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頑張りすぎなくていい。そう蒼司に言われたけれど、菜那は出来なさすぎる自分に落ち込んでいた。
「ううっ……」
気持ち悪い。リビングに掃除機をかけていた菜那はトイレに駆け込んだ。
胃の奥から急に襲い掛かる吐き気に顔が歪む。悪阻で色々なことが出来なくなっていた。炊き立てのご飯の匂いを嗅ぐと気持ち悪くなり、なんとかご飯を作っても後片付けの生ごみ処理の匂いで気持ち悪くなったりと思うように事が進まない。食欲も湧かなく食べたら吐いてしまい常に胃の中は空っぽの状態だ。吐いても出てくるのは酸っぱい胃液だけ。
吐き切り、トイレを出て洗面所ですぐに口をゆすいだ。
「はぁ……」
鏡に映る自分の顔は分かりやすいくらいげっそりとしている。
初めての妊娠、初めての悪阻。何もかもが手探り状態の中とはいえ、蒼司の為に何もできていない自分に嫌気がさしていた。菜那の事を気遣い、家事の苦手な蒼司も率先して手伝ってくれ、最近では蒼司のほうがキッチンに立っている気がする。自分の唯一の取柄である家事でさえまともに出来ない。
ご飯もまともに作れなくて、蒼司さんにばっかり負担掛けちゃって……。奥さん失格だよね。
肩を落としながらリビングに戻ると自室でリモート打ち合わせをしていた蒼司が部屋から出てきていた。
「菜那さん、大丈夫ですか? 顔色が悪いですから無理せず横になっていてください」
「大丈夫ですよ」
無理して笑う菜那に気が付いたのか、蒼司は菜那の元に寄り添い両肩に手を添えて寝室まで誘導した。
「あ、あの、蒼司さん?」
菜那と一緒になぜか蒼司まで一緒にベッドに横になっている。
「俺もちょっと疲れたから一緒に休憩しましょう。おいで」
蒼司は片腕を伸ばし、菜那を誘い込む。どうしようかと迷っている菜那を蒼司は優しく引き寄せ腕の中に菜那を包み込んだ。
「蒼司さん……」
「ん?」
「いえ、なんでもないです」
本当は分かっている。蒼司は菜那の為にこうして自分も休憩すると言って菜那が休みやすいようにしてくれていることも。優しい人だ。いつも菜那のことを優先してくれる優しい人。なのに、蒼司に対して自分は何が出来ているだろうか。褒められた料理もまともに作ることが出来ない。家を綺麗に保つことも出来ない。自分の唯一の取柄である家事が何も出来ないことに菜那の気持ちは落ちていく一方だった。
それでも蒼司の腕の中は心地いい。蒼司の爽やかで甘い香りも大好きだ。蒼司のぬくい体温も大好きだ。そっと目を瞑り、とくとくとリズムよく耳元に響く心音も大好きだ。
「菜那さん、ここからは俺の独り言です」
「え……?」
不思議な発言に思わず目を開いた。
「頑張りすぎないで。気負いすぎないで」
とんとんとん、と蒼司は菜那の優しく背中をさする。
「女性は身体の中に生命を宿すことが出来る。男には絶対出来ないことです。とても凄いことだ。貴女は本当に凄い。一つの生命を背負って今必死に苦しさと戦ってくれていますよね」
……戦っている。
そう。この負の感情と戦っている。大好きだから、蒼司の役に立てないことが辛い。赤ちゃんがお腹の中にいて嬉しいのに、嬉しいはずなのに、何も出来ない自分が不甲斐なくて感情がぐちゃぐちゃに絡まっている。
「貴女なら負けないはずだ。泣いても、泣いても立ち上がる強さを持っていますからね」
閉じた瞳の端からツーっと涙が零れ落ちた。
「その強さを引き出すのも、支えるのも、守るのも、俺の役目だから。そこは譲りませんけどね」
そっと頭を何度も撫でられる。
……負けないぞ。
蒼司の独り言のおかげでそう思えた。やっぱり蒼司は出会った時から自分のヒーローだ。愛するヒーローの為に頑張ろう、そう腕の中に包まれながら菜那は自分の心に誓った。
「ううっ……」
気持ち悪い。リビングに掃除機をかけていた菜那はトイレに駆け込んだ。
胃の奥から急に襲い掛かる吐き気に顔が歪む。悪阻で色々なことが出来なくなっていた。炊き立てのご飯の匂いを嗅ぐと気持ち悪くなり、なんとかご飯を作っても後片付けの生ごみ処理の匂いで気持ち悪くなったりと思うように事が進まない。食欲も湧かなく食べたら吐いてしまい常に胃の中は空っぽの状態だ。吐いても出てくるのは酸っぱい胃液だけ。
吐き切り、トイレを出て洗面所ですぐに口をゆすいだ。
「はぁ……」
鏡に映る自分の顔は分かりやすいくらいげっそりとしている。
初めての妊娠、初めての悪阻。何もかもが手探り状態の中とはいえ、蒼司の為に何もできていない自分に嫌気がさしていた。菜那の事を気遣い、家事の苦手な蒼司も率先して手伝ってくれ、最近では蒼司のほうがキッチンに立っている気がする。自分の唯一の取柄である家事でさえまともに出来ない。
ご飯もまともに作れなくて、蒼司さんにばっかり負担掛けちゃって……。奥さん失格だよね。
肩を落としながらリビングに戻ると自室でリモート打ち合わせをしていた蒼司が部屋から出てきていた。
「菜那さん、大丈夫ですか? 顔色が悪いですから無理せず横になっていてください」
「大丈夫ですよ」
無理して笑う菜那に気が付いたのか、蒼司は菜那の元に寄り添い両肩に手を添えて寝室まで誘導した。
「あ、あの、蒼司さん?」
菜那と一緒になぜか蒼司まで一緒にベッドに横になっている。
「俺もちょっと疲れたから一緒に休憩しましょう。おいで」
蒼司は片腕を伸ばし、菜那を誘い込む。どうしようかと迷っている菜那を蒼司は優しく引き寄せ腕の中に菜那を包み込んだ。
「蒼司さん……」
「ん?」
「いえ、なんでもないです」
本当は分かっている。蒼司は菜那の為にこうして自分も休憩すると言って菜那が休みやすいようにしてくれていることも。優しい人だ。いつも菜那のことを優先してくれる優しい人。なのに、蒼司に対して自分は何が出来ているだろうか。褒められた料理もまともに作ることが出来ない。家を綺麗に保つことも出来ない。自分の唯一の取柄である家事が何も出来ないことに菜那の気持ちは落ちていく一方だった。
それでも蒼司の腕の中は心地いい。蒼司の爽やかで甘い香りも大好きだ。蒼司のぬくい体温も大好きだ。そっと目を瞑り、とくとくとリズムよく耳元に響く心音も大好きだ。
「菜那さん、ここからは俺の独り言です」
「え……?」
不思議な発言に思わず目を開いた。
「頑張りすぎないで。気負いすぎないで」
とんとんとん、と蒼司は菜那の優しく背中をさする。
「女性は身体の中に生命を宿すことが出来る。男には絶対出来ないことです。とても凄いことだ。貴女は本当に凄い。一つの生命を背負って今必死に苦しさと戦ってくれていますよね」
……戦っている。
そう。この負の感情と戦っている。大好きだから、蒼司の役に立てないことが辛い。赤ちゃんがお腹の中にいて嬉しいのに、嬉しいはずなのに、何も出来ない自分が不甲斐なくて感情がぐちゃぐちゃに絡まっている。
「貴女なら負けないはずだ。泣いても、泣いても立ち上がる強さを持っていますからね」
閉じた瞳の端からツーっと涙が零れ落ちた。
「その強さを引き出すのも、支えるのも、守るのも、俺の役目だから。そこは譲りませんけどね」
そっと頭を何度も撫でられる。
……負けないぞ。
蒼司の独り言のおかげでそう思えた。やっぱり蒼司は出会った時から自分のヒーローだ。愛するヒーローの為に頑張ろう、そう腕の中に包まれながら菜那は自分の心に誓った。
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