24 / 39
第五章・宿った大切な命
しおりを挟む
たくさんの洗濯物が入った鞄を持って菜那は癌センタ―に来ている。仕事を辞めて二か月、つまり蒼司と結婚して二か月が経っていた。
毎日が溶けてしまいそうになるほどの蒼司からの甘い言葉に酔いしれながらも、菜那は現実と戦っている。ハローワークに通うがなかなか自分に合った職業が見つからず、その足で母の入院している病室へと足を運んでいた。
「お母さん、体調はどう?」
「全然大丈夫よ。菜那こそ、新婚なのにこんな毎日のように病院に来ちゃって。わたしなら大丈夫だから蒼司さんに尽くしなさいよ。昨日だって蒼司さんが立派な花を持ってきてきれたんだから。あんな素敵は人、滅多にいないよ」
「本当だよね。私にはもったいないくらい……。花の水、換えてくるね!」
窓の近くの棚に飾ってあった花は蒼司が母親にプレゼントしたものだ。昨日の午後から、打ち合わせで外にでた蒼司は黄色のガーベラがたくさん入った花束を持ってお見舞いに来てくれていたらしい。昨日の夜、夕飯を一緒に食べながら蒼司に聞いて驚いた。何度か蒼司は菜那に何も言わず、母親のお見舞いに行っていることがある。自分の知らないところで母親を大事にしてもらえていることがどんなに嬉しいことか。本当にこんなに優しくて完璧な人がどうして取柄もなにもない自分を好きになってくれたのか未だに分からないし、結婚したという実感もまだ夢の中にいるようだ。
「本当に立派なお花だよね」
たくさんの花が飾られた花瓶を持とうと近づいた瞬間、花の甘い香りがやけに強く感じ、吐き気を催した。
「っう……!」
胃の中のものが競りあがってくる感覚に驚いて、咄嗟に洗面所に顔を伏せた。
「菜那? 大丈夫?」
心配そうな母親の声が聞こえ、菜那は口元をぬぐって笑顔を見せる。
「ははっ、大丈夫。なんか花粉の匂いが強すぎたのかな? こんなたくさんの花の匂いなんて滅多に嗅がないから」
「菜那……もしかして……」
「ん? 何?」
「ううん、なんでもないわ。体調に気をつけなさいよ」
「分かってるって。じゃあ花瓶の水換えるね」
やっぱり匂いがきつく感じるけれど、グッと息を止めて新しい水に入れ替えた。
こんなに花の匂いダメだったっけ? なんかすごく気持ち悪い……。
花から遠ざかっても胃のムカムカした感じが治まらない。なんだか立ち眩みのような感覚を感じてきた菜那は無理矢理笑顔を作った。
「お母さん、今日は用事があるからもう帰るね。また来るから」
「そんな頻繁に来なくて本当にいいから。菜那、自分の身体を一番大事にしなさい」
「うん、わかってるよ。じゃあ帰るね」
菜那は鞄を持ち、少し急ぎ足で病院を出た。
「う~なんでこんなに気持ち悪いんだろ……」
大きな溜息が出たと同時にふと頭に一つの可能性が浮かんだ。
……あれ、もしかして。
急な吐き気に、貧血のような症状。一つ、思い当たる節がある。でも、まさか……、そう思いつつ菜那の足取りは軽くなり、ドラッグストアに向かって軽快に歩き出した。
毎日が溶けてしまいそうになるほどの蒼司からの甘い言葉に酔いしれながらも、菜那は現実と戦っている。ハローワークに通うがなかなか自分に合った職業が見つからず、その足で母の入院している病室へと足を運んでいた。
「お母さん、体調はどう?」
「全然大丈夫よ。菜那こそ、新婚なのにこんな毎日のように病院に来ちゃって。わたしなら大丈夫だから蒼司さんに尽くしなさいよ。昨日だって蒼司さんが立派な花を持ってきてきれたんだから。あんな素敵は人、滅多にいないよ」
「本当だよね。私にはもったいないくらい……。花の水、換えてくるね!」
窓の近くの棚に飾ってあった花は蒼司が母親にプレゼントしたものだ。昨日の午後から、打ち合わせで外にでた蒼司は黄色のガーベラがたくさん入った花束を持ってお見舞いに来てくれていたらしい。昨日の夜、夕飯を一緒に食べながら蒼司に聞いて驚いた。何度か蒼司は菜那に何も言わず、母親のお見舞いに行っていることがある。自分の知らないところで母親を大事にしてもらえていることがどんなに嬉しいことか。本当にこんなに優しくて完璧な人がどうして取柄もなにもない自分を好きになってくれたのか未だに分からないし、結婚したという実感もまだ夢の中にいるようだ。
「本当に立派なお花だよね」
たくさんの花が飾られた花瓶を持とうと近づいた瞬間、花の甘い香りがやけに強く感じ、吐き気を催した。
「っう……!」
胃の中のものが競りあがってくる感覚に驚いて、咄嗟に洗面所に顔を伏せた。
「菜那? 大丈夫?」
心配そうな母親の声が聞こえ、菜那は口元をぬぐって笑顔を見せる。
「ははっ、大丈夫。なんか花粉の匂いが強すぎたのかな? こんなたくさんの花の匂いなんて滅多に嗅がないから」
「菜那……もしかして……」
「ん? 何?」
「ううん、なんでもないわ。体調に気をつけなさいよ」
「分かってるって。じゃあ花瓶の水換えるね」
やっぱり匂いがきつく感じるけれど、グッと息を止めて新しい水に入れ替えた。
こんなに花の匂いダメだったっけ? なんかすごく気持ち悪い……。
花から遠ざかっても胃のムカムカした感じが治まらない。なんだか立ち眩みのような感覚を感じてきた菜那は無理矢理笑顔を作った。
「お母さん、今日は用事があるからもう帰るね。また来るから」
「そんな頻繁に来なくて本当にいいから。菜那、自分の身体を一番大事にしなさい」
「うん、わかってるよ。じゃあ帰るね」
菜那は鞄を持ち、少し急ぎ足で病院を出た。
「う~なんでこんなに気持ち悪いんだろ……」
大きな溜息が出たと同時にふと頭に一つの可能性が浮かんだ。
……あれ、もしかして。
急な吐き気に、貧血のような症状。一つ、思い当たる節がある。でも、まさか……、そう思いつつ菜那の足取りは軽くなり、ドラッグストアに向かって軽快に歩き出した。
0
お気に入りに追加
244
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。

俺様系和服社長の家庭教師になりました。
蝶野ともえ
恋愛
一葉 翠(いつは すい)は、とある高級ブランドの店員。
ある日、常連である和服のイケメン社長に接客を指名されてしまう。
冷泉 色 (れいぜん しき) 高級和食店や呉服屋を国内に展開する大手企業の社長。普段は人当たりが良いが、オフや自分の会社に戻ると一気に俺様になる。
「君に一目惚れした。バックではなく、おまえ自身と取引をさせろ。」
それから気づくと色の家庭教師になることに!?
期間限定の生徒と先生の関係から、お互いに気持ちが変わっていって、、、
俺様社長に翻弄される日々がスタートした。
人生を諦めた私へ、冷酷な産業医から最大級の溺愛を。
海月いおり
恋愛
昔からプログラミングが大好きだった黒磯由香里は、念願のプログラマーになった。しかし現実は厳しく、続く時間外勤務に翻弄される。ある日、チームメンバーの1人が鬱により退職したことによって、抱える仕事量が増えた。それが原因で今度は由香里の精神がどんどん壊れていく。
総務から産業医との面接を指示され始まる、冷酷な精神科医、日比野玲司との関わり。
日比野と関わることで、由香里は徐々に自分を取り戻す……。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
私を抱かないと新曲ができないって本当ですか? 〜イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い〜
入海月子
恋愛
「君といると曲のアイディアが湧くんだ」
昔から大ファンで、好きで好きでたまらない
憧れのミュージシャン藤崎東吾。
その人が作曲するには私が必要だと言う。
「それってほんと?」
藤崎さんの新しい曲、藤崎さんの新しいアルバム。
「私がいればできるの?私を抱いたらできるの?」
絶対後悔するとわかってるのに、正気の沙汰じゃないとわかっているのに、私は頷いてしまった……。
**********************************************
仕事を頑張る希とカリスマミュージシャン藤崎の
体から始まるキュンとくるラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる