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「菜那? 菜那聞いてる?」
母親の声でハッとした。無意識に病室まで戻ってきていたようだ。菜那は心配そうに見つめてくる母親に無理矢理口角を上げて笑い返した。
「あ、うん。私そろそろ仕事に行かないといけないから、またすぐ来るね!」
「菜那も忙しいんだからそんな頻繁に来なくてもいいわよ。自分のことを一番に考えて、ね?」
「大丈夫だよ。じゃあまた来るね」
母親の洗濯物が入った鞄を握りしめて病室を出た。
「っ……」
ツンと鼻の奥が痛む。あのまま病室にいたら確実に頬を濡らしてしまっていたかもしれない。
これからは今まで以上にもっとたくさん来よう。花嫁姿を見せる事が出来ない代わりに、たくさん親孝行をしてあげたい。
「仕事だ……」
昨日の今日だ。泣いている場合じゃない。浮気されたことも、母親の余命宣告も、顔に出さないように社会人として気を付けなければ。
「よしっ!」
自分に気合を入れてカジハンドに向かった。片手に荷物でパンパンの鞄と、もう片方にはネイビーの傘を持って力強く歩く。
事務所について中に入るとすぐに社長が菜那に気が付き駆け寄ってきた。
「菜那ちゃん、昨日は休めた?」
「社長……はい、大丈夫です。本当にご迷惑をおかけしました。今日からまた心機一転、精一杯頑張りますのでよろしくお願い致します」
菜那はこれでもかってくらいに深く頭を下げる。するとポンっと社長が肩に触れた。
「菜那ちゃん、顔を上げて。そのことで菜那ちゃんにも話すことがあるの」
「話すこと、ですか……?」
「こっちで話しましょう」
二人掛けのソファーに呼ばれ、二人で腰を下ろした。いつになく真剣な社長の表情に菜那にも緊張が走る。
「社長どうしました……? もしかしてまた近藤様、ですか?」
「ううん、違うわ。話ってのはこの会社のことで……」
少しの間を置き、社長は口を開いた。
「カジハンドは倒産することになりました」
「え……」
本当ですか? と口から出そうになったが社長の眉尻を下げ、潤んだ瞳が事実だということを物語っている。
「そう、ですか……他の社員の方はもう知っているんですか?」
「ええ、皆には昨日伝えたわ。皆納得してくれた。再就職先も同業職でよければ私がみつけてくるから」
「再就職、ですか」
カジハンドでしか働いたことのない菜那にとって異職業に就職するのは困難だと思う。けれどなんとなく、倒産と聞いて、再就職と聞いて、違うところで働いてみるのもいいんじゃない? と頭をよぎった。あまり人と関わりたくないと思ってしまっているのが今の菜那の現状だ。泥棒扱いされ、彼氏に浮気され、親を失いそうになっている。この二日間で十分に人間不信になる要素はあった。
でも自分には一体何ができるだろう? 家事意外に何ができますか? と聞かれたら答えられるものがない。
あ……。
自分は空っぽなんだ、と改めて実感した。恋人も失って、職も失って、そのうち親まで亡くして何もなくなってしまう。
人生の絶望ってこういうことを言うのかな。
昨日からなぜだか悪いことしか起こっていない気がする。いいことと言えば、優しい人に助けてもらったことくらい。昨日、また頑張ろうと思えたはずなのに、また一瞬で地獄に落とされてしまったようだ。
フリーズしてしまっていた菜那に社長はパンっと両手を叩いて明るく笑う。その音で菜那もハッと我に返り、社長を見た。
「でもいい知らせもあるのよ? 新規の案件入ってきたから、今日行ってもらえる?」
「え? 今日の今日ですか?」
「そう。頼むわね」
「……はい。頑張ります」
少し力ない返事だったかもしれない。正直言って、今の自分には自信が無かった。
でも、ウジウジしてたって意味ないもんね……。社長だって辛いのに、きっと私に心配をかけないように無理矢理笑ってるのかも……。
菜那は立ち上がり依頼者の元へ行く準備を始めた。
母親の声でハッとした。無意識に病室まで戻ってきていたようだ。菜那は心配そうに見つめてくる母親に無理矢理口角を上げて笑い返した。
「あ、うん。私そろそろ仕事に行かないといけないから、またすぐ来るね!」
「菜那も忙しいんだからそんな頻繁に来なくてもいいわよ。自分のことを一番に考えて、ね?」
「大丈夫だよ。じゃあまた来るね」
母親の洗濯物が入った鞄を握りしめて病室を出た。
「っ……」
ツンと鼻の奥が痛む。あのまま病室にいたら確実に頬を濡らしてしまっていたかもしれない。
これからは今まで以上にもっとたくさん来よう。花嫁姿を見せる事が出来ない代わりに、たくさん親孝行をしてあげたい。
「仕事だ……」
昨日の今日だ。泣いている場合じゃない。浮気されたことも、母親の余命宣告も、顔に出さないように社会人として気を付けなければ。
「よしっ!」
自分に気合を入れてカジハンドに向かった。片手に荷物でパンパンの鞄と、もう片方にはネイビーの傘を持って力強く歩く。
事務所について中に入るとすぐに社長が菜那に気が付き駆け寄ってきた。
「菜那ちゃん、昨日は休めた?」
「社長……はい、大丈夫です。本当にご迷惑をおかけしました。今日からまた心機一転、精一杯頑張りますのでよろしくお願い致します」
菜那はこれでもかってくらいに深く頭を下げる。するとポンっと社長が肩に触れた。
「菜那ちゃん、顔を上げて。そのことで菜那ちゃんにも話すことがあるの」
「話すこと、ですか……?」
「こっちで話しましょう」
二人掛けのソファーに呼ばれ、二人で腰を下ろした。いつになく真剣な社長の表情に菜那にも緊張が走る。
「社長どうしました……? もしかしてまた近藤様、ですか?」
「ううん、違うわ。話ってのはこの会社のことで……」
少しの間を置き、社長は口を開いた。
「カジハンドは倒産することになりました」
「え……」
本当ですか? と口から出そうになったが社長の眉尻を下げ、潤んだ瞳が事実だということを物語っている。
「そう、ですか……他の社員の方はもう知っているんですか?」
「ええ、皆には昨日伝えたわ。皆納得してくれた。再就職先も同業職でよければ私がみつけてくるから」
「再就職、ですか」
カジハンドでしか働いたことのない菜那にとって異職業に就職するのは困難だと思う。けれどなんとなく、倒産と聞いて、再就職と聞いて、違うところで働いてみるのもいいんじゃない? と頭をよぎった。あまり人と関わりたくないと思ってしまっているのが今の菜那の現状だ。泥棒扱いされ、彼氏に浮気され、親を失いそうになっている。この二日間で十分に人間不信になる要素はあった。
でも自分には一体何ができるだろう? 家事意外に何ができますか? と聞かれたら答えられるものがない。
あ……。
自分は空っぽなんだ、と改めて実感した。恋人も失って、職も失って、そのうち親まで亡くして何もなくなってしまう。
人生の絶望ってこういうことを言うのかな。
昨日からなぜだか悪いことしか起こっていない気がする。いいことと言えば、優しい人に助けてもらったことくらい。昨日、また頑張ろうと思えたはずなのに、また一瞬で地獄に落とされてしまったようだ。
フリーズしてしまっていた菜那に社長はパンっと両手を叩いて明るく笑う。その音で菜那もハッと我に返り、社長を見た。
「でもいい知らせもあるのよ? 新規の案件入ってきたから、今日行ってもらえる?」
「え? 今日の今日ですか?」
「そう。頼むわね」
「……はい。頑張ります」
少し力ない返事だったかもしれない。正直言って、今の自分には自信が無かった。
でも、ウジウジしてたって意味ないもんね……。社長だって辛いのに、きっと私に心配をかけないように無理矢理笑ってるのかも……。
菜那は立ち上がり依頼者の元へ行く準備を始めた。
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