エリート建築士は傷心した彼女を愛し抜きたい

森本イチカ

文字の大きさ
上 下
7 / 39

ーーー

しおりを挟む
「菜那? 菜那聞いてる?」
 母親の声でハッとした。無意識に病室まで戻ってきていたようだ。菜那は心配そうに見つめてくる母親に無理矢理口角を上げて笑い返した。
「あ、うん。私そろそろ仕事に行かないといけないから、またすぐ来るね!」
「菜那も忙しいんだからそんな頻繁に来なくてもいいわよ。自分のことを一番に考えて、ね?」
「大丈夫だよ。じゃあまた来るね」
 母親の洗濯物が入った鞄を握りしめて病室を出た。
「っ……」
 ツンと鼻の奥が痛む。あのまま病室にいたら確実に頬を濡らしてしまっていたかもしれない。
 これからは今まで以上にもっとたくさん来よう。花嫁姿を見せる事が出来ない代わりに、たくさん親孝行をしてあげたい。
「仕事だ……」
 昨日の今日だ。泣いている場合じゃない。浮気されたことも、母親の余命宣告も、顔に出さないように社会人として気を付けなければ。
「よしっ!」
 自分に気合を入れてカジハンドに向かった。片手に荷物でパンパンの鞄と、もう片方にはネイビーの傘を持って力強く歩く。
 事務所について中に入るとすぐに社長が菜那に気が付き駆け寄ってきた。
「菜那ちゃん、昨日は休めた?」
「社長……はい、大丈夫です。本当にご迷惑をおかけしました。今日からまた心機一転、精一杯頑張りますのでよろしくお願い致します」
 菜那はこれでもかってくらいに深く頭を下げる。するとポンっと社長が肩に触れた。
「菜那ちゃん、顔を上げて。そのことで菜那ちゃんにも話すことがあるの」
「話すこと、ですか……?」
「こっちで話しましょう」
 二人掛けのソファーに呼ばれ、二人で腰を下ろした。いつになく真剣な社長の表情に菜那にも緊張が走る。
「社長どうしました……? もしかしてまた近藤様、ですか?」
「ううん、違うわ。話ってのはこの会社のことで……」
 少しの間を置き、社長は口を開いた。
「カジハンドは倒産することになりました」
「え……」
 本当ですか? と口から出そうになったが社長の眉尻を下げ、潤んだ瞳が事実だということを物語っている。
「そう、ですか……他の社員の方はもう知っているんですか?」
「ええ、皆には昨日伝えたわ。皆納得してくれた。再就職先も同業職でよければ私がみつけてくるから」
「再就職、ですか」
 カジハンドでしか働いたことのない菜那にとって異職業に就職するのは困難だと思う。けれどなんとなく、倒産と聞いて、再就職と聞いて、違うところで働いてみるのもいいんじゃない? と頭をよぎった。あまり人と関わりたくないと思ってしまっているのが今の菜那の現状だ。泥棒扱いされ、彼氏に浮気され、親を失いそうになっている。この二日間で十分に人間不信になる要素はあった。
 でも自分には一体何ができるだろう? 家事意外に何ができますか? と聞かれたら答えられるものがない。
 あ……。
 自分は空っぽなんだ、と改めて実感した。恋人も失って、職も失って、そのうち親まで亡くして何もなくなってしまう。
 人生の絶望ってこういうことを言うのかな。
 昨日からなぜだか悪いことしか起こっていない気がする。いいことと言えば、優しい人に助けてもらったことくらい。昨日、また頑張ろうと思えたはずなのに、また一瞬で地獄に落とされてしまったようだ。
 フリーズしてしまっていた菜那に社長はパンっと両手を叩いて明るく笑う。その音で菜那もハッと我に返り、社長を見た。
「でもいい知らせもあるのよ? 新規の案件入ってきたから、今日行ってもらえる?」
「え? 今日の今日ですか?」
「そう。頼むわね」
「……はい。頑張ります」
 少し力ない返事だったかもしれない。正直言って、今の自分には自信が無かった。
 でも、ウジウジしてたって意味ないもんね……。社長だって辛いのに、きっと私に心配をかけないように無理矢理笑ってるのかも……。
 菜那は立ち上がり依頼者の元へ行く準備を始めた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

俺様系和服社長の家庭教師になりました。

蝶野ともえ
恋愛
一葉 翠(いつは すい)は、とある高級ブランドの店員。  ある日、常連である和服のイケメン社長に接客を指名されてしまう。  冷泉 色 (れいぜん しき) 高級和食店や呉服屋を国内に展開する大手企業の社長。普段は人当たりが良いが、オフや自分の会社に戻ると一気に俺様になる。  「君に一目惚れした。バックではなく、おまえ自身と取引をさせろ。」  それから気づくと色の家庭教師になることに!?  期間限定の生徒と先生の関係から、お互いに気持ちが変わっていって、、、  俺様社長に翻弄される日々がスタートした。

人生を諦めた私へ、冷酷な産業医から最大級の溺愛を。

海月いおり
恋愛
昔からプログラミングが大好きだった黒磯由香里は、念願のプログラマーになった。しかし現実は厳しく、続く時間外勤務に翻弄される。ある日、チームメンバーの1人が鬱により退職したことによって、抱える仕事量が増えた。それが原因で今度は由香里の精神がどんどん壊れていく。 総務から産業医との面接を指示され始まる、冷酷な精神科医、日比野玲司との関わり。 日比野と関わることで、由香里は徐々に自分を取り戻す……。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

私を抱かないと新曲ができないって本当ですか? 〜イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い〜

入海月子
恋愛
「君といると曲のアイディアが湧くんだ」 昔から大ファンで、好きで好きでたまらない 憧れのミュージシャン藤崎東吾。 その人が作曲するには私が必要だと言う。 「それってほんと?」 藤崎さんの新しい曲、藤崎さんの新しいアルバム。 「私がいればできるの?私を抱いたらできるの?」 絶対後悔するとわかってるのに、正気の沙汰じゃないとわかっているのに、私は頷いてしまった……。 ********************************************** 仕事を頑張る希とカリスマミュージシャン藤崎の 体から始まるキュンとくるラブストーリー。

処理中です...