26 / 39
ーーー
しおりを挟む
頑張りすぎなくていい。そう蒼司に言われたけれど、菜那は出来なさすぎる自分に落ち込んでいた。
「ううっ……」
気持ち悪い。リビングに掃除機をかけていた菜那はトイレに駆け込んだ。
胃の奥から急に襲い掛かる吐き気に顔が歪む。悪阻で色々なことが出来なくなっていた。炊き立てのご飯の匂いを嗅ぐと気持ち悪くなり、なんとかご飯を作っても後片付けの生ごみ処理の匂いで気持ち悪くなったりと思うように事が進まない。食欲も湧かなく食べたら吐いてしまい常に胃の中は空っぽの状態だ。吐いても出てくるのは酸っぱい胃液だけ。
吐き切り、トイレを出て洗面所ですぐに口をゆすいだ。
「はぁ……」
鏡に映る自分の顔は分かりやすいくらいげっそりとしている。
初めての妊娠、初めての悪阻。何もかもが手探り状態の中とはいえ、蒼司の為に何もできていない自分に嫌気がさしていた。菜那の事を気遣い、家事の苦手な蒼司も率先して手伝ってくれ、最近では蒼司のほうがキッチンに立っている気がする。自分の唯一の取柄である家事でさえまともに出来ない。
ご飯もまともに作れなくて、蒼司さんにばっかり負担掛けちゃって……。奥さん失格だよね。
肩を落としながらリビングに戻ると自室でリモート打ち合わせをしていた蒼司が部屋から出てきていた。
「菜那さん、大丈夫ですか? 顔色が悪いですから無理せず横になっていてください」
「大丈夫ですよ」
無理して笑う菜那に気が付いたのか、蒼司は菜那の元に寄り添い両肩に手を添えて寝室まで誘導した。
「あ、あの、蒼司さん?」
菜那と一緒になぜか蒼司まで一緒にベッドに横になっている。
「俺もちょっと疲れたから一緒に休憩しましょう。おいで」
蒼司は片腕を伸ばし、菜那を誘い込む。どうしようかと迷っている菜那を蒼司は優しく引き寄せ腕の中に菜那を包み込んだ。
「蒼司さん……」
「ん?」
「いえ、なんでもないです」
本当は分かっている。蒼司は菜那の為にこうして自分も休憩すると言って菜那が休みやすいようにしてくれていることも。優しい人だ。いつも菜那のことを優先してくれる優しい人。なのに、蒼司に対して自分は何が出来ているだろうか。褒められた料理もまともに作ることが出来ない。家を綺麗に保つことも出来ない。自分の唯一の取柄である家事が何も出来ないことに菜那の気持ちは落ちていく一方だった。
それでも蒼司の腕の中は心地いい。蒼司の爽やかで甘い香りも大好きだ。蒼司のぬくい体温も大好きだ。そっと目を瞑り、とくとくとリズムよく耳元に響く心音も大好きだ。
「菜那さん、ここからは俺の独り言です」
「え……?」
不思議な発言に思わず目を開いた。
「頑張りすぎないで。気負いすぎないで」
とんとんとん、と蒼司は菜那の優しく背中をさする。
「女性は身体の中に生命を宿すことが出来る。男には絶対出来ないことです。とても凄いことだ。貴女は本当に凄い。一つの生命を背負って今必死に苦しさと戦ってくれていますよね」
……戦っている。
そう。この負の感情と戦っている。大好きだから、蒼司の役に立てないことが辛い。赤ちゃんがお腹の中にいて嬉しいのに、嬉しいはずなのに、何も出来ない自分が不甲斐なくて感情がぐちゃぐちゃに絡まっている。
「貴女なら負けないはずだ。泣いても、泣いても立ち上がる強さを持っていますからね」
閉じた瞳の端からツーっと涙が零れ落ちた。
「その強さを引き出すのも、支えるのも、守るのも、俺の役目だから。そこは譲りませんけどね」
そっと頭を何度も撫でられる。
……負けないぞ。
蒼司の独り言のおかげでそう思えた。やっぱり蒼司は出会った時から自分のヒーローだ。愛するヒーローの為に頑張ろう、そう腕の中に包まれながら菜那は自分の心に誓った。
「ううっ……」
気持ち悪い。リビングに掃除機をかけていた菜那はトイレに駆け込んだ。
胃の奥から急に襲い掛かる吐き気に顔が歪む。悪阻で色々なことが出来なくなっていた。炊き立てのご飯の匂いを嗅ぐと気持ち悪くなり、なんとかご飯を作っても後片付けの生ごみ処理の匂いで気持ち悪くなったりと思うように事が進まない。食欲も湧かなく食べたら吐いてしまい常に胃の中は空っぽの状態だ。吐いても出てくるのは酸っぱい胃液だけ。
吐き切り、トイレを出て洗面所ですぐに口をゆすいだ。
「はぁ……」
鏡に映る自分の顔は分かりやすいくらいげっそりとしている。
初めての妊娠、初めての悪阻。何もかもが手探り状態の中とはいえ、蒼司の為に何もできていない自分に嫌気がさしていた。菜那の事を気遣い、家事の苦手な蒼司も率先して手伝ってくれ、最近では蒼司のほうがキッチンに立っている気がする。自分の唯一の取柄である家事でさえまともに出来ない。
ご飯もまともに作れなくて、蒼司さんにばっかり負担掛けちゃって……。奥さん失格だよね。
肩を落としながらリビングに戻ると自室でリモート打ち合わせをしていた蒼司が部屋から出てきていた。
「菜那さん、大丈夫ですか? 顔色が悪いですから無理せず横になっていてください」
「大丈夫ですよ」
無理して笑う菜那に気が付いたのか、蒼司は菜那の元に寄り添い両肩に手を添えて寝室まで誘導した。
「あ、あの、蒼司さん?」
菜那と一緒になぜか蒼司まで一緒にベッドに横になっている。
「俺もちょっと疲れたから一緒に休憩しましょう。おいで」
蒼司は片腕を伸ばし、菜那を誘い込む。どうしようかと迷っている菜那を蒼司は優しく引き寄せ腕の中に菜那を包み込んだ。
「蒼司さん……」
「ん?」
「いえ、なんでもないです」
本当は分かっている。蒼司は菜那の為にこうして自分も休憩すると言って菜那が休みやすいようにしてくれていることも。優しい人だ。いつも菜那のことを優先してくれる優しい人。なのに、蒼司に対して自分は何が出来ているだろうか。褒められた料理もまともに作ることが出来ない。家を綺麗に保つことも出来ない。自分の唯一の取柄である家事が何も出来ないことに菜那の気持ちは落ちていく一方だった。
それでも蒼司の腕の中は心地いい。蒼司の爽やかで甘い香りも大好きだ。蒼司のぬくい体温も大好きだ。そっと目を瞑り、とくとくとリズムよく耳元に響く心音も大好きだ。
「菜那さん、ここからは俺の独り言です」
「え……?」
不思議な発言に思わず目を開いた。
「頑張りすぎないで。気負いすぎないで」
とんとんとん、と蒼司は菜那の優しく背中をさする。
「女性は身体の中に生命を宿すことが出来る。男には絶対出来ないことです。とても凄いことだ。貴女は本当に凄い。一つの生命を背負って今必死に苦しさと戦ってくれていますよね」
……戦っている。
そう。この負の感情と戦っている。大好きだから、蒼司の役に立てないことが辛い。赤ちゃんがお腹の中にいて嬉しいのに、嬉しいはずなのに、何も出来ない自分が不甲斐なくて感情がぐちゃぐちゃに絡まっている。
「貴女なら負けないはずだ。泣いても、泣いても立ち上がる強さを持っていますからね」
閉じた瞳の端からツーっと涙が零れ落ちた。
「その強さを引き出すのも、支えるのも、守るのも、俺の役目だから。そこは譲りませんけどね」
そっと頭を何度も撫でられる。
……負けないぞ。
蒼司の独り言のおかげでそう思えた。やっぱり蒼司は出会った時から自分のヒーローだ。愛するヒーローの為に頑張ろう、そう腕の中に包まれながら菜那は自分の心に誓った。
1
お気に入りに追加
244
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

俺様系和服社長の家庭教師になりました。
蝶野ともえ
恋愛
一葉 翠(いつは すい)は、とある高級ブランドの店員。
ある日、常連である和服のイケメン社長に接客を指名されてしまう。
冷泉 色 (れいぜん しき) 高級和食店や呉服屋を国内に展開する大手企業の社長。普段は人当たりが良いが、オフや自分の会社に戻ると一気に俺様になる。
「君に一目惚れした。バックではなく、おまえ自身と取引をさせろ。」
それから気づくと色の家庭教師になることに!?
期間限定の生徒と先生の関係から、お互いに気持ちが変わっていって、、、
俺様社長に翻弄される日々がスタートした。
人生を諦めた私へ、冷酷な産業医から最大級の溺愛を。
海月いおり
恋愛
昔からプログラミングが大好きだった黒磯由香里は、念願のプログラマーになった。しかし現実は厳しく、続く時間外勤務に翻弄される。ある日、チームメンバーの1人が鬱により退職したことによって、抱える仕事量が増えた。それが原因で今度は由香里の精神がどんどん壊れていく。
総務から産業医との面接を指示され始まる、冷酷な精神科医、日比野玲司との関わり。
日比野と関わることで、由香里は徐々に自分を取り戻す……。
初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる
ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。
だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。
あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは……
幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!?
これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。
※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。
「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる