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今日の天気はあいにくの曇り模様だ。予報でも一日中曇りだった。降水確率は低いものの、菜那は鞄のほかにネイビーの傘を持っている。昨日、名前も何も知らない彼に借りてしまった傘だ。ジャケットはさすがに洗濯機で洗うには難易度が高い高級ブランドのものだったので後でクリーニングに持っていくことにした。
菜那は癌センターでの受付を済ませ、母親が入院している病室へ向かう。
「お母さん、来たよ」
ガラッと扉を開けると、真っ白なベッドに横になっていた母親がゆっくりと顔を上げようとする。昨日、放射線治療をしたからか、今日はいつもより体調が悪そうだ。
お母さん、顔色悪いな……。
毎日仕事に追われていた昔の母の姿はもうない。頬が痩せてしまい、抜けてしまった髪を隠すためにニットの帽子を被っている。
「いいよ、そのまま横になってて。パジャマとか新しいの持ってきたから置いておくね」
「菜那……ごめんねぇ、ありがとう」
母親のか細い声を聞くとたまに胸が苦しくなる。
「いいの、いいの。他に何か欲しいのもある? 売店で買ってこようか?」
病室の角にある棚に洗濯してきた新しいパジャマやタオルをしまった。
「欲しいものなんてないよ。でもそうだなぁ……菜那に早く結婚してほしいわ。樹生くんとはどうなってるの?」
弱弱しい声のはずなのに、菜那の心臓に鋭い矢のように突き刺さる。
「あ~、うん。なんにも変わらないかな」
ヒクッと頬が引き攣る。
――嘘をついた。
「そう……死ぬ前に菜那の花嫁姿、見たいんだけどね……」
「そーゆーこと言わないの! 花嫁姿はそのうち見せてあげるからっ!」
弱々しい母親の声を打ち消すように、菜那はくるっと振り返り、満面の笑みを見せた。
「そう、楽しみだわ」
母親の表情も和らいだがその笑顔に菜那はチクリと胸が痛んだ。今の自分の顔はハリボテの笑顔なのに。
「……ちょっと看護師さんと話してくるね」
嘘をついた罪悪感で苦しくなり、病室を出てすぐ、壁に寄りかかった。
なんでだろう……。
樹生の名前が出ても何とも思わなかった。もしかしたら自分は樹生のことはそれほど傷ついていないのかもしれない。昨日だって樹生の浮気現場を見てしまった時は感情が嵐のように乱れていたが、家に帰ってからは至って冷静な自分がいた。樹生に浮気されて振られたことよりも二日連続で助けてくれた彼の存在の方が気になってしまっている。
多分、私も樹生に対して気持ちは薄れてたのかもしれないな……。
はぁと小さく溜息をついて天井を見上げた。
「あ、堀川さんいらっしゃってたんですね」
名前を呼ばれた方を見ると普段からよくしてくれている看護師と出くわし、ぺこりと会釈する。
「ちょうどよかった。先生からお話があるので少しお時間いいですか?」
「あ……大丈夫です……」
お話がある、そう言われるときは大抵悪い話だ。今までの経験上、そういうパターンが多い。
菜那はゴクリと唾を飲み込み、看護師の後をついていく。カウンセリングルームに入り、しばらく座って待っていると担当医が看護師と一緒にやってきた。
「お待たせしました」
四十代と思われる男性の担当医は明らかにいつもと雰囲気が違う。
あぁ、これは覚悟しないといけない時が来たのかもしれない。
思わず両手に力が入り、膝の上で拳を握った。
「堀川さん。お母様の容体は日々悪化し、残りの時間はもって一年あるかないかです」
「え……本当、ですか……?」
――たった一年。
やはり予想は当たっていたらしい。覚悟はしていたつもりだったが、唯一外れたと思うのは残りの時間だ。余りにも短すぎる。
担当医が色々話していたが右から左に流れていった。
菜那は癌センターでの受付を済ませ、母親が入院している病室へ向かう。
「お母さん、来たよ」
ガラッと扉を開けると、真っ白なベッドに横になっていた母親がゆっくりと顔を上げようとする。昨日、放射線治療をしたからか、今日はいつもより体調が悪そうだ。
お母さん、顔色悪いな……。
毎日仕事に追われていた昔の母の姿はもうない。頬が痩せてしまい、抜けてしまった髪を隠すためにニットの帽子を被っている。
「いいよ、そのまま横になってて。パジャマとか新しいの持ってきたから置いておくね」
「菜那……ごめんねぇ、ありがとう」
母親のか細い声を聞くとたまに胸が苦しくなる。
「いいの、いいの。他に何か欲しいのもある? 売店で買ってこようか?」
病室の角にある棚に洗濯してきた新しいパジャマやタオルをしまった。
「欲しいものなんてないよ。でもそうだなぁ……菜那に早く結婚してほしいわ。樹生くんとはどうなってるの?」
弱弱しい声のはずなのに、菜那の心臓に鋭い矢のように突き刺さる。
「あ~、うん。なんにも変わらないかな」
ヒクッと頬が引き攣る。
――嘘をついた。
「そう……死ぬ前に菜那の花嫁姿、見たいんだけどね……」
「そーゆーこと言わないの! 花嫁姿はそのうち見せてあげるからっ!」
弱々しい母親の声を打ち消すように、菜那はくるっと振り返り、満面の笑みを見せた。
「そう、楽しみだわ」
母親の表情も和らいだがその笑顔に菜那はチクリと胸が痛んだ。今の自分の顔はハリボテの笑顔なのに。
「……ちょっと看護師さんと話してくるね」
嘘をついた罪悪感で苦しくなり、病室を出てすぐ、壁に寄りかかった。
なんでだろう……。
樹生の名前が出ても何とも思わなかった。もしかしたら自分は樹生のことはそれほど傷ついていないのかもしれない。昨日だって樹生の浮気現場を見てしまった時は感情が嵐のように乱れていたが、家に帰ってからは至って冷静な自分がいた。樹生に浮気されて振られたことよりも二日連続で助けてくれた彼の存在の方が気になってしまっている。
多分、私も樹生に対して気持ちは薄れてたのかもしれないな……。
はぁと小さく溜息をついて天井を見上げた。
「あ、堀川さんいらっしゃってたんですね」
名前を呼ばれた方を見ると普段からよくしてくれている看護師と出くわし、ぺこりと会釈する。
「ちょうどよかった。先生からお話があるので少しお時間いいですか?」
「あ……大丈夫です……」
お話がある、そう言われるときは大抵悪い話だ。今までの経験上、そういうパターンが多い。
菜那はゴクリと唾を飲み込み、看護師の後をついていく。カウンセリングルームに入り、しばらく座って待っていると担当医が看護師と一緒にやってきた。
「お待たせしました」
四十代と思われる男性の担当医は明らかにいつもと雰囲気が違う。
あぁ、これは覚悟しないといけない時が来たのかもしれない。
思わず両手に力が入り、膝の上で拳を握った。
「堀川さん。お母様の容体は日々悪化し、残りの時間はもって一年あるかないかです」
「え……本当、ですか……?」
――たった一年。
やはり予想は当たっていたらしい。覚悟はしていたつもりだったが、唯一外れたと思うのは残りの時間だ。余りにも短すぎる。
担当医が色々話していたが右から左に流れていった。
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