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地下の駐車場に停めてあった蒼司の車に乗り込み、病院に向かう。今日は生憎の曇り模様、まるで自分の感情とリンクしているような気持ちになった。
「なんだか雨が降りそうですね」
「けっこう寒いし、雪になりますかね?」
「菜那さん、大丈夫ですよ」
車に乗っている間も蒼司は菜那を励まし、気を逸らしてくれるような会話をしてくれた。そのおかげか、一人でいる時よりも遥かに気が軽く、病院に着いた頃には気丈に振舞えていたと思う。
「お母さんっ」
急ぎ足で廊下を進み、勢いよく病室の扉を開けた。
「あら、菜那。どうしたの?」
「へ……?」
母親はベッドの上で起き上がり、雑誌を開いていた。鼻に管が通り、酸素を入れられているとしてもなんだか元気そうに見える。顔色だってこの前来た時より全然いい。
「え……呼吸が浅くなってるって……大丈夫、なの?」
「全然大丈夫よ。やだ、看護師さん菜那に電話しちゃったの? 心配かけてごめんね」
「そう、なんだ……」
その言葉にガクンと身体の力が抜けた。
「っと、危ない」
足の力が抜けた菜那を蒼司がタイミングよく抱き支える。
「あ、すいません……なんか気が抜けてしまって……」
「大丈夫ですよ」
蒼司を支えに菜那は立ち上がり、母のベッド横に立った。
「お母さん、本当に大丈夫なの?」
「本当に大丈夫よ。ほら、現に今だって暇で雑誌読んじゃってるくらいよ?」
ニッコリと笑って見せてきた雑誌は有名な分厚い結婚雑誌だった。
「ところで、そちらの方は?」
「あ、えっと」
「もしかして……」
ジロジロと母親は蒼司を見ている。
な、なんて説明しよう。仕事先のお客様でいいよね? 現にそうだし……。
パチンと手と手が合う音が聞こえた。
「あ、あのね、お母さんこの方は――」
「新しい恋人でしょう! やだぁ、すっごいイケメンじゃない」
キャッキャと喜んで母親は菜那の腰を叩く。こんなに元気な母親は久しぶりに見た。
「ちょっと、お母さんっ!」
「そういうことだったのね~。お母さんに言いづらくて黙ってたなんて水臭いじゃないのっ。これで一安心だわ」
「いや、そうじゃなくてねっ!」
「ねぇ、お名前は?」
何を勘違いしているのか蒼司を菜那の彼氏だと思っているようだ。珍しくテンションの上がり切っている母親は菜那の話を遮り蒼司を手招く。
「ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。わたくし、菜那さんと結婚を前提にお付き合いさせていただいています宇賀谷蒼司と申します。お身体の具合は大丈夫ですか?」
――結婚を前提にお付き合い?
ええ!? 宇賀屋様!?
蒼司の発言に慌てている菜那とは裏腹に蒼司は母親との会話を弾ませている。
こんなに幸せそうに笑っている母親は久しぶりに見てぎゅっと胸が痛む。付き合っているなんてのは嘘なのだから。
菜那はぎゅっと蒼司の袖を掴んだ。
「あ、あのっ、宇賀谷――」
「菜那さん、お母様が元気そうで安心しました。とてもお優しいお母様ですね」
蒼司が菜那の声を遮り、そっと自分の元へ引き寄せた。そして耳元で菜那にしか聞こえない音量で囁く。
「話を合わせてください。お母様も喜んでらっしゃる」
それは……。
確かにそうだ。ずっと母親は菜那が結婚することを願っている。ここで本当は違うと言ったら母親は悲しむのは目に見えている。なら……相手を思ってつく嘘も優しさなのかもしれない。
菜那は小さく頷いた。
「あと、俺のことは蒼司と呼んでくださいね」
目を見開き、蒼司を二度見する。
な、名前で!? そんなっ……でも確かに恋人なのに宇賀谷様はおかしいよね……。
分かりましたの意味を込めて菜那はもう一度頷いた。
「なーに二人でこそこそしてるの?」
「な、なんでもないよ。その、言いそびれてたんだけど今お付き合いしてる宇賀谷蒼司さん。凄く優しくていい人なの。今日もその、そ、蒼司さんが病院まで送ってくれたんだ」
名前を言うだけでこんなにも体力を使うなんて知らなかった。蒼司は満足げに目を細めて笑った。
「わたしなんかより菜那さんの方がとても優しくて、気が利きますし、本当に好きであるとともに尊敬もしています。菜那さんの作る料理は本当にどれも美味しくて、胃袋までガッチリ掴まれてしまいましたよ」
蒼司の言葉を聞いて顔が燃えるように熱くなる。
料理は気に入ってもらえてるのは分かってたけど、尊敬? 私の事を?
一体自分のどこを尊敬してくれているのか凄く気になった。思い当たる節なんて一つもない。
「菜那がいい人に巡り合えてよかったわ。本当にこれでいつ死んでも安心ね」
本当に安心しきった顔で母親は微笑んだ。その表情に嘘をついた心がチクリと痛む。
「……お母さん、縁起でもないこと言わないの」
「ごめん、ごめん。そうよね、死んだら菜那のウエディングドレス姿も孫も見れないものね! 頑張らなくっちゃ」
「そうだよ! もう! これだけ喋れれば大丈夫そうだね。また明日来るから今日は帰るよ」
「また二人で一緒に来てちょうだいね」
菜那はうんっと元気よく返事を返し、蒼司も母親に頭を下げ、病室を出た。
嘘をついてしまったからか、後ろ髪が引かれているような気がした。
「なんだか雨が降りそうですね」
「けっこう寒いし、雪になりますかね?」
「菜那さん、大丈夫ですよ」
車に乗っている間も蒼司は菜那を励まし、気を逸らしてくれるような会話をしてくれた。そのおかげか、一人でいる時よりも遥かに気が軽く、病院に着いた頃には気丈に振舞えていたと思う。
「お母さんっ」
急ぎ足で廊下を進み、勢いよく病室の扉を開けた。
「あら、菜那。どうしたの?」
「へ……?」
母親はベッドの上で起き上がり、雑誌を開いていた。鼻に管が通り、酸素を入れられているとしてもなんだか元気そうに見える。顔色だってこの前来た時より全然いい。
「え……呼吸が浅くなってるって……大丈夫、なの?」
「全然大丈夫よ。やだ、看護師さん菜那に電話しちゃったの? 心配かけてごめんね」
「そう、なんだ……」
その言葉にガクンと身体の力が抜けた。
「っと、危ない」
足の力が抜けた菜那を蒼司がタイミングよく抱き支える。
「あ、すいません……なんか気が抜けてしまって……」
「大丈夫ですよ」
蒼司を支えに菜那は立ち上がり、母のベッド横に立った。
「お母さん、本当に大丈夫なの?」
「本当に大丈夫よ。ほら、現に今だって暇で雑誌読んじゃってるくらいよ?」
ニッコリと笑って見せてきた雑誌は有名な分厚い結婚雑誌だった。
「ところで、そちらの方は?」
「あ、えっと」
「もしかして……」
ジロジロと母親は蒼司を見ている。
な、なんて説明しよう。仕事先のお客様でいいよね? 現にそうだし……。
パチンと手と手が合う音が聞こえた。
「あ、あのね、お母さんこの方は――」
「新しい恋人でしょう! やだぁ、すっごいイケメンじゃない」
キャッキャと喜んで母親は菜那の腰を叩く。こんなに元気な母親は久しぶりに見た。
「ちょっと、お母さんっ!」
「そういうことだったのね~。お母さんに言いづらくて黙ってたなんて水臭いじゃないのっ。これで一安心だわ」
「いや、そうじゃなくてねっ!」
「ねぇ、お名前は?」
何を勘違いしているのか蒼司を菜那の彼氏だと思っているようだ。珍しくテンションの上がり切っている母親は菜那の話を遮り蒼司を手招く。
「ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。わたくし、菜那さんと結婚を前提にお付き合いさせていただいています宇賀谷蒼司と申します。お身体の具合は大丈夫ですか?」
――結婚を前提にお付き合い?
ええ!? 宇賀屋様!?
蒼司の発言に慌てている菜那とは裏腹に蒼司は母親との会話を弾ませている。
こんなに幸せそうに笑っている母親は久しぶりに見てぎゅっと胸が痛む。付き合っているなんてのは嘘なのだから。
菜那はぎゅっと蒼司の袖を掴んだ。
「あ、あのっ、宇賀谷――」
「菜那さん、お母様が元気そうで安心しました。とてもお優しいお母様ですね」
蒼司が菜那の声を遮り、そっと自分の元へ引き寄せた。そして耳元で菜那にしか聞こえない音量で囁く。
「話を合わせてください。お母様も喜んでらっしゃる」
それは……。
確かにそうだ。ずっと母親は菜那が結婚することを願っている。ここで本当は違うと言ったら母親は悲しむのは目に見えている。なら……相手を思ってつく嘘も優しさなのかもしれない。
菜那は小さく頷いた。
「あと、俺のことは蒼司と呼んでくださいね」
目を見開き、蒼司を二度見する。
な、名前で!? そんなっ……でも確かに恋人なのに宇賀谷様はおかしいよね……。
分かりましたの意味を込めて菜那はもう一度頷いた。
「なーに二人でこそこそしてるの?」
「な、なんでもないよ。その、言いそびれてたんだけど今お付き合いしてる宇賀谷蒼司さん。凄く優しくていい人なの。今日もその、そ、蒼司さんが病院まで送ってくれたんだ」
名前を言うだけでこんなにも体力を使うなんて知らなかった。蒼司は満足げに目を細めて笑った。
「わたしなんかより菜那さんの方がとても優しくて、気が利きますし、本当に好きであるとともに尊敬もしています。菜那さんの作る料理は本当にどれも美味しくて、胃袋までガッチリ掴まれてしまいましたよ」
蒼司の言葉を聞いて顔が燃えるように熱くなる。
料理は気に入ってもらえてるのは分かってたけど、尊敬? 私の事を?
一体自分のどこを尊敬してくれているのか凄く気になった。思い当たる節なんて一つもない。
「菜那がいい人に巡り合えてよかったわ。本当にこれでいつ死んでも安心ね」
本当に安心しきった顔で母親は微笑んだ。その表情に嘘をついた心がチクリと痛む。
「……お母さん、縁起でもないこと言わないの」
「ごめん、ごめん。そうよね、死んだら菜那のウエディングドレス姿も孫も見れないものね! 頑張らなくっちゃ」
「そうだよ! もう! これだけ喋れれば大丈夫そうだね。また明日来るから今日は帰るよ」
「また二人で一緒に来てちょうだいね」
菜那はうんっと元気よく返事を返し、蒼司も母親に頭を下げ、病室を出た。
嘘をついてしまったからか、後ろ髪が引かれているような気がした。
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