エリート建築士は傷心した彼女を愛し抜きたい

森本イチカ

文字の大きさ
上 下
3 / 39

ーーー

しおりを挟む
 真っ赤に染まった冷たい手で玄関の鍵を開けアパートに入る。菜那は急いで石油ヒーターのスイッチを入れた。エアコンもあるけれど電気代が高くつくのと、温まりが遅いのであまり活用していない。灯油をいちいち買って入れるのは面倒だけれど貧乏な家庭に生まれた菜那にとっては石油ヒーターが一番親しみのある暖房器具なのだ。
「まだ返事は来てないか~」
 ヒーターの前で丸くなりながらスマートフォンを確認する。けれど樹生からの返事は来ていなかった。
「ご飯食べよっかなぁ」
 アパートに一人だと何故か独り言が多くなってしまう。着ていたコートを脱ぎ、手を洗い、エプロンをつけて料理を始めることにした。
 菜那は家事代行業者で働いているので一通りの料理は作れる。幼少期からシングルマザーの母親と二人暮らしだったため、家事全般は小学生の頃からやってきた。「得意なことは何ですか?」という質問をもらったら「家事です」と答えられるほど、家事しかしてこなっかった幼少期を過ごした。更に、高校三年生の時に母親が乳癌になってしまったのだ。大学に進学する金銭的余裕がなかった為、高校を卒業後、唯一のとりえである家事を仕事にするため、菜那はカジハンドに就職した。母親は今、治療のため癌センターに入院している。
「ん~、鍋でいっか」
 冷蔵庫にある食材を見て、使いかけの野菜を全部入れて寄せ鍋にすることにした。自分一人の為に凝った料理を作ろうとは思えない。とはいえ食べるのは自分だけなので軽く三日分くらいはいつもまとめて作ってしまう。白菜に大根、人参と冷凍しておいたエノキを入れ、小切りにして冷凍しておいた鶏もも肉も凍ったまま鍋に入れて一緒に煮込む。味付けは簡単に酒と醤油、タレはポン酢でいただくことにした。
「いただきます」
 両手をしっかりと合わせる。大きめのどんぶりによそった鍋を箸で掴み取り、ポン酢の入った小皿に具を移した。
「ん、美味しい」
 優しい味が口いっぱいに広がった。暖かくて体の中から温まり、それと共に無性に一人が寂しくなる時がある。
「返事こないなぁ」
 スマートフォンをじぃと眺めるが樹生からの返事はまだ来ない。高校の同級生だった樹生とは五年前の同窓会で再会してから交際に発展した。最近は樹生の仕事が忙しくてなかなか連絡が返ってこないこともあるが社会人だからしょうがない。それは理解しているつもりだ。でも……何時間もスマートフォンを見ないってなかなかないよね? と思ってしまう自分がいる。
「こんなんで結婚なんてできるのかな……」
 思わずポロリと不安が口からこぼれる。この五年、樹生との間で結婚というワードは何度か出てきた。それでも早く結婚したい! とは仕事が忙しい樹生に催促するような言葉を掛けるのは菜那には至難の業だった。けれど菜那はできれば早く結婚したいと思っている。二十六歳、晩婚化が進んでいる今の時代は年齢的には遅くはない。菜那の早く結婚したい一番の理由は闘病中の母親を早く安心させてあげたいという想いだ。最近の母親の口癖は「早く結婚してほしい。そうすればお母さんも安心だから」と見舞いに行くたび耳にタコができるほど聞かされる。
「……まだ返事こないや」
 スマートフォンの画面を見て小さなため息が漏れた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

俺様系和服社長の家庭教師になりました。

蝶野ともえ
恋愛
一葉 翠(いつは すい)は、とある高級ブランドの店員。  ある日、常連である和服のイケメン社長に接客を指名されてしまう。  冷泉 色 (れいぜん しき) 高級和食店や呉服屋を国内に展開する大手企業の社長。普段は人当たりが良いが、オフや自分の会社に戻ると一気に俺様になる。  「君に一目惚れした。バックではなく、おまえ自身と取引をさせろ。」  それから気づくと色の家庭教師になることに!?  期間限定の生徒と先生の関係から、お互いに気持ちが変わっていって、、、  俺様社長に翻弄される日々がスタートした。

人生を諦めた私へ、冷酷な産業医から最大級の溺愛を。

海月いおり
恋愛
昔からプログラミングが大好きだった黒磯由香里は、念願のプログラマーになった。しかし現実は厳しく、続く時間外勤務に翻弄される。ある日、チームメンバーの1人が鬱により退職したことによって、抱える仕事量が増えた。それが原因で今度は由香里の精神がどんどん壊れていく。 総務から産業医との面接を指示され始まる、冷酷な精神科医、日比野玲司との関わり。 日比野と関わることで、由香里は徐々に自分を取り戻す……。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

処理中です...