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「えーっと、まずは片面に焼き目がつくまで焼く」


 何度も何度もフライ返しでチラッと覗き見て確認した。よし、きっと大丈夫。フライ返しをハンバーグの下にスルリと入れよいしょっとひっくり返す。
 す、凄く緊張した……驚く程の手汗。けれどひっくり返しの作業は無事に成功。はぁ、と安堵の溜息が出る。


「次は、蓋をして六分蒸すっと……」


 ジュウ、ジュウとお肉の焼けていくいい音が蓋からはみ出して聞こえてくる。じっとフライパンの蓋から中の焼かれているハンバーグを覗き込む。段々と色がお肉の赤い色から白、そしてこんがり焼き目がついてきた。ピピピ、ピピピ、と六分を知らせるキッチンタイマーが鳴り火を消し、蓋を開けるとモワンと湯気が飛び出してきた。
 お皿によそり、レシピ通り大さじ三杯のソースとケチャップをフライパンの中で混ぜで簡単デミグラスソースの出来上がりだ。


「え、凄く美味しそうにできたぁ」


 ふっくらと焼けたハンバーグに艶々したデミグラスソースに食欲をそそられる。お、お腹すいたぁ。

 
「え!? もう八時!?」


 ハンバーグ作るだけで二時間費やす私って……付け合わせにと思っていたブロッコリーは茹でていないし、人参グラッセもポテトも出来ていない。(当たり前か、作ってないんだから)


 でももう夜の八時だし、隆ちゃんが帰ってくるかもしれない。ハンバーグだけをポツンと白い皿に盛り付け、ダイニングテーブルに並べる。
 まだかな、まだかな、と思っている時ほど時間が長く感じるのは何故なんだろう。一秒は一分に、一分は一時間のように感じる。何度時計を確認しても五分と経っていなかったりする。


「九時か……」


 冷め切ってしまったハンバーグにラップをかけ冷蔵庫にしまう。お腹が空いていたのが嘘みたいに食欲が湧かない。最近はずっと隆ちゃんと一緒に食べていたからか、やっぱり一人で食べるご飯は寂しい。
 スマホを開き隆ちゃんの名前をタッチしメールを送る。


"何時ごろ帰ってきますか?"


 全く既読にならない。初めての隆ちゃんとの音信不通に更に寂しくなった。


 ソファーに座り直しもう一度スマホを確認するがやっぱり既読にはならない。
 お風呂から出てスマホを確認するがやっぱり既読にならない。



 大好きな漫画を読んでいてもどこか上の空。その世界にどっぷりと浸かれず何度もスマホを見てしまう。 


 ソファーで右手に漫画、左手にスマホを持ちうたた寝をしてしまっていた時にピロンッとスマホから音が鳴り飛び起きた。


 隆ちゃんからやっと返信が来たのは午前0時を回ってからだった。


"ごめん! 今メッセージに気づいた。もう寝てるよな? 今帰ってるよ。遅くなってごめんな"


 朝早くからこんな時間まで、何をしていたんだろう。昨日は出かけると言われても何にも思わなかったのに、何故か今は少しだけ不安が生まれた。


"お疲れ様。気をつけて帰ってきてね。先に寝てます"


 読む為に持ってきた漫画は殆ど読めなかった。両手で抱えて部屋に戻す。漫画に集中出来なかったなんて初めてで、それ程に私は隆ちゃんのことが気になって、好きなんだ……と改めて思わされた。
 

(恋愛って、人を好きになるって……お、おそろしい……こんなに漫画が読めなくなるなんて)


 一人の夜のリビングは静かすぎて自分の呼吸音しか聞こえない。まだか、まだかと好きな人を待ちわびる時間はやっぱり長く感じてしまう。今日は何度スマホを確認したか分からないくらいだ。何だか能天気に二次元の事しか考えてなかった自分が少しずつ変わっているような気がして、少し怖くなった。


 ガチャリと鍵の開く音が玄関の方から聞こえた。帰ってきた! と喜びのあまり小走りで隆ちゃんの元へ向かう。


「お帰りなさいっ」


「美桜、起きてたんだ。遅くなってごめんな」


 かなり疲れているのか表情は暗く、声もなんだか元気がない。靴を脱ぎ顎を私の肩に乗せ「はぁ~」と深く溜息をついた。


「あ~、癒し。美桜の匂い好き」


 ぎゅう腰に腕を回し、スンスンと私の首筋の匂いを嗅ぐ。息が当たってくすぐったい。私も負けじと隆ちゃんの背中に腕を回し彼の匂いを吸う。


(……煙草の匂い?)


 普段煙草を吸わない隆ちゃんから煙っぽい匂いが服から匂った。なんで? どこに行ってたの? 一つの小さな疑問からどんどん枝分かれして疑問が増えていく。


「隆ちゃん煙草の匂いする……どこ行ってたの?」


 少し身体を離して隆ちゃんの目をジッと見つめる。


「煙草臭いか……今日は実家に呼び出されてこき使われてたんだよ。シャワー浴びてくるから先に寝てて」


「そっか、お義父さんの所に行ってたんだ! なら言ってくれればいいのに~、私は漫画読んであっという間に時間経っちゃってたから大丈夫だよ! じゃあ先にベットに行ってるね」


(なーんだ! 実家に呼び出されてたのか! 確かにお義父さん一人じゃ色々大変なのかもしれないもんね)


 何で不安に思ったりなんかしたんだろう。モヤモヤとした気分はスッと晴れ、軽い足取りでベットに潜り込んだ。安心したのか急に睡魔が私を襲う。うつらうつら目を開けては閉じるを繰り返した。
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