ここは会社なので求愛禁止です!

森本イチカ

文字の大きさ
上 下
4 / 70

ランチタイム

しおりを挟む
「いい加減手を離してよっ!」

「ん~いいじゃないですか、俺は水野さんの手好きですよ、小さくて柔らかくて」

「んなっ!! からかうのはやめなさい!」

 手の握る力が少し強まる。
 軽々しくこんな事言えるなんてやっぱり女の扱いに慣れているのだろうと更に思わせる。
 やはり松田の言っていることは信じれない。
遊ばれてポイッと捨てられるなんて絶対に嫌だ。
 もう三十歳……
ずっと独身で生きていくとは覚悟しているが、もし自分に恋をする時がきて、その恋が実るのであれば結婚もそれは考えたい。少しくらい夢抱いたってバチは当たらないよね……?
 なので私は無駄な恋愛なんてしたくないのだ。

 なのにあれよこれよと結局手を繋いだまま店の前まで来てしまった。

「ここ美味しいんですよ、っても昨日木島部長に教えてもらいました」

 松田が連れてきた店は中華料理店だった。
割と会社の近くなのにまだ一度も入ったことのないお店だったので少しワクワクした。
 店の中まで手を繋いで連れて行かれたらどうしようかと思ったが、松田はスッと手を離し「入りましょう」とエスコートしてくれた。
なんでもスマートにこなす松田はやはり女慣れしているんだろうな、とさらに思わせた。

 店内は赤いタイルの床に木目が優しい印象を与えるウォルナットのテーブルに赤い椅子。
中華料理店! と思わせる内装だ。
 私と松田は向かい合ってテーブル席に座った。
昨日、今日と隣同士で仕事をしていた為に面と向かって座るのはどこか違和感を感じる。

「昨日は酢豚食べたらめっちゃ美味かったんですけど、今日は回鍋肉セットにしようかな」

「へぇ~、じゃあ私は小籠包セットにしよっかな」

 店員さんに料理を注文し、松田に聞く。

「ねぇ、仕事のことで聞きたい事があるって言ってたけど、どうしたの?」

「あ、あぁ、なんでしたっけね、忘れました」

「貴方……」

「まあまあ、美味しくご飯食べましょ」

「ったく……」

 店まで来てしまったのだから仕方ないと思い直し、いい匂いと共に運ばれてきた料理に手をつける。美味しい。
 アッツアツの小籠包、蓮華の上で二つに切るとブワァっと勿体無いくらいの肉汁が溢れ出る。
 松田に少しイラついていたこともすっかり忘れて食べるのに夢中になってた。

 ふと顔を上げ松田の方を見るとバチッと目が合った。
ははは、と眼鏡の奥で目を細めて笑う松田の顔が印象的で一瞬、一瞬だけドキッと心臓が波打った。

「な、何笑ってるのよ……」

「ん? 水野さん可愛いなぁって見てただけですよ」

「またそーやってからかうんだから……」

 可愛いなんて言われ慣れていない私には松田の一言、一言に過敏に反応してしまい、その度に心臓がバクバクと動く。
 顔が自分でも赤くなっているのが鏡で確かめなくても分かるくらい熱く火照っている。
 それを隠すように俯いてご飯を食べ続けた。
 松田は特に仕事の話はやはり無かったみたいで、美味しいですね、他にも行きたいお店がいっぱいあるんです、など他愛の無い会話をしながらランチタイムを終えた。

「食べ終わったし会社に戻りましょう」

「そうですね、午後も宜しくお願いします」

「あら、礼儀正しいじゃない」

 席を立ち自分は上司なので松田の分の支払いもしようと思い財布を取り出しレジへ向かう。
 それを横目に私をスルーして松田はお店を出て行った。

(な……あいつ奢られる気満々だったの?)

「お客様、お会計は既に済んでおります」

「へ?」

「先程の男性のお客様がお支払いなさいましたよ」

 スルーして出て行ったのではなくもうお会計を済ませてたなんて……
まさか後輩に奢られるとは思いもしなかった。
 急いで店を出て松田に駆け寄る。

「松田君っ、お昼の代金払うわ!」

「いいんですよ、俺が誘ったんだから、それより早く戻らないと昼休みの時間終わりますよ」

 時計を確認すると十三時まであと十分。
お店から会社まで確か来る時は十分かかった気がする。
これは急がないとまずい事に気がつく。

「な! やばいじゃない! 急ぐわよっ」

「ははは、ですね」

 私と松田は走るまでは行かないが、かなり早歩きでハァハァ息を切らして会社まで戻りギリギリ十三時に間に合った。
 結局すぐに午後の業務に取り掛かりお昼の代金を返す暇がなく就業時間になってしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

なし崩しの夜

春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。 さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。 彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。 信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。 つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ 慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。    その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは 仕事上でしか接点のない上司だった。 思っていることを口にするのが苦手 地味で大人しい司書 木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)      × 真面目で優しい千紗子の上司 知的で容姿端麗な課長 雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29) 胸を締め付ける切ない想いを 抱えているのはいったいどちらなのか——— 「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」 「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」 「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」 真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。 ********** ►Attention ※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです) ※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

処理中です...