心のどこかで

蔵間 遊美

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しかたがない

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「…仕方がない。覚悟を決めよう」
 
 カイルが意識を失ってしまった後、混乱しながらもクライスターは母屋に走っていき、居あわせたヤスミとフミアキに事情を説明しようとした。うまく状況が話せなかったのだが、ヤスミとフミアキには通じたようで、フミアキが慌ててカイルのもとに駆けつけヤスミがアキタケと救急に電話をかけた。
 そしてカイルが運ばれていってしまうまでの間クライスターは呆然とその光景を見つめていただけだった。
 カイルが気を失った時がチャンスだったのだ。カイルを殺し、自由になれる唯一の。だけど出来なかった。いや、頭に浮かばなかったのだ。
 カイルは幸い内臓には傷がいってなかったらしく、比較的短期間の入院で済むだろうとの事だった。安心したと同時に、いても立ってもいられず見舞いに行こうとした…行こうとしたのだが行けなかった。
 鳥居に阻まれたのだ。
 悔しかった。悲しかった。辛かった。
 そしてクラスターはそんな感情をカイルに持つ自分に気が付いてしまう。
 もう、駄目だと思った。

 そしてカイルは帰って来て、開口一番。
「な? 大丈夫やったろ?」
 そう言って勢ぞろいで出迎えた面々を見渡し、ニヤッと笑った。
 そんなカイルをアキタケはジロリと睨み付けると、無言ではり倒しさっさと母屋へひっこんだ。ヤスミはその後ろ姿を見送った後、無表情のままふぅーっとため息を吐いてしゃがみ込むと、アキタケにはり倒されて地面に転がっているカイルの頭をがっしと掴み起こし、強烈なビンタを一発かましてアキタケと同じようにさっさと母屋へと戻って行く。
 クライスターがその光景に呆然としていると、病院から付き添って来たフミアキが心底呆れ果てた様子で鼻を鳴らしカイルに言う。
「ホンマいい加減にしなはれや。自分かって人が刺されるのすら見るのんが嫌や言わはるんでしたら、他の人かて、ましてや身内のあの二人がどういう気持ちやったんかわからはりますやろ? 他人を思いやらはるんも結構ですけど、それぐらいは忘れんといてほしいですわ」
「…う。すまん」
 さすがに反省しているのか、カイルは珍しく素直に頷く。
「カイル」
 クライスターは少し緊張しつつ、カイルに問いかける。
「…カイル。なんで俺をかばった。俺等魔族があれぐらい平気なの知っているだろう?」
 カイルは眉を少しあげた。
「…普通やったらな」
「…どう普通じゃなかったって言うんだ?」
 クライスターの口調が少し剣呑な響きを含むが、フミアキは黙って見つめている。
「あれ、銀のナイフやったろ? おまけになんぞ呪文刻んどったし。ああいう輩は、たまに知らんうちに相互効果を生み出すもん作りよんねん。致命傷やなくてもお前ら上級魔族でも、やられる時あるねんもん。せやったら俺様やと急所外したら何とかなりよんな~て思たからつい」
 カイルは本当に大した事のないように軽い口調で話をするが、その口調にクライスターは怒りが爆発した。
「バカ! お前本当にバカだ!」
 クライスターが怒鳴ると、フミアキがうんうんと頷きながら突っ込む。
「ほんまでっせ。なんとかなるいうんは、入院する事とちゃいまっせ? ほんまにアホやバカや言われても反論の余地なんかあらしませんわ。第一シャバに出て来た第一声が『大丈夫やったろ?』やなんてアキタケさんやヤスミちゃんが怒らはるんも無理ないですわ。…当分アホやバカやと言われる事は覚悟しといた方がえぇんちゃいますか?」
 そうフミアキに言われたカイルは、ちょっと顔を顰めた。
「もしかしてまた、当分『バカイル』って呼ばれるんやろか」
「確実にですわ。アキタケさんが相手方に何しはったと思いますのん?」
 あぁもう思い出しただけでそら恐ろしいんですからと、フミアキは恐ろしげに腕を擦っている。クライスターもそんなことは知らなかったので首を傾げ、カイルは不思議そうに聞き返した。
「え? 何したんや?」
 フミアキは眉を寄せて腰に手を当てる。
「ヤスミちゃんにぜ~んぶ視させて、ありとあらゆる秘密ごとを暴露しまくって、あの教団潰してしまいはってんで? 警察から税務署からマスコミにまで密告しまくらはるわ、ネットに流さはるわ、あげくの果てにはアキタケさんとヤスミちゃん達自ら乗り込んでって教祖様に『お説教』かましてきた言うたはりましたもん」
 ちなみにターナー様の本名は田中太郎さんっていうごく平凡なお名前でしたわと、フミは乾いた笑いとともにどうでもいい情報をもたらしてくれた。
「…マジで?」
 ちょっとどころでない冷や汗をダラダラとカイルはかいている。クライスターはそう言えばと、最近のアキタケとヤスミが何やらこそこそとやっていて、ある日、二人して立派な着物を着て出て行ったなぁと思い出す。てっきり標的は自分だと思って警戒していたので、何もなくて良かったーとしか思っておらず、そこまで考えが及んでいなかったのだ。
「…ターナー様…死んだ方がましな目に会いよったんやろな…」
 カイルはちょっと遠くを見つめている。
 フミアキもちょっとうつろ~に笑った。
「『もう2度と教団なんぞ後ろ向きなもん作らへんと納得してくれはったわ。人間向上心いうのんは大事やな』そうアキタケさんがおっしゃると、ヤスミちゃんが頷きながら『いやほんまに。人間何事もお話し合いいうのんは大事ですな』とめっさにっこり笑うて言うてましたで」
 その話を聞いた途端、カイルは顔をざぁっと一挙に青醒めさせるなり、がっしりとフミアキの肩を掴む。
「……フミ。当分お前んち泊めてくれ」
「いやです」
 にっこりきっぱりと言うフミアキ。
「なんでやねん! 師匠が頼んどるねんぞ! 絶対あの二人、海より深く、山より高く怒りまくってるんや! 頼むー!」
 カイルは必死の形相でガクガクとフミアキを揺するが、フミアキはそれに負けまいと怒鳴り返した。
「怒らしたん自分ですやん! ボクはカイさんと、アキタケさんヤスミちゃん連合のどっち取るか言われたらバッチリキッパリハッキリアキタケさん等の方取りますよってに!」
 フミアキの完全なる拒否に、カイルは更にフミアキをガクガクと揺さぶる。
「は、薄情もん!」
「薄情で結構ですわ! ボクかてめっちゃ心配しましてん…?!」
 はっとカイルとクライスターがフミアキの方を見ると、フミアキはしまったと言うような顔になった。フミアキはカイルが運ばれて行く時も入院していた時もいつも通りのほほんとしていた。それは、周りを心配させない為だったのだ。
「フミ…」
 カイルも意表をつかれたのか、揺さぶるのを止めて驚いたように呟く。
「…もう、えぇですけどね」
 そう言うと恥ずかしかったのかカイルの手を払い、クルリと後ろを向いた。
「…すまんかった」
 さすがのカイルも神妙に謝っている。フミアキは後ろを向いたままボソリと呟いた。
「…そう思いはるんやったら…」
「うん?」
「当分耐えなはれ!」
 そう言ったと同時にフミアキはダッシュした。…鳥居に向かって。
「え? あっ! こら! 待たんかい! 俺様を置いていくなっ!」
 フミアキの真意に気付いたカイルが慌てて追いかけようとするが病み上がりの為かさすがのカイルも走れないようで、フミアキは鳥居のところで振り返ると、ブンブンと勢い良く手を振っている。
「当分『お仕事』ないよってに、しっかりいじめられておくれやす! ほなまた~!」
 そうちょっと嬉しそうに叫ぶとすたこらさっさという表現がぴったり来るような逃げ出しっぷりで鳥居をくぐり、階段を駆け下りて行った。
「どちくしょ~! フミの薄情もん~!」
 クライスターは往生際悪く叫んでいるカイルの腕をそっと引く。
「うん? なんや? クライスター」
「…俺、お前に聞きたい事があるんだ」
 クライスターのその言葉にカイルが目を丸くした。
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