愛おしそうに撫でながら立膝をつき、そっと耳をお腹に添えた。
「なんかぐるぐる言ってるな」
「……多分それは私のお腹の音かもしれません。朝御飯を消化中、かな?」
顔を見上げた蒼司と目が合い、お互いにじわじわと笑いが込み上げる。
「はははっ。じゃあ、仕事に行ってきますね」
「もうっ、いってらっしゃい」
「いってきます」
ちゅっと音を立てて唇が触れるだけのキスを交わし、蒼司は玄関を出て行った。
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