エリート建築士は傷心した彼女を愛し抜きたい

森本イチカ

文字の大きさ
上 下
14 / 39

ーーー

しおりを挟む
 蒼司に抱き上げられたままホテルの一室に入った。バタンと勢いよく扉が閉まり、蒼司は乱雑に革靴を脱ぎ捨てる。
「あ、あのっ、宇賀谷様降ろして下さいっ」
 菜那の声が届いていたのか、いないのか。蒼司は菜那をベッドに背をつけて降ろした。
「えっ……ちょっと……」
 真っ白なふかふかのベッドに降ろされた菜那は困惑を隠せない。ギシリとベッドを軋ませ、蒼司は菜那に膝を立てて覆い被さった。
「っ……!」
 この状況って……。
 付き合っていた彼氏が浮気していた事を気が付かないような自分でも流石に分かる。菜那を見下ろす蒼司の瞳は完全に雄の目だ。どこをどうして蒼司のスイッチが入ったのかは全く分からないが、彼はもしかしたら自分のことを女として見ているのだろうか。
「っ……」
 囚われてしまいそうな鋭い瞳の奥には炎が揺らついているように見える。大きくて温かな手が菜那の頬を包みこんだ。
「好きです」
 低くて良く響く声。
 え……?
 驚きすぎるとなんの反応もとれないようだ。蕩けてしまいそうな蒼司の声が頭に響く。ぼーっとしてしまい、ただただ蒼司を見つめ返すことしかできない。
「菜那さんの事が好きで好きで堪らないんです。今日だって、ドレス姿はとても綺麗なのに誰にも見せたくないなんて思ってしまったし。なにより、芝居と分かっていても貴女の一言一言が本当に嬉しくて、本当はもっとロマンチックに告白しようと思っていたんですけど、もう我慢できなかった。菜那さんが好きだ」
 そっと蒼司の親指が動き、小さく開いた下唇に軽く触れた。顔を逸らせばいいだけなのに、金縛りにあったかのように動くことが出来ない。
 宇賀谷様が私の事を好き……? そんなこと……こんな何のとりえもない私を? なんで?
「俺、結構分かりやすくアピールしてたつもりだったんですけど、本当に気が付きませんでしたか?」
「えっと……」
 唇を動かそうとすると蒼司の指に上唇も触れてしまう。まるで自分から蒼司の指を食べてしまいそうで恥ずかしい。菜那はほんの少しだけ頭を動かして頷いた。
「やっぱり全然気づいてなかったんですね。この可愛くて柔らかな唇にキスまでしたのに……」
 下唇に触れていた親指に少し力が入り、ふにゅっと押された。
 あぁ、そういうことだったんだ……。
 あの時のキスを鮮明に思い出せる。傷を埋めてくれるような優しいキス。ただ、泣いている自分を慰めるために割り切ってしてくれた大人のキスだと思っていた。
 そっと蒼司が身体を倒し、胸元が触れるギリギリのところで菜那に覆いかぶさった。
「俺は菜那さんを恋人のふりにて終わらせる気はさらさらありませんでしたよ」
 蒼司との距離はあと数センチ。そして菜那の耳元で囁いた。
「俺を菜那さんの恋人にしてくれませんか?」
 脳を擽るような低くて甘い声に背筋がゾクゾクっと震えた。
「私が、宇賀谷様の恋人……」
 ようやく菜那が発した声はすぐに折れてしまいそうなか細い声。それで声にも出して確認せずにはいられなかった。それにこの状況はいくら何でも心臓に悪く、このふわふわふの綿あめのような甘い雰囲気に流されてしまいそうになる。
「宇賀谷様っ……」
 菜那はそっと蒼司の両肩を押し、身体を起こした。恥ずかしいけれど、蒼司の気持ちにちゃんと向き合わなければ。蒼司と向き合いようにベッドに座った。
 えっと、ど、どうしよう……。
 なかなか言葉が出てこない。自分の気持ちがよく分からないのだ。蒼司のことはとてもいい人だと思っている。優しくて、包容力があって、それでいて笑うと可愛い。見た目もかっこよくて完璧そうな人なのに片付けが苦手なところも人間味らしさがあって魅力的だ。でも、そんな素敵な人に自分が釣り合うのかどうかと言ったらそれはあり得ない。恋人をなくし、もうすぐで仕事もなくす。そして、いつかは最愛の母だって……。
 失ってばかりの人生に真新しいものを手に入れる自信がない。もしまた失ってしまったら? もう次は耐えられなさそうだ。今だって、蒼司との出会いが菜那を支えてくれたといっても過言ではない。いわば恩人、神様のように優しい人というカテゴリーなのだ。恋愛対象では、ないはず。
 唇を噛み、両手でくしゃっとシーツを掴む。蒼司はなかなか話ださない菜那を急かすことなく、ただただ優しい眼差しで見つめてくれていた。
 どうしよう。
 うまく言葉をまとめて話せないかもしれない。それでも今の自分の気持ちをちゃんと伝えなければ蒼司に失礼だ。菜那はごくりと生唾を飲み込み、覚悟を決めた。
「私には宇賀谷様の恋人になる自信が、ありません。うまく恋愛することも多分、できないです」
「……もしかして、うまく恋愛出来ないって言うのは菜那さんが泣いていたことに関係してる?」
 握りしめていた両手にふわりと温かさが被った。蒼司の大きな手が力の入りすぎていた菜那の手を優しくほどいていく。
 本当に、この人はどうしてこんなにも優しいのだろう。自分なんかよりもっと素敵な女性がいるに決まっている。ギュッと胸が締め付けられ、鼻の奥がツンと痛んだ。
「そう、です。私五年も付き合っていた彼氏に浮気されていたんです。彼と結婚すると私は思っていました。でも違ったんです……。だから、恋愛に嫌気がさしたのかもしれません。自分が次に誰かと恋愛するってことも今は考えられなくて、他の事でも頭がいっぱいなんです。それに、また失ったらきっと立ち直れない」
「俺が菜那さんをいつか手放すとでも?」
「恋愛、いつか終わりが来ますよね……? 自分の気持ちがまだ分からないんです。宇賀谷様にこうして思っていただけて嬉しい気持ちはあるんです。でも、すみません……」
 菜那は視線を下げた。その先には蒼司に包み込まれている自分の手。この優しい手を一度手に入れてしまったら……無くなってしまうときが怖すぎる。だから自分から握り返すことは出来ない。
「……嬉しいと思っていただけたんですね」
 柔らかな声が落ち込んだ頭上に降りそそぐ。そしてグッと身体を引き寄せられ、力いっぱい抱きしめられた。
「う、宇賀谷様っ……」
 菜那の両手が行き場を失いさ迷う。
「まだ返事は要りません。よく考えてください。私は長期戦になったって構いません」
「そんな……私はっ――」
「俺が、終わらない恋愛もあると証明してみせますよ」
 身体が少し離れ、視線が絡み合あった。真っすぐで、瞳を見ただけで本気なのだと伝わってくる。そっと頭を撫でられ、蒼司の手が頬で止まった。
「本当に、貴女って人は俺を煽らせる天才ですね」
「え……?」
 頬に冷たさを感じて驚いた。いつの間にか涙が瞳から零れ落ちている。
「その涙に俺はまだ自分に可能性があるって思ってもいいですよね?」
「っ……」
「俺たちはゆっくりと関係を進めていきましょう」
 もう一度優しく抱きしめられる。菜那はコクコクと頷くことしか出来なかった。どうして彼は自分の心を喜ばせる言葉をサラリと言ってくれるのだろう。何もかも彼にはお見通しなのだろうか。自分でもはっきりとわからないこの気持ちも。だったらもう少し、考えてみようと思う。彼との未来を――
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

俺様系和服社長の家庭教師になりました。

蝶野ともえ
恋愛
一葉 翠(いつは すい)は、とある高級ブランドの店員。  ある日、常連である和服のイケメン社長に接客を指名されてしまう。  冷泉 色 (れいぜん しき) 高級和食店や呉服屋を国内に展開する大手企業の社長。普段は人当たりが良いが、オフや自分の会社に戻ると一気に俺様になる。  「君に一目惚れした。バックではなく、おまえ自身と取引をさせろ。」  それから気づくと色の家庭教師になることに!?  期間限定の生徒と先生の関係から、お互いに気持ちが変わっていって、、、  俺様社長に翻弄される日々がスタートした。

人生を諦めた私へ、冷酷な産業医から最大級の溺愛を。

海月いおり
恋愛
昔からプログラミングが大好きだった黒磯由香里は、念願のプログラマーになった。しかし現実は厳しく、続く時間外勤務に翻弄される。ある日、チームメンバーの1人が鬱により退職したことによって、抱える仕事量が増えた。それが原因で今度は由香里の精神がどんどん壊れていく。 総務から産業医との面接を指示され始まる、冷酷な精神科医、日比野玲司との関わり。 日比野と関わることで、由香里は徐々に自分を取り戻す……。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

私を抱かないと新曲ができないって本当ですか? 〜イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い〜

入海月子
恋愛
「君といると曲のアイディアが湧くんだ」 昔から大ファンで、好きで好きでたまらない 憧れのミュージシャン藤崎東吾。 その人が作曲するには私が必要だと言う。 「それってほんと?」 藤崎さんの新しい曲、藤崎さんの新しいアルバム。 「私がいればできるの?私を抱いたらできるの?」 絶対後悔するとわかってるのに、正気の沙汰じゃないとわかっているのに、私は頷いてしまった……。 ********************************************** 仕事を頑張る希とカリスマミュージシャン藤崎の 体から始まるキュンとくるラブストーリー。

処理中です...